※本記事の参考文献には、Amazonアソシエイトのリンク(アフィリエイト広告)を含みます。
2011年11月13日、日曜日の午前3時39分。東ソー南陽事業所の第二塩化ビニルモノマー製造施設で、1個の弁が故障しました。
爆発が起きたのは、その約12時間後。午後3時24分です。係長1名が亡くなりました。火災はほぼ丸一日続いています。
この事故には、他の事故と決定的に違う点があります。
異常には、気づいていました。部長も課長も係長も、DCSのトレンドを見て「塔頂温度がおかしい」と分かっていた。それでも、何もしませんでした。
この記事の要点
- 発端は緊急放出弁1個の故障。それが12時間後の爆発につながった
- 緊急ロードダウン中、1つの温度計だけを見て「安定した」と判断した
- 塔頂温度は−24℃から38℃まで上昇し、出てくるガスの組成が変わっていた
- 異常には気づいた。しかしその反応を知らなかったため、危険と判断できなかった
- 封じ込めた槽の中で、約6時間かけて発熱反応が進み、破裂した
本記事は、東ソーが公開している事故調査対策委員会報告書(2012年6月)に基づいて整理しています。社外の学術・専門家5名を含む委員会が、約6か月・計9回の審議を経てまとめたものです。
1. 12時間の経過
まず、何が起きたかを時系列で追います。この12時間の長さが、この事故の性格を表しています。
| 時刻 | できごと |
| 3:39 | オキシ反応工程A系の緊急放出弁が故障で全開になり、系内圧力の低下を確認 |
| 3:52 | オキシA系がインターロック停止 |
| 3:53–3:54 | 分解炉A系・B系が緊急停止。以降、塩酸塔の塔内温度が不安定に |
| 5:57 | オキシB系の酸素濃度が上昇し、プラント全停止 |
| 11:39 | 塩酸塔還流槽から液塩酸一時受タンクへの移液を開始 |
| 15:15頃 | 液塩酸一時受タンクから異音と白煙。班長が一斉避難を指示 |
| 15:22頃 | HCl漏洩(ガス検知器作動) |
| 15:24頃 | 塩酸塔還流槽付近で爆発2回、火災発生 |
亡くなったのは、この間ずっと現場で対応にあたっていた塩ビモノマー課の係長でした。
12時間という時間の意味を考えてください。これは「一瞬の判断ミス」の事故ではありません。止められる時間が、たっぷりあったのに止まらなかった事故です。
2. 4つの段階に分けて読む
報告書は、この事故を4つのフェーズに分けています。この分け方自体が、実務で使える視点です。
Phase 1[発端事象]弁が壊れた
オキシ反応工程A系の緊急放出弁が、故障で「開」になりました。原因はポジショナ内部のトルクモータコイルの、温度変化による接触不良です。
ここで報告書が指摘していることが重要です。
「当該弁の故障によりオキシ反応工程が緊急停止に至る最重要トラブルに発展することは想定されていなかった」
想定していなかったので、対処方法はマニュアルになく、危険予知も異常対応の教育・訓練もされていませんでした。
Phase 2[進展事象]1つの温度計を見ていた
ここが、技術者として最も学ぶべき場面です。
系列が止まったことで、プラントは100%から45%への緊急ロードダウンを強いられます。このとき、塩酸塔(HClを蒸留精製する塔)の温度制御がうまくいきませんでした。
報告書の記述を追います。
- ロードダウン操作が、通常運転時の管理点の1つである「18段温度」だけに注視したものになっていた
- 18段温度が低下したので対応操作を行い、80℃に回復したことで「塩酸塔は安定した」と判断し、他の設備の操作へ移った
- その結果、塩酸塔加熱器の蒸気量をロードダウンに見合う量に絞らず、蒸気過剰のまま運転を継続した
見ていた1点は、正常に戻りました。しかし、見ていなかった場所が動いていました。
塔頂温度:通常 −24℃ → 38℃まで上昇
その結果、塔頂から出てくるガスの組成が変わりました。通常はHClだけのところが、HCl 40wt%・VCM 60wt% 程度に。
60℃以上の温度変化です。そして報告書は、その背景をこう記しています。
- 緊急措置マニュアルには「塩酸塔還流、スチーム量の調整」とだけ記載され、具体的な数値の目安が明記されていなかった
- 塔頂温度が緊急停止に直結する最重要管理項目であるという認識が薄かった
- そのため、重要計器が発する異常を確実に認知させる設備になっていなかった
「管理点が1つだと、そこだけが正常になる」――これは自分の現場でも起こります。監視しているパラメータを戻す操作は、他のパラメータを動かします。異常時にどの点を見るかは、平常時の管理点とは別に決めておく必要があります。
Phase 3[確定事象]気づいた。そして、何もしなかった
塔頂からVCMが混入したHClが供給されたことで、プラントは全工程緊急停止に至ります。
そのあと、報告書が記録している場面がこれです。
「部長、課長、係長が、DCS上のトレンドデータにて塩酸塔の塔頂温度異常に気付き、塩酸塔還流槽へのVCM混入の可能性を想定した」
3人が、異常に気づいていました。そして、VCMが混ざっている可能性まで想定していた。
しかし、続きはこうです。
「1,1-EDC生成の異常反応に関する知識がなかったため、特別な作業は必要ないと考え、そのまま塩酸塔停止基準に基づく停止操作を指示した」
これが、この事故の核心です。
異常の検知には成功していました。失敗したのは解釈です。「HClとVCMが混ざった液を密閉すると発熱反応が起きる」――この知識がなければ、目の前の数字は「ただの異常値」で終わります。
計器は、危険を教えてくれません。教えてくれるのは数値だけです。それを危険と読むのは、人の知識です。
そして通常の停止基準どおりに操作した結果、塩酸塔還流槽はHClとVCMの混合液が液面100%付近のまま、縁切りされ封止状態になりました。通常の管理液面を超えた混合液が、内壁の気相部に残っていた塩化鉄(FeCl₃)と接触します。
Phase 4[終末事象]6時間の発熱
密閉された槽の中で、次の反応が進みました。
HCl + VCM → 1,1-EDC + 62 kJ/mol(発熱反応・推算値)
鉄錆(塩化鉄)が触媒として働きます。発熱反応なので温度が上がり、温度が上がると反応速度は指数関数的に大きくなる。
報告書によれば、約6時間経過後に槽内の圧力が急上昇し、塩酸塔還流槽を激しく破裂させました。漏洩したVCMと1,1-EDCが何らかの着火源で着火し、爆発に至っています。
この「静かに進んで、最後に急激に立ち上がる」挙動が、暴走反応の本質です。
3. 報告書が挙げた背景の課題
委員会は直接原因にとどまらず、背景となった課題を6つ挙げています。とくに実務者に刺さるのは、次の2つです。
Know-Why が伝わっていない
報告書はこう提言しています。
「プラントの設計思想や運転条件設定の背景にある根拠、所謂 Know-Why を納得感をもって定着させるための教育や、非定常状態時での対応に関する教育プログラム、さらに教育後の各人の理解度の確認方法を見直すべきである」
「なぜ塔頂温度を−24℃に保つのか」を知っていれば、38℃という数字の意味は変わります。Know-Howは「どう操作するか」、Know-Whyは「なぜその値なのか」。事故を止めるのは、後者です。
人が入れ替わり、知識が薄くなっていた
もうひとつ、報告書が率直に書いている点です。
「近年、南陽事業所では、世代交代や新プラント建設に伴う熟練運転員、スタッフの他部門への転出によって、製造現場での知識・経験が低下傾向となっている」
新しいプラントを建てれば、経験者はそちらへ移ります。既存プラントの知識は、静かに薄くなる。これは成長している会社ほど起きやすい構図です。
4. 自分の工場で確かめる6つのこと
- 緊急ロードダウン時に見るべき管理点は、決まっていますか。通常運転の管理点と同じになっていませんか
- 「安定した」と判断する基準は、数値で書かれていますか。マニュアルが「調整する」で終わっていませんか
- この塔の塔頂温度は、なぜその値なのですか。運転員がその理由を説明できますか
- 組成が変わった液を、そのまま槽に封じ込めていませんか。停止基準は「中身が普段どおり」を前提にしていませんか
- 装置内の錆や堆積物が、触媒になる反応はありませんか。それを評価したことがありますか
- 「この弁が壊れたらどうなるか」を、計装品ごとに考えたことがありますか。
4番目が、この事故で決定的でした。停止手順は、中身が想定どおりであることを前提にしています。組成が変わっているとき、その手順は安全ではありません。
まとめ
- 2011年11月13日、東ソー南陽事業所の第二VCM製造施設で爆発火災。死者1名、火災はほぼ丸一日
- 発端は緊急放出弁1個の故障。そこから爆発まで約12時間あった
- 緊急ロードダウン中、1つの温度計だけを見て「安定した」と判断し、塔頂は−24℃から38℃へ
- 異常には気づいていた。しかし1,1-EDC生成反応の知識がなく、危険と解釈できなかった
- 封止された槽内で約6時間かけて発熱反応が進み、破裂・爆発した
この事故が突きつけるのは、「異常に気づく力」と「異常を危険と読む力」は別物だということです。計器はいくらでも増やせます。読める人は、増やせません。
関連記事
Know-Whyが伝わらないと何が起きるか、プロセス知識管理の観点で整理しました。
参考文献
- 東ソー株式会社 南陽事業所 第二塩化ビニルモノマー製造施設 爆発火災事故調査対策委員会 報告書(2012年6月、PDF) ※本記事の事実関係、フェーズ区分、背景の課題の記述はすべて本報告書によります
- 安全工学会 監修『実践・安全工学シリーズ1「物質安全の基礎」』化学工業日報社、2012年、第1章「反応危険性」
Amazonで見る - 安全工学会 監修『実践・安全工学シリーズ3「安全マネジメントの基礎」』化学工業日報社、2013年
Amazonで見る
化学プラント大全 
