動画解説はこちら|YouTube

混触危険|SDSを1枚ずつ読んでも見えない、組み合わせのリスク

※本記事の参考文献には、Amazonアソシエイトのリンク(アフィリエイト広告)を含みます。

SDSを1枚ずつ読んでも、見えないリスクがあります。

単独では安定な物質が、組み合わせで事故を起こす。これが混触危険です。

そして混触は、反応器の中よりも倉庫・廃液ピット・配管の誤接続で起きます。プロセス設計の外側にある問題です。

この記事の要点

  • 混触危険は物質単独のSDSでは見えない。組み合わせの表が要る
  • 最も多いのは酸化剤 × 可燃物。硝酸アンモニウムが代表格
  • 混ざる場所は保管・廃液・配管の誤接続・洗浄残り・逆流
  • 「混ぜない」を人の注意に頼らない。物理的に混ざらない設計にする
  • 混合危険マトリクスでは、「不明」を空欄にしない

1. 何が起きるのか

混触で起きることは、大きく4つに分かれます。

起きること
発熱酸とアルカリの中和。局所的に沸騰し、噴き上げる
発火・爆発酸化剤と可燃物。過酸化物と還元剤
有毒ガスの発生酸とシアン化物(HCN)、酸と硫化物(H₂S)、次亜塩素酸塩と酸(Cl₂)
可燃性ガスの発生酸と金属(H₂)、水と金属水素化物

「発熱」を軽く見ないでください。単なる温度上昇でも、それが引き金になって別の分解反応が始まることがあります。混触で温まった液が、そこにあった過酸化物を分解させる。連鎖の起点になります。

2. 覚えておくべき組み合わせ

すべてを暗記する必要はありませんが、「この組み合わせを見たら止まる」という感覚は持っておく価値があります。

組み合わせ起きること
酸化剤 × 可燃物・有機物
(硝酸塩、過酸化物、塩素酸塩、硝酸)
発火・爆発。最も事故が多い型
次亜塩素酸塩 × 酸塩素ガスが発生する
次亜塩素酸塩 × アンモニア類クロラミン等の有毒ガス
酸 × シアン化物シアン化水素が発生する
酸 × 硫化物硫化水素が発生する
酸 × 金属水素が発生。密閉空間なら爆発範囲に入る
水 × 禁水性物質
(アルカリ金属、金属水素化物、酸ハロゲン化物、イソシアネート類)
激しい発熱、可燃性ガス、有毒ガス
酸 × アルカリ中和熱。濃厚液では突沸する
過酸化物 × 還元剤・金属分解が加速する

1行目の酸化剤 × 可燃物が、事故件数でも被害規模でも突出しています。次章で、その代表例を2つ見ます。

3. 硝酸アンモニウムという物質

肥料として世界中で大量に使われている、ありふれた物質です。それ自体は可燃物ではなく、火をつけても燃えません。

しかし強力な酸化剤であり、条件が揃うと爆轟します。

  • 有機物や燃料油と混ざると、爆発性が大きく高まる
  • 塩素化合物などの不純物が混ざると、分解温度が下がる
  • 密閉されて加熱されると、分解が加速する
  • 大量に堆積していると、中心部に熱がこもる

AZF トゥールーズ(2001)

フランス・トゥールーズの肥料工場で、硝酸アンモニウムの倉庫が爆発しました。死者31名。市街地に近い立地だったため、周辺にも甚大な被害が出ています。

原因については、塩素系の物質が誤って持ち込まれ、硝酸アンモニウムと接触したという説が有力とされていますが、確定した単一の説明には至っていない部分もあります。

この事故は、規制の面で「危険施設と市街地の距離」という論点を強く押し出しました。セベソ指令の改正にもつながっています。

天津港(2015)

中国・天津港の危険物倉庫で、連鎖爆発が起きました。死者173名。近年最大級の産業事故です。

経緯としては、ニトロセルロースの発火が、保管されていた硝酸アンモニウムへ延焼したとされています。

ここで問われたのは、化学ではなく保管の管理でした。混在保管の適否、保管量、そして周辺の都市計画。

この2件に共通するのは、「反応器の中で起きた事故ではない」ことです。プロセス設計がどれだけ優れていても、倉庫で混ざれば同じことです。混触危険は、製造部門だけの問題ではありません。

4. どこで混ざるのか

実務で混触が起きる場所は、だいたい決まっています。

場所起き方
保管場所隣り合わせに置く。棚の上下に置く。漏れた液が床で合流する
廃液・排水別々の工程の廃液が、同じピットで合流する
配管の誤接続ホースのつなぎ間違い、共用ラインの切替ミス
洗浄の残り前の物質が残った容器・配管に、次の物質を入れる
逆流下流の液が、圧力バランスの変化で上流へ戻る
誤投入似た容器、似た名前、似た外観
消火時禁水性物質に水をかける

とくに廃液は見落とされがちです。製品を作る系統は厳密に管理されているのに、廃液の系統は「捨てるもの」として扱いが緩くなることがあります。

最下段の消火時も重要です。禁水性物質のある場所では、水をかけることが被害を拡大させます。だから消防と事前に情報を共有しておく必要があります。

5. 混合危険マトリクスを作る

混触危険を体系的に潰す方法が、混合危険マトリクスです。

作り方

  • その事業所で扱う物質を、行と列に並べる
  • 交点に、混ざったときに起きることを書く
  • 原料・製品だけでなく、用役・薬品・廃液も入れる

3番目が肝心です。忘れられやすいのは、次のようなものです。

  • (洗浄水、蒸気、冷却水、雨水、消火水)
  • 空気・酸素
  • 洗浄剤、消泡剤、防錆剤、清掃用の薬品
  • 熱媒、潤滑油、シール液
  • 錆(鉄イオン)や堆積物――東ソー南陽では、鉄錆が反応の触媒でした

そして最も重要なルール ―― 「不明」を空欄にしないこと。

空欄は、あとから見た人に「問題なし」と読まれます。調べていないなら「未評価」と書く。そのマスが、次にやるべき試験のリストになります。

6. 「混ぜない」を人に頼らない

混触対策の要点は、これに尽きます。注意して混ぜないようにする、では防げません。

対策中身
物理的に離す保管を別の部屋・別の建屋にする。同じ部屋で「離して置く」は弱い
床で合流させない保管区画ごとに堤や傾斜で液を分ける
つながらない構造にするホースのカップリング形状・口径を物質ごとに変える
共用ラインをなくすやむを得ず共用するなら、盲板やスプールで物理的に切る
逆流を止める逆止弁だけに頼らず、エアギャップや盲板を使う
廃液を分別する系統を分ける。合流点の前で中和・処理する
見た目で区別する容器の色・形・ラベル。似た名前を並べない

「カップリングの形を変える」は、本質安全設計の good example です。間違えようとしても物理的につながらない。人の注意力を当てにしない対策は、疲れているときにも効きます。

7. 情報が届かなければ、意味がない

マトリクスを作っても、それが現場で使われなければ効果はありません。

  • 保管場所に掲示する――「ここには何を置いてはいけないか」を現物の横に
  • 協力会社に伝える――清掃業者、廃棄物業者、工事業者
  • 消防に伝える――禁水性物質の場所と、その理由
  • 新規物質を導入するとき、マトリクスを更新する

最後の項目は、変更管理の対象です。新しい薬品を1つ入れるだけで、マトリクスには行と列が1本ずつ増えます。

8. 自分の職場で確かめる7つのこと

  • 混合危険マトリクスは、ありますか。そこに水と空気は入っていますか
  • 「未評価」のマスは、いくつありますか。空欄で済ませていませんか
  • 倉庫で、隣り合ってはいけないものが隣にありませんか。
  • 漏れたとき、床で液が合流しませんか。区画は分かれていますか
  • 廃液は、どこで合流していますか。その組み合わせを評価しましたか
  • ホースを間違ってつなげる組み合わせはありませんか。
  • 禁水性物質の場所を、消防は知っていますか。

5番目は、盲点になりやすい問いです。製造工程は縦割りで管理されていても、廃液は横につながっています。

まとめ

  • 混触危険は物質単独のSDSでは見えない。組み合わせの表が要る
  • 最も事故が多いのは酸化剤 × 可燃物。硝酸アンモニウムが代表格
  • AZFも天津港も、反応器ではなく倉庫で起きた
  • 混ざる場所は保管・廃液・誤接続・洗浄残り・逆流・消火
  • 対策は物理的に混ざらない構造。注意力に頼らない

混触危険を考えることは、「自分の工場にあるものを、全部知っているか」を問うことでもあります。原料と製品だけでなく、洗浄剤も、廃液も、錆も。

関連記事

参考文献

  • 安全工学会 監修、新井充・佐藤吉信・高木伸夫・野口和彦・若倉正英 編『実践・安全工学シリーズ1「物質安全の基礎」』化学工業日報社、2012年、混合危険
     Amazonで見る
  • 安全工学会 監修『実践・安全工学シリーズ2「プロセス安全の基礎」』化学工業日報社、2012年、第1章「欧米における重大事故と行政の対応」
     Amazonで見る
  • 危険物の規制に関する規則(e-Gov法令検索) ※類別ごとの貯蔵・取扱いの基準

※AZF事故の原因については複数の見解があり、本記事では有力とされる説を示すにとどめています。また本記事に挙げた組み合わせは代表例であり、網羅的なものではありません。実際の評価は、取り扱う物質のSDSと信頼できる混合危険データ、必要に応じて試験によって行ってください。