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制度は立派に整っているのに、中身が空洞になっている工場があります。
そういう工場は、外から見ると優良企業に見えます。そして、監査も通ります。
では――通ってしまう監査と、通らない監査は、何が違うのか。この記事は、そこだけを扱います。
この記事の要点
- 監査には3つの層がある。多くは2層目で止まる
- 書類だけ見る監査は、書類を整える能力を測っている
- 記録から現物へ、現物から記録へ。両方向に辿る
- 質問は「していますか」ではなく「どうしますか」
- 繰り返し出る指摘は、最も重要なシグナル
1. 監査には、種類がある
| 種類 | 誰が | 特徴 |
| 内部監査 | 自社の別部署 | 現場を知っている。ただし遠慮が出る |
| 本社・親会社の監査 | 本社、グループ会社 | 標準への適合。現場の事情に疎いことがある |
| 第三者監査 | 外部機関 | 独立性は高いが、深さは日数に縛られる |
| 法令に基づく検査 | 行政、指定機関 | 範囲は法令が定めたものに限られる |
最下段について、はっきり書いておきます。法定の検査に合格したことは、その法令が求める事項を満たしていることを意味します。プロセス安全全体が十分だという証明ではありません。法令が見ていない領域は、自分たちで見るしかありません。
2. 監査の3つの層
| 層 | 問い | 見る方法 |
| ① あるか | 規程・手順書・記録が存在するか | 書類 |
| ② 回っているか | 記録が埋まっているか、期限内か | 書類+抜き取り |
| ③ 効いているか | そのやり方で、危険が実際に減っているか | 現場、インタビュー |
①と②は、書類で完結します。だから効率がよく、指摘も書きやすい。監査の大半がここで終わるのは、自然なことでもあります。
ただ、空洞化した工場が通ってしまうのも、ここまでで終わるからです。書類と記録は、整えられます。
③は時間がかかります。全項目でやる必要はありません。重要な数項目だけ、③まで降りる。それが現実的な設計です。
3. 書類と実態の乖離を、どう見つけるか
ここが、この記事の中心です。
| やり方 | 何が分かるか |
| 記録から現物へ辿る | 「先月のプルーフテスト記録の、この弁を見せてください」 記録はあるが現物がない、という状態が見つかる |
| 現物から記録へ辿る(逆引き) | 「この仮設ホースは、いつからですか。変更管理の記録は?」 これがいちばん効く |
| 手順書を持って作業を見る | 書かれた順序と、実際の順序の違い |
| 同じ質問を3人にする | 答えが割れたら、伝わっていない |
| 最新の改訂について聞く | いつ、なぜ改訂したかを答えられるか |
| 例外について聞く | 「うまくいかなかったときは、どうしますか」 |
逆引きが、いちばん効く
書類から入る監査は、「記録されているもの」しか見られません。記録されていないものは、リストに載っていないので、辿りようがありません。
そこで、現場を歩いて、目についたものから記録へ遡ります。
- 仮設のホース、仮設の電源、養生テープで留められたもの → 変更管理は?
- 閉められたまま札のついた弁 → いつから? 誰の判断?
- 手書きの掲示、貼り紙 → 手順書に反映されているか
- 盤面で強制(フォース)されている信号 → バイパス台帳にあるか
- 使われていない配管・機器 → 隔離されているか、記録は
この5つは、書類側のリストにはまず載っていません。だからこそ、現場から入る意味があります。
4. 質問の仕方で、出てくる情報が変わる
| 効かない質問 | 効く質問 |
| 手順書どおりにやっていますか | この作業を、最初から順にやって見せてください |
| 教育は受けていますか | この管理値は、なぜこの値ですか |
| 変更管理をしていますか | 直近で変更したものを1件、教えてください |
| 緊急時の手順は分かりますか | いま○○が漏れたら、まず何をしますか |
| 報告制度はありますか | 最後に報告したのは、いつ、何ですか |
左の列は、すべて「はい」で終わります。そして「はい」からは何も分かりません。
右の列は、実際に何が起きているかを答えさせます。答えられなければ、そこが弱点です。
もう1つ。答えられなかった人を、その場で責めないでください。
一度でもそれをすると、以降の監査で情報が出てこなくなります。答えられないのは、たいてい個人ではなく仕組みの問題です。
5. 指摘の書き方
「変更管理の運用が不十分」――このような指摘は、受け取った側が動けません。何をどこまで直せばよいかが分からないからです。
| 要素 | 書くこと |
| 事実 | 何を見たか(具体的に。設備名、日付、書類名) |
| 基準 | 何に照らして問題か(社内規程○条、法令、標準) |
| リスク | このままだと、何が起こりうるか |
| 要求 | 何を求めるか(是正/改善/観察事項) |
| クローズ条件 | 何をもって「終わった」とするか |
3行目のリスクを書くかどうかで、指摘の重みが変わります。「規程違反です」より「この状態で漏えいすると、遮断が働きません」のほうが、優先順位が上がります。
そして5行目。クローズ条件を指摘と同時に決めておかないと、「対応しました」で終わります。何を見せてもらえば閉じるのか、その場で合意しておきます。
まず見るのは、前回の指摘
監査を始めるとき、最初に開くべきは前回の指摘一覧です。
| 状態 | 意味 |
| 閉じている | ― |
| 期限を過ぎて開いている | 実行力の問題。他の指摘も同じ運命をたどる |
| 同じ指摘が繰り返し出ている | 対策が原因に届いていない。最重要のシグナル |
| 「対応済み」だが実態が変わっていない | 形式的に閉じられている |
3行目が出たら、その指摘自体を新規の重点項目として扱ってください。繰り返すということは、根本原因まで降りていないということです。事故調査とまったく同じ構図です。
6. プロセス安全監査で、必ず見る10項目
限られた日数で実態に近づくなら、この10項目を「1件ずつ最後まで辿る」のが効率的だと思っています。
| # | 見るもの | 辿り方 |
| 1 | 変更管理 | 直近1年の変更を1件抜き、リスクレビュー→承認→文書改訂→教育まで追う |
| 2 | バイパス | いまバイパス中の一覧と、その期間。最長のものを1件掘る |
| 3 | プルーフテスト | 計画と実績の一致。やっていない分の扱い |
| 4 | 安全弁 | 検査記録、設定圧が設計値と一致しているか |
| 5 | 作業許可 | 直近の許可証を1枚、返却の記録まで |
| 6 | 手順書 | 現場の1冊を開く。書き込み、付箋、版 |
| 7 | ヒヤリハット | フィードバックまでの日数、対策完了率 |
| 8 | 事故調査 | 直近の報告書の原因欄と対策欄 |
| 9 | 緊急時対応 | 直近の訓練報告書に改善点が書かれているか |
| 10 | 前回指摘 | クローズ状況と、繰り返しの有無 |
ポイントは、「全部を浅く見る」のではなく「少数を最後まで辿る」ことです。1件を最後まで追うと、途中で切れている場所が必ず見えます。
そして#2のバイパス。ここは、ほぼ確実に何かが出ます。「一時的」と書かれたまま年単位で続いているものが、たいてい1件はあります。
7. 受ける側の話 ― 準備しすぎない
監査の前に、書類を整え、現場を片付け、想定問答を配る。気持ちは分かります。
ただ、それをやると監査の価値がゼロになります。
| 準備しすぎると | 結果 |
| 普段と違う状態を見せる | 普段の問題が見つからない |
| 指摘がゼロになる | 改善の機会を失う |
| 準備に人手を取られる | 本来の仕事が止まる |
| 「見せられる状態を作る」が目的化する | 次回はもっと準備が必要になる |
監査で指摘が出ることは、失点ではありません。指摘が出ないことのほうが、実は怖いと考えたほうがいいと思います。
ここは、監査する側の姿勢とも表裏です。指摘の件数で工場を評価すると、次から準備が始まります。評価すべきは、指摘の件数ではなくクローズの質です。
8. 自分の職場で確かめる8つのこと
- 直近の監査で、現場を歩いた時間はどれくらいでしたか。
- 現物から記録へ遡る質問を、したことがありますか。
- いまバイパス中のものは何件で、最長は何か月ですか。
- 前回の指摘のうち、繰り返しのものはありますか。
- 指摘に、リスク(何が起こりうるか)が書かれていますか。
- クローズの条件は、指摘と同時に決まっていますか。
- 監査前に、普段と違う準備をしていませんか。
- 指摘件数を、工場の評価に使っていませんか。
まとめ
- 「あるか」「回っているか」で止めない。「効いているか」まで降りる
- 現物から記録へ遡る(逆引き)が、いちばん実態に届く
- 質問は「していますか」ではなく「どうしますか」「見せてください」
- 指摘には事実・基準・リスク・要求・クローズ条件を書く
- 繰り返し出る指摘は、根本原因に届いていない証拠
監査で照らし合わせる「基準」の一部は、法令です。次は、化学プラントにかかる法規制の全体像を整理します。
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プロセス安全の全体地図
この記事は「プロセス安全・防災」カテゴリの1本です。約100本を6つの領域に整理した地図と、立場・目的別の読む順は、こちらにまとめています。
参考文献
- 安全工学会 監修、新井充・佐藤吉信・高木伸夫・野口和彦・若倉正英 編『実践・安全工学シリーズ3「安全マネジメントの基礎」』化学工業日報社、2013年
Amazonで見る - 厚生労働省「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」(令和元年厚生労働省告示第54号) システム監査の定義
- 総務省消防庁「危険物施設の保安検査及び定期点検の制度概要」(PDF) 法定検査と自主点検の役割分担
- 高圧ガス保安協会「検査・認定等」/認定制度
- OSHA 1910.119 App C(Compliance Guidelines)(コンプライアンス監査の頻度・実施者・記録保持の解釈指針)
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