※本記事の参考文献には、Amazonアソシエイトのリンク(アフィリエイト広告)を含みます。
着火源を管理し、火気作業を許可制にし、防爆機器を使う。それでも燃えるものがあります。
油のしみたウエスを丸めて置いておく。開放した熱交換器から取り出した堆積物を、地面に積んでおく。火の気はどこにもありません。それでも、時間が経つと発火します。
自然発火は、着火源のリストに載らない着火源です。
この記事の要点
- 自然発火は「発熱 > 放熱」が続くと起きる。暴走反応と同じ構造
- だから堆積が大きいほど、低い温度で発火する
- 化学プラント固有の相手は硫化鉄(FeS)。開放点検で赤熱する
- 硫化鉄も「湿っていれば安全、乾かすと危険」――三菱マテリアル・デンカと同じ形
- 保温材は断熱材。しみ込んだ油の熱を逃がさない
1. なぜ、火がないのに燃えるのか
多くの物質は、常温でもゆっくり酸化しています。ほとんどの場合、その熱は周囲へ逃げるので、温度は上がりません。
問題は、逃げる速さより発生する速さが上回ったときです。
発熱 > 放熱 → 温度が上がる → 酸化が速くなる → さらに発熱
この正のフィードバックが止まらなくなり、最後は発火に至ります。
構造としては、暴走反応とまったく同じです。反応器の中で起きるか、床に積んだ物の中で起きるかの違いしかありません。
効いてくる条件
| 条件 | なぜ効くか |
| 表面積が大きい | 酸素と触れる面が増え、発熱が増える。粉・繊維・多孔質 |
| 堆積が大きい | 中心部の熱が逃げられない。これが最も効く |
| 断熱されている | 保温材の中、袋の中、積み重なった布の間 |
| 周囲温度が高い | 出発点が高ければ、そこから上がりやすい |
| 空気が少しある | 「少し」が最悪。酸化は進むが、風で冷やされない |
「堆積が大きいほど、低い温度で発火する」という性質は、直感に反するので押さえてください。少量なら常温で何も起きない物が、山積みにすると自分で温まって発火します。小さな試験で安全でも、実スケールでは違うということです。
2. 現場にある「自然発火するもの」
| もの | 起き方 |
| 油のしみたウエス | 乾性油・不飽和油が酸化重合して発熱。丸めて置くと危ない |
| 硫化鉄(FeS) | 装置内の腐食生成物。乾いて空気に触れると急速に酸化 |
| 活性炭 | 吸着熱、および吸着した有機物の酸化 |
| 保温材にしみた油 | 断熱された中で酸化が進む |
| 石炭、木粉、飼料、堆肥 | 大量の堆積で内部が蓄熱する |
| 金属粉(微粉) | 表面積が大きく、酸化しやすい |
| 過酸化物を含む溶剤 | エーテル類などが空気中で過酸化物を生成し、分解する |
このうち、化学プラントで固有かつ厄介なのが硫化鉄です。次章で詳しく扱います。
ウエスの扱い ― 単純だが効く
油のしみたウエスは、広げておけば安全、丸めて積むと危険です。放熱面積が変わるからです。
- 使用済みウエスは金属製の蓋つき容器に入れる
- その日のうちに回収する。作業場に溜めない
- 段ボールやポリ袋にまとめて置かない
費用はほぼゼロで、効果は確実です。定修中は特に、ウエスの量が普段の何倍にもなります。
3. 硫化鉄 ― 開放点検で赤熱するもの
硫黄分を含む流体を扱う設備では、鉄と硫黄が反応して硫化鉄(FeS)ができます。装置の内壁や堆積物として溜まっていきます。
精油所の脱硫装置、硫化水素を扱う系統、原油タンクなどでよく見られます。
運転中は、何も起きない
装置の中は酸素がないので、硫化鉄は安定しています。問題は、開放したときです。
空気に触れた硫化鉄は、急速に酸化します。
この酸化は発熱反応で、しかも速い。堆積していれば熱が逃げず、赤熱に至ります。そこに可燃性の残渣や蒸気があれば、それが着火源になります。
つまり、装置を開けるという行為そのものが、着火源を作ることになります。
湿っていれば安全、乾かすと危険
硫化鉄の対策の基本は、湿潤を保つことです。水があれば、酸化熱は蒸発潜熱として奪われ、温度が上がりません。
この構図に、見覚えがあるはずです。
| 事故・物質 | 湿潤なら | 乾かすと |
| 三菱マテリアル(2014) クロロシランポリマーの加水分解生成物 | 爆発威力が小さい | 打撃感度・威力とも跳ね上がる |
| デンカ(2023) CP-NOxダイマー | 落つい感度 JIS 8級(最安全) | JIS 5級(強打で爆発) |
| 硫化鉄 | 安定 | 急速に酸化し、赤熱する |
「乾かすと危険になる残渣」は、化学プラントに繰り返し現れるパターンです。そして「乾かす」のは、たいてい作業性のためです。液だれを防ぐ、扱いやすくする、次の作業に移りやすくする。良かれと思ってやったことが、危険側に振れる。
硫化鉄への対策
- 開放前に処理する――蒸気パージ、化学洗浄、不活性化した状態での洗浄
- 開放中は湿潤を保つ――散水しながら作業する
- 取り出したものは、その場で水に浸ける――地面に積まない
- 速やかに構外へ搬出する――乾く前に
- 可燃性蒸気が残っていないことを確認する
ここでも、「湿潤を作る」と「湿潤を保つ」は別の管理です。デンカ青海では、水洗して湿潤にしたあと、ドライ窒素を流したことで短時間に乾いていました。
4. 保温材の下で起きること
もうひとつ、化学プラントで見落とされやすい自然発火があります。
保温材にしみ込んだ油です。
- フランジやシールからの微少な漏れが、保温材にしみ込む
- 保温材は断熱材なので、酸化熱が逃げない
- しかも保温材は多孔質で、油を薄く広い表面積で保持する
- 配管が加熱されていれば、出発温度も高い
結果として、その油の発火点より低い配管温度でも、保温材の中で発火することがあります。
これは、保温下腐食(CUI)と同じ構造の問題です。保温材の下は見えない。だから、漏れも、進行も、気づかれません。「保温材にシミがある」は、点検の対象です。
5. 対策の考え方
自然発火は「発熱 > 放熱」で起きるので、対策はどちらかを逆転させることです。
| 方向 | 対策 |
| 発熱を減らす | 酸素を断つ(不活性化、密閉容器) |
| 湿潤を保つ(蒸発潜熱で熱を奪う) | |
| そもそも溜めない(速やかに搬出・処理) | |
| 放熱を増やす | 堆積を小さくする(丸めない、薄く広げる、小分けにする) |
| 断熱しない(袋・段ボール・保温材の中に置かない) | |
| 温度の低い場所に置く | |
| 気づく | 温度監視、定期的な触診・サーモグラフィ |
「堆積を小さくする」が、費用対効果では最も優れています。同じ量でも、置き方を変えるだけで発火しなくなるからです。
6. 定修中が、最も危ない
ここまでの内容を並べると、ある時期に集中していることが分かります。
- 装置を開放する――硫化鉄が空気に触れる
- 堆積物を取り出して置く――地面で乾いていく
- 作業でウエスが大量に出る
- 保温材を剥がす/戻す――しみた油が露出する
- 普段いない協力会社の人が多数入る――自然発火の知識が共有されにくい
定修は、自然発火のリスクが年間で最も高くなる期間です。そして、それを知らない人が最も多い期間でもあります。
7. 自分の職場で確かめる7つのこと
- 使用済みウエスは、蓋つきの金属容器に入っていますか。その日のうちに回収していますか
- 硫黄分を含む流体を扱っていますか。装置内に硫化鉄が溜まる系統はどれですか
- 開放時に取り出した堆積物を、地面に積んでいませんか。
- 湿潤を「保つ」手順はありますか。湿らせて終わりになっていませんか
- 保温材にシミはありませんか。そこは漏れている場所です
- 定修に入る協力会社に、自然発火の危険を伝えていますか。
- 長期保管している粉体・活性炭はありませんか。温度を見ていますか
5番目は、現場を歩けば分かります。保温材のシミは、漏れの証拠であり、自然発火の予兆でもあります。
まとめ
- 自然発火は「発熱 > 放熱」が続いて起きる。暴走反応と同じ構造
- 堆積が大きいほど、低い温度で発火する。小スケールの試験では見えない
- 化学プラント固有の相手は硫化鉄。装置を開けること自体が着火源を作る
- 硫化鉄も「湿潤なら安全、乾かすと危険」。作る管理と保つ管理は別
- 定修中が、年間で最もリスクが高い。そして知らない人が最も多い
自然発火の対策は、ほとんどが「置き方」と「片付け方」です。設計でも計装でもなく、日々の作業のなかにあります。だからこそ、忘れられます。
関連記事
参考文献
- 安全工学会 監修、新井充・佐藤吉信・高木伸夫・野口和彦・若倉正英 編『実践・安全工学シリーズ1「物質安全の基礎」』化学工業日報社、2012年、自然発火・酸化発熱
Amazonで見る - 三菱マテリアル「高純度多結晶シリコン製造施設 爆発火災事故調査報告」(PDF)/デンカ青海工場 事故調査 最終報告書(PDF) ※残渣の乾燥による危険性増加
- 危険物の規制に関する規則(e-Gov法令検索) ※自然発火性物質の分類と貯蔵基準
※自然発火の起こりやすさは、物質・粒径・水分・堆積量・周囲温度によって大きく変わります。本記事に挙げた例は代表的なものであり、網羅的ではありません。実際の評価は、取り扱う物質の性状と実際の堆積条件に基づいて行ってください。
化学プラント大全 
