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「安全な距離を取ってください」と言われます。では、何mですか。
この問いには、答えがあります。火から受ける熱の強さは、計算できるからです。
この記事では、輻射熱の考え方と、離隔距離が実際にどう決まるのかを、計算例つきで整理します。
この記事の要点
- 輻射熱の強さはkW/m²で表し、距離の2乗に反比例して弱まる
- 判断のしきい値は1.6 / 4.7 / 12.5 / 37.5 kW/m²が広く使われる
- 直径10mのプール火災なら、逃げられる限界(4.7)はおよそ30m先
- ジェット火災は輻射熱の議論を超える。炎そのものが数十m届く
- 離隔距離は「何を守るか」(人か設備か)で変わる
1. 火災には型がある
まず、扱う相手を整理します。
| 型 | 起き方 | 特徴 |
| プール火災 | 漏れた液が溜まり、その表面が燃える | 燃焼速度は液面の面積で決まる。風で傾く |
| ジェット火災 | 加圧された流体が噴き出し、その噴流が燃える | 指向性がある。炎が数十m届くことも |
| フラッシュファイア | 広がった蒸気雲が燃え抜ける | 短時間。雲の中にいた人が被災する |
| ファイヤーボール | BLEVEなどで大量の可燃物が一気に燃える | 数秒〜十数秒。上空から輻射熱 |
このうちプール火災とジェット火災は長く燃え続けます。だから、離隔距離の議論では主にこの2つを相手にします。
2. 輻射熱の強さは、こう決まる
火から離れた場所で受ける熱の強さを輻射熱強度と呼び、kW/m²(1平方メートルあたり何キロワット)で表します。
最も単純な見積り方が点源モデルです。火災を1つの点とみなし、そこから全方向へ均等に熱が広がると考えます。
q = Qrad / (4π r²) [kW/m²]
q:距離rでの輻射熱強度/Qrad:輻射として出る熱量[kW]/r:火災中心からの距離[m]
そして輻射として出る熱量は、こう計算します。
Qrad = η × ṁ × ΔHc
η:輻射割合(燃焼熱のうち輻射になる割合。炭化水素でおおむね0.15〜0.4)
ṁ:燃焼速度[kg/s]/ΔHc:燃焼熱[kJ/kg]
押さえるべきは、「距離の2乗に反比例する」という一点です。距離が2倍になれば、熱は4分の1になります。
3. 判断のしきい値
計算した数値を、被害の判断に使います。広く参照されている目安です。
| 輻射熱強度 | 意味 |
| 1.6 kW/m² | 長時間さらされても、痛みを感じない程度 |
| 4.7 kW/m² | 20秒ほどで痛みを感じる。この程度なら避難できる |
| 12.5 kW/m² | 木材が着火し得る。人への重篤な傷害。設備にも影響 |
| 37.5 kW/m² | 設備が損傷する。長時間なら鋼構造物も破損 |
4.7と12.5のあいだに、決定的な線があります。4.7は「痛いが逃げられる」、12.5は「逃げる前に重傷を負う」。人が通る場所・作業する場所の基準は、この線の内側で考えます。
4. 計算してみる ― 直径10mのプール火災
実際に手を動かします。次の条件を置きます。
| プールの直径 | 10 m(防液堤の中で液が広がったと仮定) |
| 単位面積あたりの燃焼速度 | 0.05 kg/m²·s(炭化水素の代表的な値) |
| 燃焼熱 ΔHc | 45,000 kJ/kg |
| 輻射割合 η | 0.30 |
手順
- プール面積:π × 5² = 78.5 m²
- 燃焼速度:0.05 × 78.5 = 3.93 kg/s
- 全発熱量:3.93 × 45,000 = 約 177,000 kW
- 輻射分:0.30 × 177,000 = 約 53,000 kW
この53,000 kWを、距離の2乗で割っていきます。
| 距離 | 輻射熱強度 | 意味 |
| 15 m | 約 18.8 kW/m² | 設備にも影響が出る領域 |
| 20 m | 約 10.5 kW/m² | 短時間でも重篤な傷害の恐れ |
| 30 m | 約 4.7 kW/m² | ここが「避難できる」限界 |
| 40 m | 約 2.6 kW/m² | — |
| 50 m | 約 1.7 kW/m² | ほぼ痛みを感じない |
逆に、しきい値から距離を求めるとこうなります。
| 37.5 kW/m² に達するのは | 約 11 m |
| 12.5 kW/m² に達するのは | 約 18 m |
| 4.7 kW/m² に達するのは | 約 30 m |
| 1.6 kW/m² に達するのは | 約 51 m |
直径10mのプール火災で、人が逃げられる距離は約30m。
防液堤ひとつ分の火災で、これだけの範囲が影響を受けます。プラントの中で30mというのは、決して遠くありません。
点源モデルの注意点を書いておきます。この式は、火災から十分離れた場所(おおむね火災の寸法より遠い距離)でしか成り立ちません。プール直径と同程度の近距離では、実態と合わず過大に出ます。近距離を評価したいときは、炎を面として扱うモデル(固体炎モデル)を使います。
5. 「プールの大きさ」は設計で決まる
いまの計算で、輻射熱を決めていたのはプールの面積でした。
ということは――漏れた液がどこまで広がるかを設計で決めれば、火災の規模も決まります。
- 浅く広く溜めると、表面積が大きくなり、火災は大きく激しくなる
- 深く狭く溜めると、表面積が小さくなり、火災は小さく長くなる
- 傾斜をつけて集液ピットへ導けば、火災の位置も設備から離せる
被害局限化の記事で書いた「深く狭く溜める」という設計は、この計算の裏づけがあります。
6. ジェット火災は、話が別
ここまではプール火災でした。ジェット火災は、性質が違います。
加圧された流体が小さな穴から噴き出し、その噴流が燃える。炎は指向性を持ち、噴出方向へ長く伸びます。条件によっては数十mに達します。
| プール火災 | ジェット火災 | |
| 形 | おおむね上向き。風で傾く | 噴出方向へ伸びる。横向きもある |
| 位置 | 液が溜まる場所(低いところ) | 漏えい点。高所にもあり得る |
| 影響 | 主に輻射熱 | 輻射熱+炎の直撃 |
| 近くの設備 | 加熱される | 局所的に強烈に加熱される |
ジェット火災の怖さは「炎が当たる」ことです。
輻射熱は距離で減衰しますが、炎が直接当たる場所には、その議論が成り立ちません。局所的に、極めて速く金属を加熱します。
そしてそれが液化ガスのタンクに当たれば、BLEVEの引き金になります。
だからジェット火災の評価では、輻射熱の等高線だけでなく「炎がどこまで届くか」「その先に何があるか」を見ます。フランジやシール部といった漏えいしやすい箇所と、その噴出方向にある機器の関係が問題になります。
7. 離隔距離は「何を守るか」で変わる
ここまでの数値を、実際の判断に落とします。
| 守る対象 | 考え方 | 目安 |
| 常時人がいる建屋 (制御室、詰所、事務所) | 長時間そこにいる。避難に時間がかかる | 低いしきい値で。輻射熱だけでなく爆風と飛来物も |
| 避難経路 | 通り抜けられる必要がある | 4.7 kW/m² 程度を上限に |
| 作業する場所 | 逃げられることが条件 | 4.7 kW/m² 程度 |
| 重要な設備 | 火災中も機能を維持したい | 12.5〜37.5 kW/m² で判断。耐火被覆も選択肢 |
| 隣接する危険設備 | 延焼・BLEVEを防ぐ | 距離+耐火被覆+散水の組み合わせ |
距離が取れないときは、距離以外の手段で置き換えます。防火壁、耐火被覆、散水設備、そしてそこに人を置かないことです。
2005年のBPテキサスシティで15名が亡くなったのは、装置のそばに仮設トレーラーがあったからでした。距離という最も単純な対策が、そこでは取られていませんでした。
8. 自分の職場で確かめる7つのこと
- 可燃性液体が漏れたら、どこまで広がりますか。その面積は何m²ですか
- そこで火災が起きたとき、4.7 kW/m² の距離は何mですか。計算したことがありますか
- その範囲に、人が通る道や作業場所はありませんか。
- 避難経路は、火災の影響範囲を通っていませんか。
- 漏えいしやすい箇所(フランジ・シール)の噴出方向に、何がありますか。
- 液化ガスのタンクは、ジェット火災が当たり得る位置にありませんか。
- 距離が取れない場所では、何で代替していますか。防火壁、耐火被覆、散水
2番目は、この記事の式で概算できます。厳密な評価は専門の解析が要りますが、桁を知るだけでも判断は変わります。
まとめ
- 輻射熱はkW/m²で評価し、距離の2乗に反比例する
- しきい値は1.6 / 4.7 / 12.5 / 37.5。4.7と12.5のあいだに「逃げられるか」の線がある
- 直径10mのプール火災で、避難できる限界はおよそ30m先
- 火災の規模はプールの面積で決まる。だから溜め方の設計が効く
- ジェット火災は炎が直接当たる。輻射熱の議論では足りない
離隔距離は、感覚で決めるものではありません。「何mなら逃げられるか」には、計算で近づけます。そして距離が取れないなら、取れない分を別の手段で埋めることになります。
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火災・爆発の型を全体として見分ける地図は、こちらにまとめています。
参考文献
- 安全工学会 監修、新井充・佐藤吉信・高木伸夫・野口和彦・若倉正英 編『実践・安全工学シリーズ1「物質安全の基礎」』化学工業日報社、2012年
Amazonで見る - 安全工学会 監修『実践・安全工学シリーズ2「プロセス安全の基礎」』化学工業日報社、2012年、第4章「安全性解析手法」
Amazonで見る - API Standard 521「Pressure-relieving and Depressuring Systems」 ※火災曝露の考え方
※本記事の計算は点源モデルによる概算です。燃焼速度・輻射割合・大気の減衰率は物質と条件で変わり、しきい値も出典によって幅があります。示した数値は桁を把握するための例であり、設計値ではありません。近距離の評価や実際の離隔距離の決定には、固体炎モデル等の適切な手法と該当指針を用いてください。
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