動画解説はこちら|YouTube

ヘスの法則と生成エンタルピー|総発熱量と真発熱量の差はどこから来るか

※本記事の参考文献には、Amazonアソシエイトのリンク(アフィリエイト広告)を含みます。

困っている人
困っている人

燃料の発熱量が資料によって違う。どちらが正しいのか分からない。

反応熱を計算するとき、符号でいつも混乱する。

そんな悩みを解決します。

この記事の内容

ΔH = Σ生成物 − Σ反応物。順番は「遠回りの経路」で覚える

総発熱量 − 真発熱量 = 水の蒸発潜熱

ボイラ効率が100%を超えて見える理由

反応熱から除熱能力を決める実務の手順

燃料の発熱量、反応器の除熱設計、暴走反応のリスク評価。すべてこの計算が土台になります。

現場で、この計算はどこに出てくるか

場面何を計算しているか
ボイラ・加熱炉の燃料計算必要な燃料量(発熱量から)
ボイラ効率の評価どちらの発熱量基準かで値が変わる
反応器の除熱設計反応熱から必要な冷却能力を出す
暴走反応のリスク評価断熱温度上昇の計算
フレアの熱負荷放出ガスの燃焼熱から輻射熱を計算
爆発影響評価爆発熱からTNT換算

「この反応でどれだけ熱が出るか」が、設備の設計と安全評価の出発点です。

ここを外すと、除熱不足で暴走反応につながります。

暴走反応とSADT

ヘスの法則 ── 経路によらない

法則

反応熱は始めの状態と終わりの状態だけで決まる

→ どんな中間段階を通ったかに依存しない

エンタルピーが状態量だからです。山の高さが、どの登山ルートを通っても同じなのと同じ。

だから生成エンタルピーから計算できる

すべての化合物について「単体から作るときの熱」を測っておけば、任意の反応の熱が計算できます。

遠回りの経路

反応物 → いったん単体に戻す−Σ反応物のΔHf

単体 → 生成物を作る+Σ生成物のΔHf

合計 = Σ生成物 − Σ反応物

「生成物マイナス反応物」の順番は、この経路から来ています。 丸暗記より、この経路で覚えるほうが符号を間違えません。

標準生成エンタルピー ΔHf°

定義

標準状態(25℃・101.325 kPa)で、

単体から1 mol の化合物を作るときのエンタルピー変化

単体の ΔHf° = 0(定義)

物質ΔHf°[kJ/mol]備考
O₂・N₂・H₂・C(黒鉛)0単体は0
H₂O(g)−241.8気体
H₂O(l)−285.8液体(差44.0=蒸発潜熱
CO₂(g)−393.5──
CO(g)−110.5──
CH₄(g)−74.9メタン
C₂H₆(g)−84.7エタン
C₃H₈(g)−104.7プロパン
C₂H₂(g)+227アセチレン(正!)
NH₃(g)−45.9アンモニア

アセチレンの ΔHf° は正です。単体より不安定 ── これが分解爆発する理由です。

アセチレンの性質

数値で確かめる

例1:プロパンの燃焼熱

手順1:反応式(係数はC→H→Oの順で合わせる)

C₃H₈ + 5 O₂ → 3 CO₂ + 4 H₂O

手順2:Σ生成物 − Σ反応物

ΔH = [3×(−393.5) + 4×(−241.8)] − [(−104.7) + 5×0]

= [−1,180.5 − 967.2] + 104.7

−2,043 kJ/mol(H₂O は気体基準)

手順3:燃焼熱に直す

Qc = −ΔH = 2,043 kJ/mol

質量あたりに直すと 2,043 / 44 × 1,000 = 46,400 kJ/kg

炭化水素の発熱量はどれも45,000〜50,000 kJ/kg 程度です。桁の感覚として持っておくと検算に使えます。

例2:H₂O(l) 基準にすると

H₂O(l) の ΔHf° = −285.8 を使う

ΔH = [3×(−393.5) + 4×(−285.8)] − (−104.7)

= [−1,180.5 − 1,143.2] + 104.7

−2,219 kJ/mol

基準呼び方プロパンの値
H₂O が気体真発熱量(低位・LHV)2,043 kJ/mol
H₂O が液体総発熱量(高位・HHV)2,219 kJ/mol
差を確認

2,219 − 2,043 = 176 kJ/mol

生成した H₂O は 4 mol

176 / 4 = 44 kJ/mol水の蒸発潜熱

差はぴったり水の蒸発潜熱です。 これが総発熱量と真発熱量の関係のすべて。

差は約8.6%。1割近く違うので、どちらの基準かを必ず確認してください。

例3:水素は差が大きい

水素の燃焼:H₂ + 0.5 O₂ → H₂O

基準発熱量[kJ/mol][kJ/kg]
真発熱量(H₂O 気体)241.8120,900
総発熱量(H₂O 液体)285.8142,900
差の割合

(285.8 − 241.8) / 241.8 = 18.2%

水素は差が18%。 燃焼生成物が水だけなので、潜熱の影響が最も大きい。

水素の発熱量を比べるときは、基準の確認が必須です。

燃料総発熱量/真発熱量の差
水素18.2%
メタン11.0%
プロパン8.6%
重油6%前後
一酸化炭素0%(水ができない)

水素含有率が高い燃料ほど差が大きい。 COは水を作らないので差がゼロです。

実務での使いどころと、失敗例

なぜ実務では真発熱量を使うのか

実際の燃焼設備では、排ガスは水蒸気のまま煙突から出ていくからです。

凝縮潜熱が回収できない理由

排ガスの露点は50〜60℃程度

煙突温度をそれ以下にすると結露して腐食する

特に硫黄分があると硫酸露点腐食(150℃以上でも起きる)

排ガス温度を高めに保つしかない

だから潜熱は捨てるしかない。 真発熱量が実務基準になるのはこのためです。

露点腐食腐食のメカニズム

ボイラ効率が100%を超えて見える理由

潜熱回収型(コンデンシング)ボイラ

排ガスを露点以下まで冷やして水蒸気を凝縮させる

→ 潜熱まで回収する

真発熱量基準で計算すると効率が100%を超える

総発熱量基準なら100%を超えません。 表示の基準を変えているだけです。

「効率107%」というカタログ値は、LHV基準です。 物理法則に反しているわけではありません。

耐食材料(ステンレス)を使わないと、凝縮水で腐食します。 だから設備費が高い。

使いどころ:反応器の除熱設計

手順

反応熱 ΔH を生成エンタルピーから計算する

反応速度から単位時間あたりの発熱速度を出す

必要な除熱能力を決める(余裕を見る)

冷却が止まったときの温度上昇を計算する(断熱温度上昇)

断熱温度上昇

ΔT_ad = ΔH_reaction / (m × cp)

冷却が全部止まったとき、どこまで温度が上がるか

④が最も重要です。 通常運転の除熱能力より、異常時に何度まで上がるかがリスクを決めます。

反応熱 200 kJ/mol、反応液の比熱 2.0 kJ/(kg·K)、濃度 2 mol/kg のとき

〔解答〕

ΔT_ad = 200 × 2 / 2.0 = 200 K

→ 50℃で運転していたら250℃まで上がる

→ 溶媒の沸点、分解温度、設計圧力を超えないか要確認

これが暴走反応のリスク評価の基本形です。

暴走反応とSADTHAZOPによるリスク評価

失敗例①:発熱量の基準を確認せずに燃料計算

9%(プロパン)〜18%(水素)のずれが出ます。

見分け方

日本の都市ガス業界:総発熱量(HHV)で表示するのが慣例

プラント設計・欧米:真発熱量(LHV)が多い

燃料電池の効率:LHV基準が一般的

必ず出典で確認する

都市ガスの「45 MJ/m³」は総発熱量です。設計に使うときはLHVに直す必要があります。

失敗例②:単体の生成エンタルピーを0でないと思う

O₂・N₂・H₂・C(黒鉛)・S(斜方) はすべて0です。

ただし同素体では、安定形だけが0です。

物質ΔHf°[kJ/mol]
C(黒鉛)0(安定形)
C(ダイヤモンド)+1.9
O₂0(安定形)
O₃(オゾン)+142.7

オゾンのΔHf°が正なのは、O₂より不安定だからです。だから強力な酸化剤になる。

失敗例③:反応式の係数を間違える

物質燃焼反応式
メタン CH₄CH₄ + 2 O₂ → CO₂ + 2 H₂O
エタン C₂H₆C₂H₆ + 3.5 O₂ → 2 CO₂ + 3 H₂O
プロパン C₃H₈C₃H₈ + 5 O₂ → 3 CO₂ + 4 H₂O
ブタン C₄H₁₀C₄H₁₀ + 6.5 O₂ → 4 CO₂ + 5 H₂O
メタノール CH₃OHCH₃OH + 1.5 O₂ → CO₂ + 2 H₂O
エタノール C₂H₅OHC₂H₅OH + 3 O₂ → 2 CO₂ + 3 H₂O

含酸素化合物は分子内のOを勘定に入れるので、O₂ の係数が小さくなります。

「分数の係数」を怖がらないでください。 燃料1 mol あたりに揃えるほうが計算しやすい。

主な燃料の発熱量(覚えておくと検算に使える)

燃料真発熱量[MJ/kg]真発熱量[MJ/Nm³]
水素120.910.8
メタン50.035.8
プロパン46.491.2
ブタン45.7118.5
アセチレン48.256.0
一酸化炭素10.112.6
アンモニア18.614.1
重油41前後──
TNT(爆発熱)4.19──

水素は質量あたり最大、しかし体積あたりは最小です。密度が小さいから。

だから水素は「軽い燃料」だが「かさばる燃料」でもあります。貯蔵・輸送が難しい根本の理由。

TNTは4.19 MJ/kg。プロパンの11分の1です。

爆薬が強いのは総エネルギーではなく反応速度です。→ 爆燃と爆轟

アンモニアの発熱量は炭化水素の4割程度ですが、燃焼してもCO₂が出ないため燃料として注目されています。

甲種化学ではこう出ます

学識の型8にあたります。令和2〜6年度の60大問で主として出た回はゼロですが、従として6回登場しました(すべて型9=燃焼・爆発の入口)。

年度・問どこで使われたか
R6 国試 問5プロパンの燃焼熱 → バージェス・ホイーラー
R4 国試 問5プロパン・ブタンの燃焼熱 → 断熱火炎温度
R2 国試 問5硝酸エチルの爆発熱(ベンソン法)→ TNT換算
R6 国試 問6(2)総発熱量と真発熱量の違い(記述)
R6 検定 問6(3)真発熱量と総発熱量(記述)

記述で2年連続、国試と検定の両方で出ました。

答案の骨組み

燃料の燃焼により生成した水が液体として存在する状態を基準とした発熱量を総発熱量(高位発熱量)気体(水蒸気)のまま存在する状態を基準とした発熱量を真発熱量(低位発熱量)という。

両者の差は生成した水の蒸発潜熱に等しく、総発熱量のほうが大きい。

実際の燃焼設備では排ガス中の水は水蒸気のまま排出され潜熱を回収できないため、熱効率の評価には通常真発熱量が用いられる。

「蒸発潜熱」という語が採点の核です。

解き方は学識・型8|熱化学、燃焼・爆発への応用は学識・型9|燃焼・爆発の計算、記述対策は学識 問6の記述問題へ。

まとめ

  • ΔH = Σ生成物のΔHf − Σ反応物のΔHf。順番は「遠回りの経路」で覚える
  • 単体の ΔHf° は 0(安定形のみ。オゾンやダイヤモンドは0でない)
  • アセチレンの ΔHf° は正。だから分解爆発する
  • 総発熱量 − 真発熱量 = 水の蒸発潜熱
  • 差はプロパンで8.6%、水素で18.2%、COでは0%
  • 実務では真発熱量(LHV)を使う(排ガスの潜熱は回収できないから)
  • ボイラ効率が100%超に見えるのはLHV基準だから
  • 反応器の設計では断熱温度上昇 ΔT_ad でリスクを評価する
  • 炭化水素の発熱量は45,000〜50,000 kJ/kg(検算の目安)
  • TNTは4.19 MJ/kg。爆薬が強いのは速度であって総エネルギーではない

燃焼・爆発の計算全体は学識・型9|燃焼・爆発の計算、断熱火炎温度は断熱火炎温度の計算、爆発影響評価はTNT換算とホプキンソンの三乗根法則へ。

熱容量は比熱・マイヤーの関係を参照してください。