実務で使える HAZOP 手順:化学プラントのリスクシナリオを掘り起こす

HAZOP(Hazard and Operability Study)は、化学プラントの 「どこで、どのような異常が起こり得るか」 を系統的に洗い出すための代表的な手法です。

しかし現場では、

  • 形式的なチェック作業になってしまう
  • 時間だけかかって、結局何が得られたのか分からない
  • コンサル任せで、自社のノウハウとして定着していない

といった悩みも少なくありません。

本記事では、実務目線で 「HAZOPをどう進めればよいか」を手順書レベルで具体的に整理します。

1. HAZOPで目指すゴール

HAZOPの最終アウトプットは、いわゆる 「HAZOPシート」 です。

そこには、対象プロセスについて

  • どの設備・ラインで
  • どのような 偏差(Deviation) があり
  • その 原因(Cause) と
  • 起こり得る 結果(Consequence)
  • 現在の 保護(Safeguard)
  • それでも残る リスクレベル
  • 必要な 対策案・アクション(担当/期限付き)

が一覧で整理されています。

言い換えれば、HAZOPはプロセスの「リスクシナリオのカタログ」をチームで作り上げる作業です。

2. 事前準備:HAZOPは「準備8割」

2-1. 対象範囲を決める

まず最初にやるべきは、どこからどこまでを HAZOP するかを決めることです。

例:

  • 「溶剤貯槽 T-101 → ポンプ P-101 → 反応器 R-101 → 冷却器 E-101 → 製品槽 T-102 まで」
  • 「今回の増設設備+既存ラインとのインターフェース部分」

対象範囲は、PFD や P&ID 上で 赤枠・マークなどで明示しておくと、会議中の認識ズレを防げます。

2-2. 必要な図書・データを揃える

HAZOPを行うテーブルには、最低限次の資料を用意します。

  • 最新版 P&ID(A3〜A2 で見やすく)
  • PFD(プロセスフローダイアグラム)
  • プロセス条件表(流量・温度・圧力・液位・組成など)
  • 安全装置リスト
    (安全弁、インターロック、アラーム、遮断弁など)
  • 操業条件・運転マニュアル
    (定常運転・起動・停止・洗浄 など)
  • 物質の安全情報
    (毒性・燃焼範囲・分解性・反応性など)

ポイント

  • 改造前の古い図面で HAZOP をしても意味がありません。
    → **「HAZOP前に図書を最新版に更新する」**ことをルール化しておくとよいでしょう。

2-3. チーム編成(メンバー構成)

HAZOPは「個人作業」ではなく チームディスカッション です。

典型的なメンバー構成は以下の通りです。

  • ファシリテータ(リーダー)
    • HAZOPの進め方を理解している人
    • 他設備のHAZOP経験者が望ましい
  • 書記(スクリバ)
    • HAZOPシートをリアルタイムで記録する役
    • 要点整理とタイピングが速い人
  • プロセス設計担当
    • プロセスの意図・設計条件に詳しい
  • 運転担当(班長クラス+現場オペレーター)
    • 実際の運転・トラブル経験に詳しい
  • 保全担当(機械/計装)
    • よく壊れる機器・誤動作しやすい機器を知っている
  • 必要に応じて:安全担当、高圧ガス保安責任者、品質保証 など

人数の目安: 6〜10名程度が現実的です。

2-4. HAZOPシートとガイドワードを準備する

HAZOPシートの基本構成(例)

ブログ用に簡略化すると、次のような列構成がベースになります。

  • Node(ノード:検討単位)
  • Parameter(パラメータ:流量・圧力・温度・液位・組成など)
  • Guide Word(ガイドワード:More/Less/No 等)
  • Deviation(偏差の意味)
  • Cause(原因)
  • Consequence(結果)
  • Existing Safeguards(既存保護)
  • Severity(重篤度)
  • Likelihood(頻度)
  • Risk Rank(リスクレベル)
  • Recommendation(対策案)
  • Actionee(担当部署・責任者)
  • Due Date(完了目標日)
  • Status(進捗:未着手/実施中/完了)

ガイドワードの典型例

連続プロセスの場合:

  • 流量:No(ゼロ)、More(多い)、Less(少ない)、Reverse(逆流)
  • 圧力:More、Less
  • 温度:More、Less
  • 液位:More、Less、No
  • 組成:More(濃すぎ)、Less(薄すぎ)、Other than(異物混入)

バッチプロセスでは、時間・順序も重要です。

  • 時間:Early(早すぎ)、Late(遅すぎ)、Long(長すぎ)、Short(短すぎ)
  • 手順:Out of order(順序違い、手順飛ばし)

3. ノード分け:どこで区切って考えるか

ノード(Node)= HAZOP の検討単位です。

P&ID を見ながら、次のような単位で区切っていきます。

3-1. 典型的なノードの切り方

  • 機器単位
    • タンク、反応器、塔、熱交換器 など
  • ライン単位
    • ポンプ出口〜制御弁〜次の機器入口 までの配管
  • 機能単位
    • 「原料受入」「反応」「分離」「貯蔵」「出荷」など

例:

  1. Node-1:溶剤貯槽 T-101(液位制御系含む)
  2. Node-2:T-101 → P-101 → R-101 への供給ライン
  3. Node-3:反応器 R-101(原料投入〜反応〜冷却)
  4. Node-4:R-101 → E-101 → T-102 のアウトレットライン
  5. Node-5:製品槽 T-102

目安:

1ノードあたり 1〜3 枚分の P&ID 範囲に収まるくらいが扱いやすいボリュームです。

4. セッションの進め方:1ノードをどう潰していくか

ここからが「会議室での具体的な進め方」です。

4-1. 1ノードの基本ループ

  1. 対象とするノード(例:Node-2 供給ライン)を確認
  2. そのノードで重要なパラメータを洗い出す
    (流量・圧力・温度・液位・組成 など)
  3. パラメータごとに、ガイドワードを当てて 偏差(Deviation) を定義
  4. 各偏差について、順番に次を議論しながらシートに記入
    1. その偏差は現実的に起こり得るか?
    2. 起こるとしたら、原因は何か?
    3. 起こった場合、結果はどうなるか?
    4. 現在どのような保護(Safeguard)があるか?
    5. それでもリスクが高ければ、どんな追加対策が考えられるか?

4-2. 具体例:供給ラインの HAZOP(一部)

対象:T-101(溶剤貯槽)→ P-101 → R-101 への供給ライン

例1:流量(Flow) × ガイドワード「No」

  • Deviation:
    流量がゼロ(溶剤供給停止)
  • Cause(原因の例):
    • P-101 トリップ(モーター故障・過負荷)
    • 吸込み側ストレーナ閉塞
    • 供給制御弁 FCV-101 の閉塞
    • 誤操作による手動弁閉
  • Consequence(結果の例):
    • R-101 内で原料比が崩れ、反応不安定(副反応増加)
    • 品質不良(未反応物残存、規格外製品)
    • 起動時・次バッチ時に誤投入リスク
  • Existing Safeguards(既存保護):
    • 流量トレンドの常時監視(DCS画面)
    • 流量低下アラーム(FAL-101)
    • バッチ進行管理チェックシート(運転手順)
  • Recommendation(対策案の例):
    • FAL-101 発報時の対応手順を標準操作手順書に明文化
    • ストレーナ差圧計の設置検討(閉塞の早期検出)

例2:流量(Flow) × ガイドワード「More」

  • Deviation:
    想定より多い流量で溶剤が供給される
  • Cause:
    • 流量制御ループの設定値ミス
    • FCV-101 ポジショナ異常により開き過ぎ
    • バイパス弁の閉め忘れ
  • Consequence:
    • R-101 内液量の急増、オーバーフローリスク
    • 希釈過多による反応温度低下、未反応物増加
    • 圧力上昇に伴い relief valve 作動の可能性
  • Existing Safeguards:
    • 上限流量アラーム(FAH-101)
    • 反応器液位高アラーム(LAH-101)
    • 高高液位インターロック(LAHH-101 等による自動給液停止)
  • Recommendation:
    • 給液ラインのバイパス弁にロック/シールを導入
    • 流量上限の設定値の妥当性を再検証し、変更時の管理ルールを明確化

このように、「パラメータ × ガイドワード」を一つずつ潰していくのが HAZOP の基本動作です。

5. リスク評価:どこまでを HAZOP の場で決めるか

HAZOPの場では、通常、精密な頻度計算までは行いません。

代わりに、簡便なリスクマトリクスを使ってランク付けします。

5-1. リスクマトリクスのイメージ

  • Severity(重篤度)
    • 1:無視できる
    • 2:軽微(小さな設備トラブル・品質影響のみ)
    • 3:中程度(作業者の軽傷、限定的な設備損傷)
    • 4:重大(休業災害・大きな設備損傷)
    • 5:致命的(死亡事故・大規模損壊・周辺影響)
  • Likelihood(頻度)
    • 1:極めて稀
    • 2:稀
    • 3:たまに起こる
    • 4:しばしば起こる
    • 5:頻繁に起こる

これらを組み合わせて、

  • 緑ゾーン:許容(現状維持でよい)
  • 黄ゾーン:対策検討(手順・教育・小規模改造など)
  • 赤ゾーン:重点対策・LOPAで詳細評価

といった “粗い仕分け” を行います。

※実務では、HAZOPの場ではこのような簡便なランク付けにとどめ、詳細な頻度評価や IPL の信頼性評価は別途 LOPA や QRA で実施する運用としている会社も多くあります。

6. HAZOP後に必ずやるべきこと:アクションとフォロー

6-1. アクションアイテムの整理

HAZOPが終わったら、Recommendation が記載されている行だけを抽出し、

  • アクション内容
  • 担当部署・責任者(Actionee)
  • 完了目標日
  • 優先度(高・中・低)

をまとめた 「対策一覧表」 を作成します。

ここから先は、

  • CAPA(是正・予防処置)
  • MOC(変更管理)
  • 設備投資計画

など、既存のマネジメントプロセスに乗せていきます。

6-2. HAZOP結果の保管と更新

  • HAZOPシートは P&ID と紐づけて電子保管(版数管理を明確に)
  • 設備改造や運転条件変更があった場合は、
    • 該当ノードの HAZOP を 「部分的に再実施」(ミニHAZOP)
    • 変更点がシートに反映されるよう、改訂履歴を残す

7. 実務での「コツ」と「やりがちな失敗」

7-1. うまくいく HAZOP のコツ

  • 現場の経験談を引き出す質問を意識して投げる
    • 「ここ、実際に詰まったことはありますか?」
    • 「似た設備でトラブルになった例はありますか?」
  • 図面と現場実態の整合を、その場で確認する
    • 「実機ではここにバイパス弁がありますよね?」など
  • 「対策まで完璧に決めよう」と欲張らない
    • HAZOPの主目的は 「リスクシナリオの発見・整理」
    • 詳細対策は別会議や検討チームに引き継いでもよい

7-2. ありがちな失敗パターン

  • ガイドワードを “チェックリスト消化” にしてしまう
    → 本来の「考える」場ではなく、形式的な作業になる。
  • 上位者が「それは起こり得ない」で議論を封じる
    → 現場の違和感やヒヤリハットが出てこなくなる。
  • 対策案がすべて「教育強化」「注意喚起」で終わる
    → 設備的対策やシステム改善につながらない。
  • アクションの担当と期限を決めないまま終了
    → HAZOPでの気づきが現場に反映されない。

8. まとめ:HAZOPは「リスクシナリオ発見のための場」

本記事では、HAZOPの実務手順を

  1. 事前準備(範囲設定・図書・チーム編成)
  2. ノード分け
  3. パラメータ × ガイドワードによる偏差洗い出し
  4. 原因・結果・保護・対策の整理
  5. リスクマトリクスによる粗い評価
  6. アクション整理とフォロー

という流れで整理しました。

HAZOPは、単なる「チェック作業」ではなく、現場・設計・保全・安全が一堂に会し、プロセスのリスクシナリオを言語化・共有するための場です。

ここで作られた 「リスクシナリオのカタログ」 は、後続の LOPA・QRA、さらには投資判断や教育・訓練にもつながる重要な土台になります。

自社のHAZOPが「形骸化している」と感じる場合は、まずは準備と進め方を見直し、上記のステップに沿って整理し直す ところから始めてみてください。

参考文献