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教育訓練と技術伝承|「あの人に聞けば分かる」が消えるとき

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技術伝承の話は、たいてい「ベテランが辞める」から始まります。

でも、本当に困るのはその手前です。何を伝えるべきかが、定義されていない。

「あの人に聞けば分かる」で回っているものは、そもそもリストになっていません。リストにないものは、引き継ぎの計画にも載りません。

この記事の要点

  • 「受講した」「理解した」「できる」は別物。記録の多くは1つ目で止まる
  • 伝えるものは手順・理由・判断・感覚の4種類。後ろほど伝わりにくい
  • OJTでは非定常を教えられない。起きないから
  • 暗黙知は「何を知っていますか」と聞いても出てこない
  • 「できるのが1人だけ」の一覧が、そのまま技術伝承の計画になる

1. 「教育した」には、3つの水準がある

水準何が言えるか確かめ方
受講したその場に座っていた出席簿
理解した説明できる口頭で説明させる、記述させる
できる実際に、やれる実技、立会確認

教育記録の多くは、1行目で止まっています。「〇月〇日、〇〇教育を実施、受講者20名」。

機能安全の規格が要求する「力量(コンピテンス)」は、3行目のことです。「その業務ができると示せるか」が問われます。

全部を3行目でやる必要はありません。コストが合わないからです。「安全上重要な作業だけ、3行目まで確認する」という線引きをして、それを明文化しておく。ここが現実的な設計だと思います。

2. 何を伝えるのか ― 4つに分ける

種類伝わりやすさ
手順(どうやるか)操作の順序、弁の開閉文書で伝わる
理由(なぜそうするか)なぜこの管理値なのか、なぜこの順序なのか文書化されていないことが多い
判断(どうなったら、どうするか)異常時の見極め、いつ止めるか経験に埋まっている
感覚音、におい、振動、色の違い最も伝わりにくい

教育プログラムの多くは、1行目に集中しています。手順書があり、教えやすく、テストもしやすいからです。

しかし事故が起きるのは、たいてい3行目が必要な場面です。

2行目については、別記事で詳しく扱っています。手順は残るのに、その理由が消えるという問題です。

3. OJTだけでは、届かないもの

OJTは強力な方法です。ただし、構造的な限界があります。

限界なぜ
非定常を経験させられないめったに起きないから。起きたときは教育どころではない
失敗させられない本物のプラントで、失敗の結果を見せるわけにいかない
教える人によって内容が変わるその人の経験の範囲が、教育の範囲になる
「なぜ」が伝わるとは限らない教える側も理由を知らないことがある

1行目が、いちばん痛い。事故は非定常で起きるのに、非定常こそOJTで教えられません。

だから、補うものが要ります。

補う手段何を届けるか
事故事例の読み込み自分の工場では起きていない型の危険
過去トラブルの掘り起こし自社で実際に起きたこと。最も刺さる
シミュレーターでの異常時操作判断の練習。失敗できる
体験型(見る・触る)感覚。文章では届かないもの
図上訓練非定常時の連携、判断

2行目を強調しておきます。他社事例より、自社の過去トラブルのほうが圧倒的に効きます。同じ設備、同じ場所、知っている先輩の話だからです。

ところが、10年前のトラブル報告書を新人が読む仕組みは、たいてい存在しません。

「読んだ」と「見た」は別物

体験型の教育が効くのは、感覚に届くからです。

たとえば静電気。「人体に帯電した静電気は数十mJに達しうる」と読むのと、実際に放電を体験するのとでは、残るものが違います。

爆発範囲も同じです。数字の表を覚えるより、不活性ガスを入れたときに可燃領域がどう縮むかを動かして見たほうが、判断に使える形で残ります。

4. ベテランが辞める前に、何をするか

ここが、この記事のいちばん実務的な部分です。

まず、やっても出てこない方法を挙げます。

「あなたが知っていることを、書き出してください。」

これでは、ほとんど出てきません。暗黙知は、本人にとって「当たり前」だから暗黙知なのです。自分が特別なことを知っているとは思っていません。

出させるには、具体的な対象を挟むのが有効です。

やり方引き出せるもの
手順書を一緒に読み、各行で「これはなぜ?」と聞く理由(Know-Why)
過去のトラブルを、時系列で語ってもらう判断、そのときの見え方
非定常作業に同行し、その場で質問する判断と感覚。最も効率がよい
「ヒヤッとした話」を聞く報告に上がっていない情報
若手が書いた手順書を、添削してもらう抜けている前提

1行目は、地味ですが確実です。手順書の各行に「なぜ」を書き足していく作業は、そのまま文書化になります。

時期について。退職の半年前から始めるのでは、たいてい間に合いません。非定常作業や定修は、年に数回しかないからです。「同行して学ぶ」機会が、半年では数回しか取れません。数年単位で計画する必要があります。

5. 「できるのが1人だけ」を、一覧にする

技術伝承の計画を作るのに、大掛かりな調査は要りません。1枚の表から始められます。

作業できる人頻度次にやるのは
(安全上重要な作業を並べる)人数年〇回いつ

この表で見るのは、「できる人が1人」かつ「頻度が低い」行です。そこが最も危ない組み合わせになります。

  • できる人が1人しかいない → その人が不在なら、できない
  • 頻度が低い → 教える機会が、めったに来ない
  • だから次の実施日が、教育の機会そのものになる

資格についても同じ見方をします。有資格者の人数に余裕があるか、5年後はどうか。法令上の選任が成立しなくなれば、設備は動かせません。

6. 教育が形骸化しているサイン

サイン意味
毎年、同じ資料を使っている設備も事故も変わっているのに、更新されていない
記録が「受講した」だけできるかどうかは、確認されていない
テストが〇×で、全員満点合格させるための試験になっている
自社の事故・トラブルが教材に入っていない最も効く材料を使っていない
協力会社が対象に入っていない構内で作業するのは自社社員だけではない
「教育を実施した」が、事故の対策になっている対策の階層で最も弱い層

最後の行は、事故調査とつながります。対策欄が「教育を実施する」で埋まっているなら、原因を掘り足りていません。

7. 自分の職場で確かめる7つのこと

  • 安全上重要な作業について、「できる」水準まで確認していますか。
  • 「できるのが1人だけ」の作業を、把握していますか。
  • 年に数回しかない作業の、次の実施日を教育機会として押さえていますか。
  • 自社の過去トラブルを、新人が読む仕組みがありますか。
  • 手順書の「なぜ」を、ベテランと一緒に埋めたことがありますか。
  • 有資格者の人数は、5年後も足りますか。
  • 協力会社の作業者は、教育の対象に入っていますか。

まとめ

  • 「受講した」は教育の記録ではあるが、力量の証明ではない
  • 伝えにくいのは理由・判断・感覚。手順だけが文書に残る
  • 非定常はOJTで教えられない。事例・シミュレーター・体験で補う
  • 暗黙知は具体的な対象(手順書、過去トラ、現場)を挟んで引き出す
  • 「1人しかできない × 頻度が低い」が、最も危ない組み合わせ

技術伝承は、退職の直前に始める仕事ではありません。「次にその作業をやるのはいつか」を押さえるところから始まります。

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