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事故調査の目的は、原因を1つ見つけることではありません。再発を防ぐことです。
当たり前に聞こえますが、この2つは驚くほど簡単にずれます。原因は見つかったのに、同じ事故がまた起きる――そういう報告書は、実在します。
分かれ目は、「なぜ」をどこで止めたかです。
この記事の要点
- 原因は層になっている。直接原因で止めると再発する
- 対策が「注意喚起」「周知徹底」になったら、掘り足りない
- 手法より先に、事実と推論を分ける
- 公表された報告書には、繰り返し現れる型がある
- 人を責める調査は、情報が出てこなくなるという形で失敗する
1. 原因は、層になっている
| 層 | 問い | そこで止めたときの対策 |
| 直接原因 | 何が起きたか | その機器を直す |
| 引き金・状況要因 | なぜそうなったか | 手順に1行足す |
| 根本原因(システム要因) | なぜその状態が許されていたか | 仕組みを変える |
具体例で見ます。
| 層 | 内容 |
| 直接原因 | 閉止すべき弁が開いていて、内容物が流出した |
| 引き金 | 作業手順書に、その弁の閉止が書かれていなかった |
| 状況要因 | 数年前の設備改造で弁が追加されたが、手順書は更新されていなかった |
| 根本原因 | 設備変更時に、関連文書を洗い出す仕組みがなかった |
直接原因で止めれば、対策は「弁を閉める」。引き金で止めれば「手順書に追記」。どちらも正しいのですが、他の手順書は直っていません。
根本原因まで降りて初めて、まだ起きていない事故が防げます。
2. 掘り足りないことを示すサイン
どこまで掘ればよいのか。難しい問いですが、「まだ足りない」を示すサインははっきりしています。
| 報告書にこう書いてあったら | 意味 |
| 「注意喚起する」 | なぜ注意できなかったのかを掘っていない |
| 「周知徹底する」 | なぜ伝わらなかったのかを掘っていない |
| 「教育を実施する」 | 知らなかったのか、知っていてもできなかったのか、区別できていない |
| 「確認を強化する」 | 確認する人の負荷が増えただけ |
| 「作業員の不注意」が原因欄にある | そこで調査が終わっている |
「不注意」は、原因ではなく現象です。人は誰でも不注意になります。問うべきは「不注意があっても事故にならない設計だったか」のほうです。ここを問わない限り、対策は必ず人の努力に依存します。
逆に、掘りすぎのサイン
「なぜ」を続けると、いずれ「経営が安全を軽視していた」にたどり着きます。
それが事実なこともありますが、そこまで一般化すると、明日から何をすればいいか分からなくなります。
止めどころの目安は、「自社で変えられる仕組みに到達したか」です。手が届く層まで降りたら、そこが根本原因です。
3. 手法より先に、事実と推論を分ける
RCAの手法はいろいろありますが、どれを使っても、入力が汚れていれば結論は汚れます。
最初にやるべきは、タイムラインを作ることです。
| 区分 | 例 | 扱い |
| 事実 | 14:32 に温度が○℃を示した(記録あり) | そのまま書く |
| 証言 | 「異臭がしたように思う」 | 証言として明記する |
| 推論 | そのとき分解が始まっていたと考えられる | 推論と明記する |
| 意見 | もっと早く止めるべきだった | 結論の章へ回す |
この4つが混ざった報告書は、読んだ人が検証できません。そして数年後、その報告書だけが残ります。
公表されている事故調査報告書を読むと、この区別が徹底されていることに気づきます。「〜と推定される」「〜の可能性が考えられる」という表現が繰り返し出てくるのは、慎重すぎるからではなく、後から検証できるようにしているからです。
4. 手法の使い分け
| 手法 | 得意 | 弱点 |
| なぜなぜ分析 | 手軽。誰でも始められる | 一本道になりやすい。分岐が消える |
| FTA | 起きた経路以外も洗える | 手間がかかる |
| M-SHEL | 人がからむ事象の構造化 | 設備要因が薄くなりやすい |
| Bow-Tie | どのバリアが破れたかを見せる | 定量化できない |
| タイムライン | 事実の整理。全手法の前提 | これ単体では原因に届かない |
実務では組み合わせるのが普通です。タイムラインで事実を並べ、なぜなぜで当たりをつけ、重要なところはFTAで枝を確認する、という流れになります。
なぜなぜ分析が一本道になる問題
「なぜ?」に答えを1つ出して次へ進むと、他の答えが検討されないまま消えます。
対処は簡単で、各段階で「他にもあるか?」を必ず1回聞くことです。これだけで、なぜなぜ分析は木になります。
そして「どのバリアが破れたか」「なぜそのバリアが効かなかったか」という整理には、Bow-Tieが向いています。エスカレーションファクターの欄が、そのまま調査の問いになります。
5. 公表された報告書に、繰り返し現れる型
国内外の事故調査報告書を読んでいくと、異なる会社・異なる物質でも、同じ構図が繰り返し出てくることに気づきます。
以下は、筆者が公表報告書を読んで整理したものです。確立された分類ではありませんが、自社の調査で「見落としていないか」を点検する軸としては使えます。
| 型 | 中身 |
| ① 非定常で起きている | スタートアップ、シャットダウン、トラブル対応、定修。定常運転中の事故のほうが少ない |
| ② 前兆があった | 同種のトラブルが過去にあり、その場しのぎで処理されていた |
| ③ 危険性の情報が届いていなかった | 知っている人はいたが、現場の判断者は知らなかった |
| ④ 変更が変更として扱われていなかった | 設備をいじらない変更(運転条件、原料、頻度)ほど漏れる |
| ⑤ 暗黙知に依存していた | 「経験的にこうしている」が文書になっていない |
| ⑥ 判断できる人が、その場にいなかった | 夜間・休日・応援者・協力会社 |
②と③は、特に多く見かけます。
「異常には気づいていた。しかし、それが危険だとは読めなかった」――この形が、いくつもの報告書に出てきます。情報が届いていなかったのではなく、届いた情報の意味が分からなかったのです。
だから対策が「情報共有を強化する」だけだと、また同じことが起きます。意味を読めるだけの知識が現場にあるかまで問う必要があります。
6. 人を責める調査は、失敗する
これは理念の話ではなく、実務上の理由があります。
| 責める調査をすると | 何が起きるか |
| 当事者が話さなくなる | いちばん詳しい人から情報が取れない |
| 周囲も報告しなくなる | ヒヤリハットが上がってこなくなる |
| 「不注意」で終わる | 仕組みの問題が見えない |
| 次から隠す動機が生まれる | 発見が遅れ、被害が大きくなる |
とはいえ、何をしても不問というわけでもありません。意図的な違反や、明らかに無謀な行為までを免責すると、今度はルールが意味を失います。
線引きは「同じ状況に置かれた、同じ経験を持つ別の人が、同じことをしたか」で考えます。
「するだろう」なら、それは仕組みの問題です。「しないだろう」なら、なぜその人はしたのかを見ます。
大切なのは、この線引きを事故の前に決めて、公表しておくことです。事故のあとに決めると、どうしても結論ありきになります。
7. 対策の質は、階層で決まる
根本原因までたどり着いても、対策が弱ければ意味がありません。
| 強さ | 対策の種類 | 例 |
| 強い | 危険源をなくす | その物質を使わない、量を減らす |
| ↑ | 工学的対策 | インターロック、機械的に入らない構造 |
| ↓ | 警報・検知 | ガス検知器、警報 |
| ↓ | 管理的対策 | 手順書、作業許可、教育 |
| 弱い | 保護具・注意喚起 | PPE、掲示、声かけ |
報告書の対策欄が、下の2段だけで埋まっていないか。これは、報告書を受け取る側がすぐにできる点検です。
もちろん、上の段は費用も時間もかかります。「すぐやる管理的対策」と「時間をかけて上の段へ移す計画」を、両方書くのが現実的な落としどころです。
8. 調査が終わってからが本番
| やること | 抜けやすい点 |
| 対策の実施と完了確認 | 「実施済み」の中身が確認されていない |
| 水平展開 | 同じ構造の設備・他工場に展開されない |
| 手順書・図面への反映 | 報告書だけ更新され、現場の文書が古いまま |
| 有効性の確認 | 対策が効いているかを、後日見ていない |
| 教訓の保存 | 数年で「なぜこのルールがあるのか」が失われる |
2行目の水平展開は、「同じ物質・同じ機器」で探すと狭くなります。探すべきは同じ構造です。
「乾燥すると危険になる残渣」の事故なら、水平展開の対象は同じ物質ではなく、「湿潤を前提に安全とされているもの全部」です。
そして最後の行。ルールの理由が失われると、次の世代がそれを合理化して外します。プロセス知識管理が扱う問題そのものです。
9. 自分の職場で確かめる8つのこと
- 直近の調査報告書の原因欄に、「不注意」と書かれていませんか。
- 対策欄が、注意喚起・教育・確認強化だけになっていませんか。
- 報告書の中で、事実・証言・推論が区別されていますか。
- タイムラインを作ってから分析を始めていますか。
- 「他にもあるか?」を各段階で聞いていますか。
- 責任追及と原因究明の線引きが、事前に決まっていますか。
- 水平展開の範囲を、物質ではなく構造で考えていますか。
- 対策の有効性を、後日確認する仕組みがありますか。
まとめ
- 目的は原因を見つけることではなく、再発を防ぐこと
- 「不注意」は原因ではなく現象。そこで止めると必ず再発する
- 止めどころは「自社で変えられる仕組みに到達したか」
- 事実・証言・推論を分ける。これが報告書の寿命を決める
- 対策の階層を見る。下2段だけなら、まだ終わっていない
事故が起きてから調べるより、起きる前の小さな異常を拾えるほうが、はるかに安上がりです。次はヒヤリハット・インシデント報告制度を扱います。
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プロセス安全の全体地図
この記事は「プロセス安全・防災」カテゴリの1本です。約100本を6つの領域に整理した地図と、立場・目的別の読む順は、こちらにまとめています。
参考文献
- 安全工学会 監修、新井充・佐藤吉信・高木伸夫・野口和彦・若倉正英 編『実践・安全工学シリーズ3「安全マネジメントの基礎」』化学工業日報社、2013年
Amazonで見る - 総務省消防庁「危険物に係る事故事例(令和6年)火災編」(PDF)/流出編(PDF)
- 産業技術総合研究所 安全科学研究部門「事故分析手法PFAの実施手順と効用」 事故進展フロー図による時系列分析
- US CSB「Completed Investigations」 根本原因と寄与原因の切り分けの実例
- 厚生労働省 職場のあんぜんサイト「労働災害原因要素の分析」
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