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Bow-Tieは、FTAとETAを1枚につないだ図です。左が原因、右が結末、真ん中が事象。形が蝶ネクタイに似ているので、この名前がついています。
ただ、それだけなら「FTAとETAを並べただけ」です。Bow-Tieにしかない要素が2つあります。
エスカレーションファクターと、バリアの持ち主です。
この記事の要点
- ハザードとトップ事象の区別が、最初にして最大の関門
- 左は予防バリア、右は緩和バリア
- エスカレーションファクター=バリアを効かなくする条件。ここがBow-Tieの独自性
- バリアには持ち主(誰が健全性を保つか)を書く
- 定量評価には向かない。数えるための図ではない
1. 部品は5つ
| 要素 | 位置 | 意味 |
| ハザード | いちばん上 | 危険源そのもの。あること自体は異常ではない |
| トップ事象 | 中央 | 制御を失った瞬間 |
| 脅威(Threat) | 左端 | トップ事象を引き起こすもの |
| 結末(Consequence) | 右端 | トップ事象から先に起こること |
| バリア | 左右 | 左=予防/右=緩和 |
ハザードとトップ事象を、混ぜない
ここでつまずくチームが多いので、はっきり書きます。
| 要素 | 例 | 見分け方 |
| ハザード | 貯槽T-101に貯蔵された可燃性液体 | なくすと商売にならない。正常状態 |
| トップ事象 | その液体が、貯槽の外に出る | 制御を失った瞬間。まだ被害は出ていない |
| 結末 | プール火災、環境汚染、人身災害 | 被害が発生している |
よくある間違いは、トップ事象に「火災」と書いてしまうことです。
火災は結末です。トップ事象に置いてしまうと、右側に書くことがなくなり、消火設備を「予防バリア」の欄に書くことになります。図の意味が崩れます。
判定は簡単です。「まだ誰も困っていないか?」と問うてください。困っていなければトップ事象、困っていたら結末です。
2. 組み立ててみる
ハザード:貯槽T-101の可燃性液体
トップ事象:貯槽から液体が流出する
左側 ― 脅威と予防バリア
| 脅威 | 予防バリア(左から順に) |
| 過充填 | 受入れ手順 → 制御系レベル制御 → 高レベル警報+運転員 → 独立高レベル遮断 |
| 腐食による板厚減少 | 材質選定 → 塗装・内面ライニング → 定期検査(板厚測定) → 補修基準 |
| ノズル・配管の損傷 | 設計(可撓性) → 支持 → 巡回点検 |
| ドレン弁の開放放置 | 作業手順 → 施錠 → 巡回での確認 |
右側 ― 結末と緩和バリア
| 緩和バリア(左から順に) | 結末 |
| ガス検知 → 緊急遮断 → 防液堤 → 着火源管理 | 着火せず、回収して終息 |
| 防液堤 → 泡消火設備 → 消防隊 → 離隔距離 | プール火災 |
| 防液堤 → 排水系の遮断 → オイルフェンス | 環境汚染 |
ここまでで、すでに1つ分かることがあります。防液堤は3つの結末すべてに出てきます。
Bow-Tieを描くと、「多くの経路に共通して効いているバリア」が目で分かります。そこが弱っていれば、影響は一気に広がります。
3. エスカレーションファクター ― Bow-Tieの本体
ここが、他の手法にない部分です。
エスカレーションファクター=バリアを効かなくしてしまう条件のことです。
| バリア | エスカレーションファクター | 二次バリア |
| 独立高レベル遮断 | バイパス(無効化)されている | バイパス管理台帳、期限管理、承認 |
| 泡消火設備 | 泡原液が期限切れ/劣化 | 定期の性能確認、更新基準 |
| 防液堤 | 排水弁が開いたまま | 常時閉ルール、施錠、巡回チェック |
| 定期検査 | 検査箇所が代表点になっていない | 検査計画の見直し、腐食モデル |
| 高レベル警報+運転員 | 警報が多すぎて埋もれる | アラーム管理、優先度設定 |
この列を書き始めると、多くの現場で手が止まります。「バリアはあるが、効くとは限らない」という事実が、図の上に現れるからです。
事故報告書を読むと、たいていエスカレーションファクター側が原因になっています。設備がなかったのではなく、あったのに効かなかった。バイパスされていた、期限が切れていた、警報に埋もれていた。Bow-Tieは、それを事前に書き出させる仕掛けです。
4. バリアに「持ち主」を書く
もう1つの独自要素が、バリアごとの持ち主(オーナー)です。
| バリア | 種類 | 健全性を保つ人 |
| 独立高レベル遮断 | 能動的(機器) | 計装保全(プルーフテスト) |
| 防液堤 | 受動的(構造物) | 設備保全(ひび割れ・排水弁) |
| 受入れ手順 | 人的 | 製造課(手順の維持、教育) |
| 泡消火設備 | 能動的 | 防災担当(原液更新、起動試験) |
この列を入れると、「誰も見ていないバリア」が見つかります。
特に危ないのが受動的なバリアです。防液堤や防火壁は、動かないので点検の対象から外れがちです。動かないものは、壊れていても分かりません。
5. LOPA・多重防護との対応
「Bow-Tieのバリア」「LOPAのIPL」「多重防護の層」は、ほぼ同じものを違う角度から見ています。
| Bow-Tie | LOPA | 多重防護 |
| 予防バリア(左) | IPL(頻度を下げる) | 本質安全設計〜安全計装 |
| トップ事象 | 結果事象 | ― |
| 緩和バリア(右) | 緩和側のIPL | 物理的防護〜緊急時対応 |
| エスカレーションファクター | (IPLの独立性・信頼性の要件) | ― |
| バリアの持ち主 | ― | ― |
表の下2行を見てください。Bow-Tieだけが持っている列です。
LOPAは「IPLとして数えてよいか」を条件で判定します。Bow-Tieは「効かなくなる条件を書き出す」という形で、同じ問題に別の角度から迫ります。
6. Bow-Tieの限界
| 限界 | 中身 |
| 定量評価に向かない | バリアが直列に並ぶだけ。頻度の計算はできない |
| ANDが表現できない | 「2つ同時に壊れたら」という論理が描けない |
| バリアの数を競いがち | 数が多い=安全ではない。効くかどうかが問題 |
| 図が大きくなる | 脅威5・結末3で、すでに1枚に収まらない |
| 更新されない | 作った時点の絵で止まる |
1行目と2行目は、FTAで補うしかありません。逆に言えば、Bow-Tieは数えるための図ではないということです。
3行目は現場でよく起きます。バリアを10個並べた図は、立派に見えます。けれども、そのうち5個が同じ計器を根拠にしていたり、3個が期限切れだったりします。だからこそ、エスカレーションファクターと持ち主の列が要ります。
7. Bow-Tieの一番の強みは、伝わること
FTAやLOPAのシートを、現場のオペレーターや協力会社に見せて理解してもらうのは、正直むずかしいと思います。
Bow-Tieは、それができます。
| 相手 | 伝わること |
| 現場オペレーター | 「自分の作業が、どのバリアなのか」 |
| 保全担当 | この点検が、どの経路を止めているか |
| 協力会社 | 作業中に無効化してはいけないもの |
| 経営層 | 投資がどのバリアを厚くするのか |
| 新人 | プラント全体の危険の構造 |
1行目が効きます。「あなたが毎日やっている確認は、この図のここにある」と示せると、手順の意味が変わります。
これは、他のどの手法にもない使い方です。Bow-Tieを「計算のための図」ではなく「共有のための図」として使うと、価値が出ます。
8. 自分の職場で確かめる7つのこと
- トップ事象に「火災」と書いていませんか。
- 各バリアに、健全性を保つ持ち主が決まっていますか。
- 受動的なバリア(防液堤、防火壁)を、誰が点検していますか。
- いまバイパスされているバリアは、何個ありますか。
- 複数の経路に共通して出てくるバリアはどれですか。そこは重点管理していますか
- バリアの数を、安全性の指標にしていませんか。
- 現場のオペレーターが、自分の作業がどのバリアか言えますか。
まとめ
- ハザード=正常状態、トップ事象=制御を失った瞬間、結末=被害
- 左が予防バリア、右が緩和バリア
- エスカレーションファクターこそが本体。事故はたいていここで起きる
- バリアに持ち主を書くと、誰も見ていないバリアが見つかる
- 定量評価はできない。共有のための図として使う
ここまでの4本(FTA・ETA・FMEA・Bow-Tie)は、どれも時間と人手をそれなりに使う手法です。次は、その手前で軽く回すためのWhat-if分析とチェックリスト法を扱います。
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プロセス安全の全体地図
この記事は「プロセス安全・防災」カテゴリの1本です。約100本を6つの領域に整理した地図と、立場・目的別の読む順は、こちらにまとめています。
参考文献
- 安全工学会 監修、新井充・佐藤吉信・高木伸夫・野口和彦・若倉正英 編『実践・安全工学シリーズ2「プロセス安全の基礎」』化学工業日報社、2012年
Amazonで見る - US CSB「Investigation Report Volume 2 – Macondo / Deepwater Horizon」(2014年、PDF) バリアの多重失敗をボウタイ図で可視化
- US CSB「Investigation Report Volume 3」(2016年、PDF) セーフティケースとバリア管理
- JIS Q 31010:2022「リスクマネジメント-リスクアセスメント技法」(IEC 31010:2019)
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