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「認証品を使っているので、機能安全に対応しています」
この説明は、半分しか合っていません。
機能安全の規格が要求しているのは、機器そのものより、むしろ「どういう手順で決め、作り、維持するか」のほうです。その骨格が安全ライフサイクルです。
この記事の要点
- IEC 61508は一般規格(機器寄り)、IEC 61511はプロセス産業向け(ユーザー寄り)
- 規格の本体は安全ライフサイクル。分析 → 実現 → 運用
- 安全要求仕様(SRS)が、いちばん抜けやすい
- ライフサイクルの9割以上は「運用」。そこで崩れる
- 認証品を買っただけでは、機能安全にならない
1. 2つの規格の役割分担
| IEC 61508 | IEC 61511 | |
| 位置づけ | 一般規格(基本規格) | プロセス産業向けのセクター規格 |
| 主な読み手 | 機器メーカー | プラント側(設計・運転・保全) |
| 扱う範囲 | 電気・電子・プログラマブル電子系 全般 | プロセス産業の安全計装システム |
| 関係 | ― | 61508を参照している |
| 国内規格 | JIS C 0508 | JIS C 0511 |
実務での使い分けは、はっきりしています。
プラント側の技術者が読むのは61511です。61508は、機器を新規に開発する場合や、認証されていない機器を使いたい場合に参照します。
2. 安全ライフサイクル ― 規格の本体
規格の中身は、「この順番でやりなさい、各段階でこれを残しなさい」という要求の集まりです。大きく3つに分かれます。
| 段階 | やること | 残すもの |
| A 分析 | ハザードとリスクの分析 | HAZOPなどの記録 |
| 安全機能の割り当て | SIFの一覧、必要なSIL | |
| 安全要求仕様(SRS) | 何を、どの条件で、どう止めるか | |
| B 実現 | 設計・エンジニアリング | SIL検証の計算書 |
| 据付・試運転 | 据付検査、ループチェック | |
| 妥当性確認 | SRSどおりに動くことの確認記録 | |
| C 運用 | 運転・保全 | プルーフテスト記録、バイパス台帳 |
| 変更管理 | MOC記録、再検証 | |
| 廃止 | 撤去時の影響評価 |
この表を眺めると、ほとんどが「記録を残す」ことに関わっているのが分かると思います。
機能安全が「文書が多い」と言われるのは、そのためです。ただ、これは形式主義ではありません。「なぜその判断をしたか」が残っていないと、10年後に誰も検証できないからです。
3. 安全要求仕様(SRS)が、いちばん抜ける
実務で最も飛ばされやすいのが、ここです。
「SIL2のインターロックを付ける」までは決まる。しかし、その先が書かれていない。
| SRSに書くこと | 例 |
| 何を検出するか | 反応器の温度が○℃を超えたこと |
| 何をするか | 供給弁を閉、冷却を全開、撹拌は継続 |
| どれだけの時間で | 検出から○秒以内に完了 |
| 安全状態とは何か | 止めた後、どの状態で保持するか |
| 復帰の条件 | 誰が、何を確認して解除するか |
| 要求される作動頻度 | 低頻度作動か、高頻度/連続作動か |
| プルーフテストの方法と間隔 | どこまで通すテストを、何年ごとに |
プロセス安全時間 ― 「間に合うか」の問い
3行目の「どれだけの時間で」は、特に重要です。
異常が始まってから、危険な状態に至るまでの時間をプロセス安全時間と呼びます。安全計装は、この時間より十分に短い時間で完了しなければ意味がありません。
PFDavgがどれだけ小さくても、動作が間に合わなければ防護になりません。
検知の遅れ、ロジックの走査周期、大口径弁のストローク時間。これらを足した時間が、プロセス安全時間の中に収まっているか。SIL検証の計算書には、この確認が入っていないことがよくあります。
暴走反応のように加速していく異常では、プロセス安全時間そのものが条件で変わります。余裕を見ておく必要があります。
4. 機能安全管理(FSM)と、力量
規格が求めているものの中に、技術ではないものがあります。
| 要求 | 中身 |
| 責任の明確化 | 各フェーズを誰が担当し、誰が承認するか |
| 力量(コンピテンス) | 担当する人が、その業務をできると示せるか |
| 文書管理 | 版管理、変更履歴、追跡可能性 |
| 供給者の管理 | エンジニアリング会社・ベンダーの力量確認 |
| FSA(機能安全アセスメント) | 独立した立場からの確認 |
2行目の「力量」は、日本の現場ではあまり文書化されていない項目だと思います。「あの人は詳しいから」で回っている業務を、記録として残せるかという話です。
そして5行目のFSA。作った人とは別の目で、ライフサイクルの各段階が要求を満たしているかを確認します。少なくとも運転開始前には実施することが求められます。
HAZOPやSIL決定と同じで、作った本人には見えないものがあります。
5. ライフサイクルの9割以上は「運用」
ここが、この記事でいちばん伝えたいところです。
| 段階 | 期間の目安 | かけられる手間 |
| A 分析 | 数か月 | プロジェクト予算がある |
| B 実現 | 1〜2年 | プロジェクト予算がある |
| C 運用 | 20〜40年 | 日常業務の中で、人が減っていく |
設計時にどれだけ精緻にSIL検証をしても、その前提を維持できるのは運用フェーズだけです。
| 運用で崩れるところ | 結果 |
| プルーフテストの先送り | PFDavgが前提を外れる |
| バイパスの長期化 | その間、防護層がない |
| 設定値の変更が記録されない | SRSと実物が食い違う |
| 担当者の交代で、経緯が失われる | なぜその値なのか分からなくなる |
| テスト間隔の見直し | 再検証されないまま延長される |
4行目が、いちばん静かに進みます。設計時の判断根拠は、担当者の頭の中にあることが多いからです。ライフサイクルが「文書を残せ」と繰り返し要求しているのは、20年後に人が入れ替わっていることを前提にしているからです。
6. 「認証品を買ったから機能安全」ではない
冒頭の話に戻ります。
| 認証が保証していること | 保証していないこと |
| 機器の設計・製造プロセスの妥当性 | その機器が、あなたのプロセスに合っているか |
| 公表された故障率データの根拠 | 設置環境(腐食性、振動、温度)での実力 |
| 安全マニュアルの提供 | マニュアルどおりに設置・設定されているか |
| ― | プルーフテストが実施されているか |
| ― | 変更時に再検証されているか |
右の列が、すべてこちら側の責任です。そしてこの列こそが、事故のときに問われる部分でもあります。
もう1つ。安全マニュアルには、その故障率データが成り立つ前提条件が書かれています。使用環境、テスト間隔、必要な診断。読まずに数字だけ使うと、根拠のない検証になります。
7. どこから手をつけるか
既設のプラントで、ライフサイクル全体を一から整えるのは現実的ではありません。効果の大きい順に挙げます。
- SIFの一覧を作る。どのインターロックが安全のためにあるのか、区別できていますか
- プルーフテストの実施状況を確認する。計画と実績が合っていますか
- バイパスの現状を洗う。いま何件、いつからですか
- 重要なSIFから、SRSを書き起こす。全部でなくてよい
- 変更管理に「SIL再検証の要否」の欄を足す
1つ目が、意外と最初の壁になります。プロセス制御のためのインターロックと、安全のためのインターロックが、同じ一覧に混ざっている工場は珍しくありません。
区別されていなければ、どれを守るべきかが決まりません。ここが出発点です。
8. 自分の職場で確かめる7つのこと
- 安全のためのインターロック(SIF)の一覧がありますか。
- それぞれに安全要求仕様(SRS)が書かれていますか。
- 作動時間が、プロセス安全時間に収まっていることを確認しましたか。
- プルーフテストの計画と実績は、一致していますか。
- 運転開始前に、独立した立場での確認(FSA)を行いましたか。
- 機器の安全マニュアルの前提条件を、読んで使っていますか。
- 設計判断の根拠は、担当者が異動しても残りますか。
まとめ
- 61508はメーカー向け、61511はプラント側向け。読むのは61511
- 規格の本体は安全ライフサイクル。分析 → 実現 → 運用
- SRSが抜けると、後工程が全部あいまいになる
- プロセス安全時間に間に合わなければ、PFDavgは無意味
- ライフサイクルの9割以上は運用。そこを守れるかが本番
これで、リスクアセスメント手法のシリーズは一区切りです。洗い出す(HAZOP・What-if・FMEA) → 掘る(FTA・ETA・Bow-Tie) → 基準に照らす(リスクマトリクス・LOPA・QRA) → 性能を決めて維持する(SIL・機能安全)。全体の地図は、下のまとめ記事にあります。
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プロセス安全の全体地図
この記事は「プロセス安全・防災」カテゴリの1本です。約100本を6つの領域に整理した地図と、立場・目的別の読む順は、こちらにまとめています。
参考文献
- 安全工学会 監修、新井充・佐藤吉信・高木伸夫・野口和彦・若倉正英 編『実践・安全工学シリーズ2「プロセス安全の基礎」』化学工業日報社、2012年
Amazonで見る - IEC 61508(JIS C 0508)「電気・電子・プログラマブル電子安全関連系の機能安全」/IEC 61511(JIS C 0511)「機能安全-プロセス産業分野の安全計装システム」
- JIS C 0508-1:2012(第1部:一般要求事項)/JIS C 0511-1:2019/JIS C 0511-2:2023(適用指針)
- IEC 61508:2010(Parts 1-7)/IEC 61511-1:2016
- 労働安全衛生総合研究所「プロセスプラントのプロセス災害防止のためのリスクアセスメント等の進め方」JNIOSH-TD-No.5 Rev.2(PDF)
※本記事は安全ライフサイクルの全体像を理解するための概説です。規格の要求事項は改訂により変わります。適用にあたっては、最新版の規格原文(JIS C 0508/JIS C 0511)をご確認ください。
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