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入槽作業の手順書は、どの工場でも分厚くできています。酸素濃度を測り、可燃性ガスを測り、隔離を確認し、監視人を立てる。「入るときの安全」は、しっかり管理されています。
では、閉じるときはどうでしょうか。
2023年、米ダウ・ケミカルの工場で、定期修理の入槽作業のあと作業灯が1台、容器の中に残されたまま蓋が閉じられました。2か月後、それが爆発の起点になります。
CSBはこの事故を受けて、閉所作業の国際規格そのものに「安全に閉じる方法」の記述が足りないとして、規格団体に改訂を勧告しました。
この記事の要点
- 入槽の危険は酸欠・可燃性ガス・残留物・閉じ込めの4つ
- 窒素で不活性化すると、そこは酸欠空間になる。安全化と危険化は表裏
- 測定は上・中・下の3点。重いガスは底に、軽いガスは天井に溜まる
- 洗浄後に乾かすと危険になる残渣がある(三菱マテリアル・デンカ)
- 手順書で最も薄いのは「閉じる」の部分。員数照合を入れる
1. なぜ「入る」ことが危険なのか
タンク、反応器、塔、ピット、ダクト。これらに共通するのは3つの条件です。
- 出入りしにくい――マンホール1つだけ、はしごで昇降する
- 換気が悪い――空気が入れ替わらない
- 常時人がいる場所ではない――普段は誰も中の状態を見ていない
この3つが揃うと、異常が起きたときに逃げられません。倒れても、外から見えません。そして助けに入った人が二次災害に遭います。
酸欠災害では、救助に入った人が犠牲になる割合が高いことが知られています。倒れた同僚を見れば、人は反射的に入ります。「助けに行かない」を訓練で身につけさせるのは難しい。だから、外から引き上げられる備え(安全帯・救助器具・呼吸具)を先に用意します。
2. 入る前の4段階
順序に意味があります。飛ばせません。
| 段階 | やること | 確認すること |
| ① 隔離 | 接続配管を遮断し、電源・駆動源を止める | 盲板の位置と枚数、施錠、撹拌機の電源 |
| ② 排出 | 中身を抜き、洗浄する | ドレンから出なくなったこと、洗浄液の性状 |
| ③ 置換 | 不活性ガスで置換し、そのあと空気で置換する | 可燃性ガス濃度が下がったこと、酸素が戻ったこと |
| ④ 測定 | 酸素・可燃性ガス・有害ガスを測る | 上・中・下の3点。入る直前に測る |
①の隔離は、前の記事で扱った内容そのものです。弁を閉めただけでは足りません。
3. 窒素の罠 ― 安全化と危険化は表裏
③の置換に、化学プラント特有の難しさがあります。
可燃性ガスが残っていると爆発の危険があるので、窒素で置換します。これは正しい。しかし――
窒素で満たされた容器は、爆発しません。そして、人は数十秒で意識を失います。
窒素は無色無臭で、苦しさもありません。息が苦しいという警告が出ないまま倒れます。
だから、不活性化のあとに空気置換が要ります。爆発を防ぐための処置が、そのままだと酸欠空間を作るからです。
日本では、酸素欠乏症等防止規則で酸素濃度18%未満を「酸素欠乏」と定めており、作業場所の酸素濃度を18%以上に保つことが求められています。硫化水素が発生し得る場所(第二種)では、硫化水素濃度の管理も加わります。
ここで見落とされるのが「作業中に窒素が来る経路」です。隣の系統の窒素シール、計装用の窒素、パージ配管。入る前に測って安全でも、作業中に流れ込めば同じことです。窒素ラインの隔離は、プロセスラインと同じ厳しさで扱ってください。
4. 測る場所と、測り続けること
測定で間違えやすいのが、マンホールの前で測って終わりにすることです。
| 測る場所 | そこに溜まるもの |
| 上部 | 水素、メタン、アンモニアなど空気より軽いガス |
| 中央 | 全体の代表値 |
| 底部 | 多くの溶剤蒸気、二酸化炭素、硫化水素など空気より重いガス。窒素の滞留も |
そして1回測って終わりにしない。作業中に状態は変わります。
- 残渣をかき出すと、下に溜まっていたガスが出てくる
- 洗浄液が蒸発して、可燃性蒸気の濃度が上がる
- 隔離が甘い箇所から、じわじわ入ってくる
だから、作業者が個人用の検知器を携行し、連続監視するのが基本です。入槽前の1回の測定値は、入槽前の1回分の情報しかありません。
5. 残留物という、第二の敵
ここからが、化学プラントの入槽作業で最も難しいところです。
ガス濃度が基準内でも、壁に付いている固形物が危険な場合があります。そして、その危険性は洗浄のしかたで変わります。
乾かすと危険になる残渣がある
2つの事故が、同じことを示しています。
| 三菱マテリアル四日市(2014) | デンカ青海(2023) | |
| 残渣 | クロロシランポリマー類の 加水分解生成物 | CP-NOxダイマー |
| 安全にする処理 | 加湿窒素ブローで加水分解 | 水洗で湿潤にする |
| そのあと | 3日間のドライ窒素ブロー | ドライ窒素で水切り |
| 結果 | 打撃感度が7級→2級へ | 落つい感度が8級→5級へ |
| 着火源 | フランジ面の打撃 | 電動のこぎりの刃先の熱 |
どちらも、「湿らせれば安全」は正しく、「一度湿らせれば湿ったまま」は正しくなかったという構図です。
入槽作業の準備で「乾かす」工程を入れるとき、それが危険側に働かないかを確認する必要があります。液だれ防止や作業性のために乾かすのは自然な発想だからこそ、危険です。
洗浄が届かない場所がある
三菱マテリアルでは、先に開けた下部の蓋で爆発が起きませんでした。理由はそこまで加湿窒素が届いておらず、加水分解されていなかったから。
逆に言えば、同じ容器の中でも、処理の効き方にムラがあるということです。「洗浄した」は、容器全体について言えているでしょうか。
6. 監視人は、何をする人か
監視人(見張り)を立てることは、どの手順書にも書いてあります。しかし役割が曖昧になりがちです。
- 中の人を見続ける――他の仕事を兼務させない
- 出入りを記録する――いま何人入っているかを、常に言える状態にする
- 異常時に外から通報し、救助を呼ぶ
- 自分は入らない――これが最も守られにくい
4番目を実行可能にするには、外から引き上げられる仕組みが要ります。安全帯とロープを付けておく、三脚とウインチを設置しておく。「入らずに助けられる」状態を作って初めて、「入らない」が守れます。
7. そして、閉じる
ここが、この記事の中心です。
ダウ・ケミカルの事故で、CSBは寄与要因をこう記しました。「容器閉止の手順および慣行が不十分であり、容器が十分に清掃され作業灯が撤去されたことを確認しないまま、再起動することを許した」。
そして勧告は、ダウ社だけでなく規格団体へ向けられました。NFPA 350、NFPA 326、ANSI/ASSP Z117.1――いずれも、閉所作業を行った容器が「清掃され起動準備が整った状態で残される」ことを確実にする指針を設けよという内容です。
閉じる前に確認すること
- 人がいないこと――出入り記録と、鍵の数で確認する
- 持ち込んだものの員数照合――工具、照明、ウエス、養生材、部品
- 内部の目視――照明を当てて、底部・デッドスペースまで見る
- 記録を残す――誰が、いつ、何を見て確認したか
- 盲板の撤去――リストと突き合わせる
員数照合は、手術室では当たり前に行われていることです。使ったガーゼの枚数を数える。プラントの容器も、原理は同じです。
8. 自分の職場で確かめる8つのこと
- 不活性化のあと、空気置換の工程が手順に入っていますか。
- 窒素ラインは隔離されていますか。プロセスラインと同じ扱いになっていますか
- 測定は上・中・下の3点でやっていますか。マンホール前だけになっていませんか
- 作業中も連続監視していますか。個人用検知器を携行していますか
- その容器の残渣は、何ですか。乾かすと危険になりませんか
- 洗浄は、容器の隅々まで届いていますか。効き方にムラはありませんか
- 監視人は他の仕事を兼務していませんか。入らずに助けられる備えがありますか
- 閉じる前の確認が、手順書に項目として書かれていますか。員数照合はありますか
8番目は、いますぐ手順書を開けば分かります。「異物のないことを確認する」の一行で終わっていないでしょうか。
まとめ
- 入槽の危険は酸欠・可燃性ガス・残留物・閉じ込め。救助者の二次災害が多い
- 爆発を防ぐ窒素置換は、そのままだと酸欠空間を作る。空気置換まで含めて手順にする
- 測定は上・中・下、そして連続監視。1回の測定は1回分の情報でしかない
- 洗浄後に乾かすと危険になる残渣がある。三菱マテリアルとデンカが同じ形で示した
- 手順書で最も薄いのは「閉じる」。CSBは規格そのものの改訂を勧告した
入槽作業は、入るときと同じ厳しさで閉じているかで質が決まります。事故は、蓋を閉めたあとに起きることがあります。
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参考文献
- 酸素欠乏症等防止規則(e-Gov法令検索)/労働安全衛生法
- CSB『Investigation Report: Explosions and Ethylene Oxide Release at Dow Louisiana Operations』(PDF) ※閉所作業後の容器閉止に関する規格改訂勧告
- 三菱マテリアル「高純度多結晶シリコン製造施設 爆発火災事故調査報告」(PDF)/デンカ青海工場 事故調査 最終報告書(PDF) ※残渣の乾燥による危険性増加
- Center for Chemical Process Safety / AIChE 著、化学工学会 SCE・Net 安全研究会 訳『若い技術者のためのプロセス安全入門』丸善出版、2018年
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