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反応器の温度が、じわじわ上がり始めた。冷却は効いているはずなのに、下がらない。そして、ある時点から一気に跳ね上がる。
これが暴走反応です。日本触媒姫路、三井化学岩国大竹、三菱マテリアル四日市。当ブログで扱った重大事故のいくつかが、この現象で説明できます。
暴走が怖いのは、「まだ大丈夫」と「もう手遅れ」の間がほとんどないことです。なぜそうなるのかは、熱爆発理論を知ると構造的に理解できます。
この記事では、暴走反応が起こる仕組みを発熱と放熱の釣り合いから説明し、危険性の指標であるSADT(自己加速分解温度)の意味と測り方、そして実務での使い方までを整理します。
この記事の結論
- 発熱速度は温度に対して指数関数的、放熱速度は直線的。だから、ある温度を境に一気に離れる
- 限界条件を1℃でも越えれば、その後は急速に自己加熱が進む。じわじわ悪化するのではない
- SADT=包装された物質が自己加速分解を起こす最低環境温度。「包装された状態」が条件
- 放熱は表面積に、発熱は体積に比例する。容器が大きいほど不利になる
1. 暴走反応は「熱の収支」で決まる
暴走反応(熱爆発)を説明する理論体系を熱爆発理論といいます。基本は1883年にBerthelotが提案したもので、考え方は驚くほどシンプルです。
反応系内の化学反応による発熱と、熱伝導・対流・放射などによる反応系外への放熱。この熱収支を考えることで発火現象を説明する。
一般に酸化反応は強い発熱を伴い、反応速度は反応温度の上昇とともに急激に増加します。したがって発熱反応によって自己加熱が生じ、系の温度が発火温度に至れば発火する。これが熱発火・熱爆発です。
発熱速度と放熱速度
Semenovモデルでは、この2つを次のように表します。
| 発熱速度 q₁ | q₁ = Q・V・Cn・B・exp(−E/RT) | Q:発熱量、V:反応容積、Cn:反応速度の濃度項、E:活性化エネルギー |
| 放熱速度 q₂ | q₂ = α・S・(T − T₀) | α:総括熱伝達係数、S:壁の表面積、T₀:加熱壁温度、T:反応体の温度 |
ここに、暴走反応のすべてが詰まっています。発熱の式には exp が入っていて、放熱の式には入っていない。この非対称が決定的です。
温度が上がると、放熱は温度差に比例して直線的に増えます。しかし発熱は指数関数的に増える。どこまで行っても、いずれ発熱が放熱を追い越します。
2. 「まだ大丈夫」と「もう手遅れ」の境目
一次資料は、3つの状態で説明しています。
| 状態 | 関係 | 何が起きるか |
| a | q₁ > q₂ | 発火に必要な温度が壁温より低いところにあり、発火・爆発に至る |
| b | q₁ と q₂ が接する | 発熱速度と放熱速度がつりあう。これが熱爆発の限界条件 |
| c | q₁ < q₂ | 反応体の温度は上昇するが、途中から放熱が発熱にまさり、自己加熱は生じない |
そして、この一文が本質です。
これが熱爆発の限界条件で、Ti を越えればその後は急速に自己加熱が進んで発火、爆発に至る。
状態cと状態aの間には、なだらかな移行がありません。曲線と直線が接する点を境に、安定していた系が一気に不安定に反転します。
現場的に言い換えると、こうなります。温度が少し高めで安定している状態から、ある条件をわずかに越えた瞬間に、止められない加速が始まる。「様子を見よう」が通用しないのは、この構造のためです。
3. 3つのモデル ― 温度分布をどう扱うか
熱爆発理論には代表的なモデルが3つあり、物質の内部に温度分布があるかどうかで使い分けます。
| モデル | 前提 | ビオ数 |
| Semenov | 反応系内の温度分布はなく一様。物質と環境の温度差に比例して放熱する(Newtonの冷却則) | Bi ≪ 1 |
| Thomas-Boddington | 表面熱伝達を考慮してビオ数を導入。より現実的 | Bi ≒ 1 |
| Frank-Kamenetskii | 物質内の温度分布を考慮。物質表面の温度は環境温度に等しいと仮定し、Fourierの放熱理論に従う | Bi ≫ 1 |
ビオ数は Bi = α・L/λ(α:熱伝達係数、L:代表長さ(半径)、λ:熱伝導率)で表されます。内部の熱の伝わりやすさに対して、表面から熱が逃げやすいかどうかの指標です。
実務的な感覚に置き換えると、次のようになります。
- よく撹拌されている液体は、内部の温度がほぼ一様なのでSemenovモデルの世界に近い
- 粉体の堆積、大きな固体、撹拌の止まった液は、内部に温度分布ができるのでFrank-Kamenetskiiモデルの世界に近い
ここが重要です。撹拌が止まった瞬間、系は別のモデルの世界に移ります。三井化学岩国大竹で撹拌用の窒素が止まったとき、反応器の中では「均一に冷える系」から「上部だけが冷えない系」への転換が起きていました。
4. 容器が大きいほど危険になる
先ほどの2つの式を、もう一度見てください。
- 発熱 q₁ は 反応容積 V に比例する
- 放熱 q₂ は 壁の表面積 S に比例する
容器を相似形で大きくすると、体積は3乗で増え、表面積は2乗でしか増えません。つまり大きくするほど S/V が小さくなり、放熱が相対的に不利になります。
この帰結は実務で決定的です。
ラボで安全だったから、実機でも安全とは限らない。
同じ物質・同じ温度でも、容器が大きくなれば暴走の限界温度は下がります。スケールアップは、熱の収支という観点では常に危険側への変更です。
だから本質安全設計では「保有量の低減(Minimize)」が第一原則に置かれているわけです。
5. SADT ― 自己加速分解温度
自己反応性物質の貯蔵・輸送で使われる代表的な指標がSADT(Self-Accelerating Decomposition Temperature)です。定義はこうです。
包装された物質が自己加速分解を起こす、最低の環境温度。
ここで見落としてはいけないのが「包装された」という条件です。SADTは物質だけで決まる値ではありません。容器のサイズと形状を含めた値です。前章のS/Vの話がそのまま効いてきます。
つまり「この物質のSADTは65℃」という言い方は、厳密には不正確です。「この容器に、この量を入れた状態でのSADTが65℃」が正しい。容器を変えたら、その値は使えません。ドラム缶の値をIBCやタンクに流用しないでください。
6. SADTはどう測るのか
国連の試験方法では、輸送形態に応じて複数の試験が用意されています。
試験H.1 US SADT試験
包装状態で輸送される物質に対して実施することが勧告されている試験です。手順が具体的なので、SADTという指標の性格がよく分かります。
- 包装品をオーブンに入れる
- 試料の温度が試験環境温度より2℃低い温度に到達してから1週間、あるいは試料の温度が試験環境温度より6℃上昇するまで試験を継続する
- 包装品が試験環境温度より6℃以上高い温度に到達しないときは、5℃だけ試験環境温度の設定を高くして試験を繰り返す
- SADTは、試料が試験環境温度より6℃以上高い温度に到達するときの最低温度
注目したいのが「1週間」という時間スケールです。暴走は必ずしも数時間で起きるとは限りません。倉庫に置いたまま何日も経ってから加速が始まるという現象を、この試験は捉えようとしています。
試験H.2 断熱貯蔵試験
各温度における自己反応性物質の発熱速度を調べる試験です。IBCやタンクで輸送される物質に対して実施することが勧告されています。
1Lまたは1.5Lのデュワー瓶の中に入れた一定量の試料を内部ヒーターにより加熱し、24時間以内に自己発熱が起こる温度を、5℃刻みで温度を上げながら探索します。
試験H.4 蓄熱貯蔵試験
熱的に不安定な物質が輸送用包装品の状態で発熱分解を起こす最低の環境温度を調べる試験です。IBCや小さなタンクで輸送される物質に対して勧告されています。
デュワー瓶の中に80%の試料を入れて所定温度の恒温槽に入れ、恒温槽の温度より2℃低い温度から6℃以上高くなるまでの時間を測定します。試験は5℃刻みで行い、SADTは試料が恒温槽より6℃以上高くなるときの最低温度で表します。
消防法の試験(危険物第5類)
国内では、消防法別表に記載された爆発の危険性を判断するために、「危険物の規制に関する政令」で定める試験が指定されています。
| 試験 | 目的と内容 |
| 熱分析試験 | 爆発の危険性を判断する。密封セルを試料容器とするDSC(示差走査熱量測定)またはDTA(示差熱分析)を用い、対象物質の発熱開始温度と発熱量を測定する。2,4-DNT(2,4-ジニトロトルエン)とBPO(過酸化ジベンゾイル)を標準物質として基準点を決める |
| 圧力容器試験 | 加熱分解の激しさを判断する |
DSC/DTAで得られる発熱開始温度は、開発段階のスクリーニングで最も手軽に使える指標です。ただし、試料量が小さいため実機のスケールをそのまま代表しません。前章のS/Vの話を思い出してください。
7. 実務でどう使うか
保管温度との余裕を確認する
SADTが分かっていれば、貯蔵温度をそれより十分低く保つ管理ができます。ここで確認すべきは次の3点です。
- その値が、いま使っている容器の値か(ドラムの値をIBCに流用していないか)
- 夏場の倉庫の実温度を測ったことがあるか。天井付近、直射日光の当たる壁際は、外気温より大幅に高くなります
- 冷却設備が止まったとき、何時間で危険域に入るか
除熱能力の喪失を洗い出す
q₂ = α・S・(T − T₀) の各項が失われる経路を、HAZOPで洗い出します。
| 失われるもの | 原因の例 |
| α(熱伝達係数) | 撹拌の停止、伝熱面の汚れ・スケール、ポリマー付着 |
| S(伝熱面積) | 液レベルの低下でコイルが露出、伝熱面の閉塞 |
| T₀(冷媒温度) | 冷却水の停止・温度上昇、冷媒切替の失敗 |
とくに撹拌の停止は、αを下げると同時に系をFrank-Kamenetskii側へ移す二重の悪影響があります。撹拌機の電流値やモーター停止を、独立した監視項目にしているかを確認してください。
引火点では捉えられない危険
前の記事で触れたDMSOの例が、まさにこれです。引火点が高く比較的安全とされる溶剤でありながら、長期間の使用で分解が起き、分解発熱して暴走反応を引き起こす。
引火点は「外から火を近づけたら」しか答えていません。自分で発熱して暴走する経路は、まったく別の指標で評価する必要があります。
8. 現場でやりがちな失敗
失敗1:ラボの結果でスケールアップの安全性を判断する
S/Vが変わる以上、小スケールで安定していたことは実機の安全を保証しません。スケールアップは変更管理の対象であり、熱的な再評価が要ります。
失敗2:SADTを物質固有の値だと思っている
SADTは包装形態を含めた値です。容器を変える、充填量を変える、断熱材を巻く。いずれもSADTを変えうる変更です。
失敗3:温度が「上がっているが安定している」を安全と読む
状態cと限界条件bは、見た目には区別がつきません。どちらも「温度は上がったが、いまは止まっている」ように見えます。しかし片方は一歩越えれば暴走します。温度の絶対値だけでなく、上昇の傾きと、それが鈍っているかどうかを見てください。
失敗4:緊急時の手段を「冷却強化」だけにしている
暴走が始まってからでは、冷却能力が発熱速度に追いつきません。反応抑制剤の注入、緊急脱圧、緊急移送といった、発熱そのものを止める・逃がす手段を設計しておく必要があります。
まとめ
- 発熱は指数関数(アレニウス型)、放熱は直線(Newtonの冷却則)。この非対称が暴走を生む
- 限界条件を越えれば急速に自己加熱が進む。なだらかな移行はない
- 撹拌が止まると、系はSemenov型からFrank-Kamenetskii型へ移る。αが下がるだけの話ではない
- 発熱は体積、放熱は表面積に比例。スケールアップは常に熱的に不利
- SADTは包装形態を含めた値。容器や充填量を変えたら使い回せない
- 除熱能力が失われる経路(α・S・T₀)を、HAZOPで個別に洗い出す
暴走反応は、物質が突然性格を変えるわけではありません。発熱と放熱という2本の線が、どこで交わり、どこで離れるか。その図を頭に持っておけば、温度計の動きの意味が変わって見えてきます。
このカテゴリの全体像は、まとめ記事で解説しています。
参考文献
- 安全工学会 監修、新井充・佐藤吉信・高木伸夫・野口和彦・若倉正英 編『実践・安全工学シリーズ1「物質安全の基礎」』化学工業日報社、2012年、第1章2-1節「熱爆発理論」pp.7-11、第5章3節「自己反応性物質」pp.215-233 Amazonで見る
- 国連危険物輸送勧告 試験方法マニュアル(試験H.1 US SADT試験/H.2 断熱貯蔵試験/H.4 蓄熱貯蔵試験)
- 消防法/危険物の規制に関する政令・規則(第5類の熱分析試験・圧力容器試験)
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