化学工場において、静電気は目に見えない恐ろしい着火源です。実は、産業火災の約15%が静電気に起因しており、特に液体や粉体を扱う工程における火災の主要因となっています。
この記事では、労働安全衛生総合研究所の「静電気安全指針」を参考に、静電気災害のメカニズムから、現場で直ちに役立つ実践的な対策、そして組織としての安全管理までを体系的に解説します。
最後までお読みいただければ、なんとなく怖い静電気を、論理的にコントロールできるリスクとして捉え直すことができるはずです。
1. マインドセットの転換:能動的なリスク低減へ

具体的な対策に入る前に、最も重要な現状認識をお伝えします。可燃性物質を扱う限り、工場に絶対安全はありません。
これまでは「ルールを守れば安全」という受動的な姿勢だったかもしれません。しかしこれからは、自ら危険を洗い出し、コントロールする「能動的なリスク低減」へのシフトが必要です。静電気対策はこのマインドセットから始まります。
2. 静電気火災が起こる「4つの連鎖」

静電気による火災は、以下の4つのステップが連鎖することで発生します。
- 電荷の発生:摩擦や接触・分離などにより電荷が分かれる
- 電荷の蓄積:発生した電荷が逃げ場を失い溜まる
- 静電気放電:限界を超えて電気が空間を走る(火花が出る)
- 着火:その放電エネルギーで可燃性物質に火がつく
大原則として、この連鎖のどれか1つでも断ち切れば、災害は防げます。対策を考える際は、常にこの連鎖のどこを止めるかを意識してください。
発生と蓄積のメカニズム

工場で液体を配管に流したり、粉体を混ぜたりする際、物質の接触と分離による電荷の「発生」自体は防ぐことができません。問題は「蓄積」です。
金属などの導体であれば、電荷はすぐに大地へ逃げていきます。しかし、樹脂などの不導体(絶縁物)は長期間にわたって電荷が滞留します。ここで鍵となるのが「緩和時間」です。電荷が発生するスピードよりも、漏洩して逃げていくスピードが上回れば、電気は溜まりません。
危険な放電と着火エネルギー

電気が溜まり第3段階の「放電」が起きる際、最も危険なのは以下の2つです。
・金属間で起こる「火花放電」
・薄い絶縁層で起こる「沿面放電」
これらは放出エネルギーが大きく極めて危険です。他にも、粉体サイロ内で起きる「コーン放電」や、不導体と導体間の「ブラシ放電」などがあります。

そして第4段階の「着火」です。
可燃性ガスや蒸気の最小着火エネルギー(MIE)は、0.1から0.2ミリジュールと非常に小さいのが特徴です。放電エネルギーがこれを超えた瞬間に爆発が起きます。人間がパチッと気づかないレベルのごくわずかな静電気でも、容易に着火してしまう恐ろしさを忘れないでください。
3. 静電気対策の基本となる「4つの柱」

ここからは具体的な対策です。静電気対策には大きく分けて4つの柱があります。
その1:接地(アース)とボンディング

最も確実で重要な対策です。
・接地(アース):導体を大地につなぐこと
・ボンディング:導体同士をつなぎ、電位差をなくして火花放電を防ぐこと
現場でよくある落とし穴は、配管の塗装やサビによる絶縁です。クリップをただ挟むだけでなく、金属の地肌にしっかりと噛み込んでいるかを確認することが命綱となります。
その2:作業者の管理

人体は導体であり、簡単に電気が溜まります。
対策として、帯電防止服の着用や、靴底から電気を逃がす静電気帯電防止靴の着用が必須です。また、靴から電気を逃がすために、床は導電性床でなければなりません。床を絶縁塗料で塗ってしまうと全くの無意味になります。定位置での作業では、手首に巻くリストラップも有効です。
その3:不導体の管理

プラスチックなどの不導体は、アースを取っても電気が抜けません。
そのため、危険場所ではプラスチックの使用を極力控えるのが原則です。どうしても必要な場合は、導電性を帯びた材料を使用します。また、空気中の水分で表面抵抗を下げる「加湿」も有効で、相対湿度50から60%以上が目安とされています。局所的には除電器(イオナイザー)も使用されます。
その4:雰囲気の管理
万が一静電気が発生・放電しても、着火させない環境を作る最終防壁です。
代表的なものが窒素パージです。タンク内などの空気を窒素に置き換え、火花が飛んでも燃えない環境を作ります。物質ごとの限界酸素濃度(LOC)を下回るようにしますが、これは感覚で行うのではなく、酸素濃度計による常時監視が必須です。
4. 工程別の実践的対策
液体工程(流動と充填)

配管に液体を流す際、激しい帯電が起きます。これを防ぐため、パイプ出口が液に浸かるまでは、流速を秒速1m以下に制限します。
また、上からバシャバシャと注ぐ方法は、飛沫による帯電を招くため厳禁です。必ずディップパイプを使用し、液面下から静かに注入するようにしてください。

忘れがちなのが「静置時間」の確保です。タンクへ移送した直後の液体内部には電荷がたっぷり溜まっています。この状態で金属製のサンプリング器具やメジャーを入れると火花が飛び、大事故につながります。注入停止後は、帯電した電荷が安全に緩和して逃げていくまで十分に待たなければなりません。電気を通しにくい液体ほど、長い静置時間が必要です。
粉体工程

可燃性液体の入った釜への粉体投入は、激しい帯電を伴うため最大級の危険作業です。
投入先の容器やホッパー、ドラム間をボンディング線で完全に接続し、投入速度を制限します。作業者自身も確実に接地されているかの確認が不可欠です。

粉体輸送に使われるフレコンバッグの選定も重要です。可燃性雰囲気において、何の対策もない「タイプA」の使用は厳禁です。一般的な対策品は導電性繊維が入った「タイプC」ですが、これは確実に接地(アース)することが絶対条件です。アースを取り忘れると巨大なコンデンサとなり、かえって大惨事を引き起こすため、現場での取り扱いには細心の注意が必要です。
設備面の注意点:浮遊導体の排除

周囲を絶縁物に囲まれ、アースから孤立した金属部品を「浮遊導体」と呼びます。ここに電気が誘導されると、強力な火花放電の源となります。
例えば、樹脂ライニング配管の金属フランジや、樹脂タンクの金属バルブなどが該当します。これらが確実にボンディングされ、接地されているかを必ず確認してください。
5. 組織で取り組む安全管理

安全を確保するためには、組織的なリスクアセスメントの実践が不可欠です。
- 図面やプロセスから、どこで電荷が分離・蓄積するか(危険源)を特定する。
- 想定される放電エネルギーと最小着火エネルギー(MIE)を比較してリスクを見積もる。
- 接地や不活性化といった対策を実行する。
この予測的な管理サイクルを回すことが重要です。

また、対策が機能しているかは「目視点検」だけでは不十分です。見えない脅威を可視化するため、床や配管の漏洩抵抗値、粉体の帯電量、湿度などを専用の計測器で定期的に確認しましょう。設備はサビや汚れで絶縁化が進みます。定量的なデータに基づく保守管理こそが、安全の土台を支えます。
まとめ:静電気災害ゼロに向けた4原則

最後に、静電気災害を防ぐための4つの大原則をまとめます。
- 接地・ボンディング:すべての導体をアースにつなぐ
- 不導体の排除:絶縁物の使用を制限し、電荷の蓄積を防ぐ
- 雰囲気の管理:危険な場合は不活性化で酸素を断つ
- 人の管理:作業者の装備と行動をルール化する
静電気の発生自体は自然現象ですが、それが災害につながるのは管理不足の結果です。論理的なアプローチを取り入れ、皆さんの手で工場の安全を守り抜いてください。
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