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2023年 デンカ青海工場 配管破裂事故|湿潤は、維持されていなかった

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※本記事の参考文献には、Amazonアソシエイトのリンク(アフィリエイト広告)を含みます。

2023年6月14日午前9時5分。デンカ青海工場で、協力会社の作業員が配管を電動のこぎりで切っていました。

爆発したのは、切っていた場所ではありません。約2.9m離れた、別の作業員が手で支えていたエルボ部でした。

1名が亡くなり、2名が負傷。3名とも工事施工会社の従業員です。

そしてこの事故は、2014年の三菱マテリアル四日市と同じ形をしています。安全にするための処理が、乾かされたことで危険になった。9年後に、別の会社で、別の物質で、同じことが起きました。

この記事の要点

  • 配管内壁のスケールはCP-NOxダイマーという爆発性物質だった
  • 湿っていれば最も安全な等級。乾くと「強く叩くと爆発する」等級に変わる
  • 水洗して湿潤にしたあと、薬傷防止のためドライ窒素を流した。短時間で乾いた
  • 着火源は電動のこぎりの刃先の熱(150℃以上)。スケールは約100℃で発火する
  • スケールが増えていたのに、運転条件が基準値内だったため追究されなかった

本記事は、デンカが公開している事故調査 最終報告書(2024年1月11日)に基づいて整理しています。社外有識者4名を含む委員会が、9回の会議を経てまとめたものです。

1. なぜ配管を交換しようとしたのか

乾かしたことで、危険になった

まず、この工事の目的から押さえます。ここが重要です。

報告書によれば、工事は「一部の配管内壁に付着しているスケール(付着物)を洗浄しやすくするために」行われました。

つまり、スケールが問題だと分かっていて、対処するための工事でした。危険を無視して作業していたわけではありません。それでも事故になっています。

そしてもうひとつ、背景があります。2022年10月の定期修理以降、配管内壁に付着するスケールが増えていました。2009年の操業開始以降、初めて見られた現象です。

報告書はこう書いています。

「運転条件が基準値内であったために、スケール増加要因が深く追究されなかった」

これは、多くの現場に当てはまる話です。

温度も圧力も流量も、管理値の中に入っている。それでも「いつもと違うこと」が起きている。計器が正常を示している限り、この違和感は議題になりません。

実際、報告書の再発防止対策には「“いつもと違う”と感じたら、月例の事業所長報告会等で審議し、事業所内関係者に周知する」という項目が入っています。

2. 爆発したのは「スケール」だった

事故後の分析で、スケールの正体が特定されました。

CP-NOxダイマー――クロロプレンモノマーと窒素酸化物(NOx)が結合した物質の二量体です。

できる仕組みも解明されています。重合禁止剤から発生するNOが、酸素が共存する条件でクロロプレンモノマーと反応して生成する。

重合を防ぐために入れている薬剤が、別の危険物を作る原料になっていたことになります。

そして報告書は、率直にこう記しています。

「スケールがCP-NOxダイマーであること及びその危険性は、事故原因調査で初めて判明した」

3. 湿っていれば、最も安全だった

委員会は、実際に採取したスケールで感度試験を行いました。その結果が、この事故のすべてです。

試験湿潤状態乾燥状態
落つい感度
(5kgの鉄槌を落とす)
JIS 8級
(最も危険性が低い等級)
JIS 5級
意識的に強く叩くと爆発
摩擦感度JIS 7級
(最も危険性が低い等級)
JIS 6級
注意すれば取扱い可

湿っていれば、最も安全な等級です。デンカにも「スケールは湿潤状態にすれば安全に取り扱える」という経験的な認識があり、協力会社にも共有されていました。

その認識は、正しかったのです。正しくなかったのは、次の一点でした。

4. 湿潤は、維持されていなかった

事故前日から当日にかけての作業を追います。

日時作業
6/13 10:00頃移送配管の液抜き処置を開始
6/13 14:00頃液切れを確認し、窒素で配管を置換
6/13 15:00頃配管の水洗を開始(=スケールを湿潤状態にした)
6/14 04:00頃水洗を停止し、ドライ窒素で水切置換を開始
6/14 06:30頃水切り終了、窒素置換を停止
6/14 08:40頃配管交換作業許可証を発行
6/14 09:00頃作業前ミーティング後、配管の取り外し作業を開始
6/14 09:05頃配管破裂(爆発)

水洗のあと、ドライ窒素で水を切っています。この判断にも理由がありました。

「湿潤下における有機物の液だれによる薬傷(皮膚の炎症)を防止するため」

作業者を薬傷から守るための処置です。安全対策として行われました。

そして、事故以前の認識はこうでした。

「事故以前は、スケール類は、一旦湿潤状態にすれば、湿潤状態が維持できていると考えられていた」

ところが事故後の実証実験で、事故当日と同じ条件(窒素流速5m/s)では湿ったスケールが短時間で乾燥することが判明します。

「湿らせれば安全」は正しい。しかし「一度湿らせれば湿ったままである」は正しくありませんでした。安全条件を作ることと、それを維持することは別の管理です。湿潤が安全条件なら、着手直前に湿っていることを確認する手順が要ります。

5. 電動のこぎりの熱で、2.9m先が爆発した

着火源についても、委員会は数値で示しています。

  • セーバーソーの切断時、刃先は150℃以上に発熱した
  • スケール(CP-NOxダイマー)は、約100℃になれば発火する

切込みが配管の内面に達したあたりで、内側のスケールに火がついたと推定されています。

そして切断箇所そのものは破裂していません。爆発したのは2.9m離れたエルボ部でした。理由は、そこにスケールが多く付着していたと推定されるからです。

着火した場所と、爆発した場所は違いました。

亡くなったのは、切っていた人ではなく、2.9m先で配管を支えていた人です。「火気を使う場所から離れていれば安全」という感覚では、この事故は防げません。配管の内側はつながっています。

6. 「この設備は安全」という思い込み

報告書の背景要因の章に、印象的な一文があります。

「デンカでは、1962年にクロロプレンゴムの製造開始以降、大きな事故もなく運転されてきた。関係者は長年事故がなかったことから、この設備は安全であるという『思い込み』があったように感じる」

60年間、事故がなかった。それが安全の証明として受け取られていた、という指摘です。

この構図は、BPテキサスシティで「労働災害の指標が良好だから安全だ」と誤認したことと同じです。事故が起きていないことは、安全であることの証明にはなりません。

情報は、あった

さらに重いのが、この記述です。

「自社のインシデント、および他社の類似事故発生から、20〜30年が経過している。当時の技術者はこの情報を知っていたが、次の世代にまで継承できていなかった」

過去に、海外の同業他社でも、デンカ青海工場でも、類似の事故やインシデントが起きていました。知っている人はいた。しかし、次の世代には渡らなかった。

委員会は、これをデンカ固有の問題にしていません。

「技術・技能継承は、デンカに限らず多くの化学企業に『共通する課題』である」

7. 9年前に、同じことが起きていた

ここで、2014年の三菱マテリアル四日市工場の事故を並べてみます。

三菱マテリアル(2014)デンカ(2023)
作業熱交換器の開放洗浄配管の切断・取替
危険物クロロシランポリマー類の
加水分解生成物
CP-NOxダイマー
(配管内壁のスケール)
安全処理加湿窒素ブローで加水分解水洗で湿潤状態に
その後3日間のドライ窒素ブロードライ窒素で水切り
着火源フランジ面の打撃電動のこぎりの刃先の熱
共通する教訓乾燥させたことで、危険性が跳ね上がった

物質は違います。工程も違います。しかし「湿っていれば安全、乾かすと危険」という構造は同じです。

8. 自分の工場で確かめる6つのこと

  • 配管や機器の内壁に付くスケールが何か、分析したことがありますか。それとも「汚れ」で済ませていませんか
  • 安全条件が「湿潤」なら、着手直前に湿っていることを確認していますか。前日に湿らせたから大丈夫、になっていませんか
  • 窒素パージが、乾燥という副作用を持つことを意識していますか。
  • 「運転条件は基準値内だが、いつもと違う」を報告する場がありますか。スケールや副生物の増加は、誰が把握していますか
  • 火気を使う作業で、離れた場所にいる人は安全ですか。配管の内側はつながっていませんか
  • 20〜30年前のトラブル情報は、いま誰が持っていますか。その人が退職したら、どうなりますか

4番目が、この事故の入口でした。基準値内の変化は、報告する仕組みがなければ報告されません。

まとめ

  • 2023年6月14日、デンカ青海工場で配管切断中に破裂事故。協力会社従業員1名が死亡、2名が負傷
  • 爆発物質は配管内壁のスケール、CP-NOxダイマー。重合禁止剤由来のNOと反応してできていた
  • 湿潤なら最も安全な等級、乾燥すると「強く叩くと爆発」する等級に変わる
  • 水洗で湿潤にしたが、薬傷防止のドライ窒素で短時間に乾いていた
  • 背景には「60年事故がないから安全」という思い込みと、20〜30年前の情報が継承されなかったことがある

この事故が問いかけるのは、「安全にするための操作を、いつまで有効だと思っていますか」ということです。安全条件には、有効期限があります。

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参考文献