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2005年3月23日、米国テキサス州のBPテキサスシティ製油所で蒸気雲爆発が起き、15名が亡くなり、約180名が負傷しました。
この事故が特異なのは、直前まで「安全な工場」と評価されていたことです。労働災害(けが)の発生率は業界平均を下回っていました。経営層は、その数字を見て安全だと考えていました。
この誤解が、世界のプロセス安全の考え方を変えます。「労働安全の指標では、プロセス安全は測れない」という認識が、ここから制度になっていきました。
この記事の要点
- スタートアップ中、塔に液を入れすぎた。しかし液面計は「低い」と表示し続けていた
- あふれた液は安全弁から大気開放のブローダウンスタックへ。フレアがなかった
- 死亡した15名は全員、装置のすぐそばに置かれた仮設トレーラーにいた
- 根本原因は操作ミスではなく、安全を「けがの件数」で測っていたこと
- この事故からプロセス安全指標(API RP 754)と建屋配置の考え方が生まれた
1. 何が起きたのか
舞台はスタートアップ中の異性化装置
事故が起きたのは、ガソリンの成分を作る異性化(ISOM)装置の中の、ラフィネートスプリッターという蒸留塔です。定期修理を終え、立ち上げの最中でした。
まずここが重要です。この事故は、定常運転中に起きたのではありません。非定常運転――スタートアップの最中に起きています。
液面計は「低い」と言い続けた
手順どおりなら、塔の液面は決められた高さで止めます。ところが実際には、液を入れ続けました。
なぜ気づかなかったのか。液面計が測れる範囲が、塔底のごく一部だけだったからです。液面がその範囲を超えて上がっても、計器は範囲の上限を示すだけで、それ以上は分かりません。
計器が「振り切れている」のか「正常範囲にある」のかを、運転員が判別できる表示になっていませんでした。さらに、独立して警報を出すはずの高液面警報も作動していません。塔は実際には液で満たされていましたが、制御室から見える情報は「まだ余裕がある」でした。
加えて、塔底を加熱していました。液で満たされた塔を加熱すれば、行き場のない液は上へ押し上げられます。
安全弁の先が、空だった
圧力が上がり、安全弁が作動しました。安全弁は設計どおり動いています。問題はその先です。
放出先はブローダウンドラムと、そこにつながる大気開放のスタックでした。フレアではありません。ドラムの容量を超えた炭化水素は、スタックの頂部から噴き上がり、地上に落ちて可燃性の蒸気雲を作りました。
着火源は、近くでアイドリングしていたディーゼル車のエンジンだったとされています。
放出先に除害・回収の設備がなかったという点では、セベソ事故(1976年)と重なります。安全弁は「圧力を逃がす」ためのもので、「安全にする」ためのものではありません。逃がした先をどう設計するかが、安全弁本体と同じだけ重要です。
なぜ15名が亡くなったのか
亡くなった15名は、全員が装置のすぐそばに置かれた仮設トレーラーの中か、その周辺にいた協力会社の従業員でした。爆風でトレーラーが破壊されたためです。
ここが、この事故のもうひとつの核心です。トレーラーにいたのは、ISOM装置の立ち上げには関わっていない人たちでした。その作業に必要のない人が、危険源のすぐ隣に集められていたことになります。
爆発の規模を小さくできなかったとしても、そこに人がいなければ、死者は出ませんでした。「人をどこに置くか」は、装置設計と同じ重みを持つ安全対策です。
2. 本当の原因は、現場の外にあった
米国化学安全・有害性調査委員会(CSB)の調査報告書は、この事故を運転員の操作ミスとして片付けませんでした。組織の問題として結論づけています。
指摘された構造的な問題
| 指摘された内容 | 現場に現れた形 |
| コスト削減の圧力が長年続いていた | 老朽化した設備が更新されない。計器が直らない |
| 設備健全性の管理が不十分 | 液面計・警報が機能しないまま運転された |
| 時代遅れの設計が残されていた | 大気開放のブローダウンスタックが使われ続けた |
| プロセス安全の文化が育っていなかった | 異常が起きても「いつものこと」として扱われた |
| 安全をけがの件数で測っていた | プロセス安全の劣化が指標に現れなかった |
事故後、ベイカー・パネルと呼ばれる独立調査委員会が、BPの米国製油所全体のプロセス安全文化を検証しました。2007年に出されたその報告書も、CSBと同じ方向を指しています。個人の安全と、プロセスの安全は別物であると。
「安全な工場」という誤解の作られ方
この事故で最も繰り返し語られるのが、指標の取り違えです。
労働災害の発生率は、下がっていました。転倒、はさまれ、切創。それらは確かに減っていた。経営層はその数字を見て、安全に投資した効果が出ていると考えました。
しかし同じ期間、計器は直らず、時代遅れの設備は残り、スタートアップ手順は守られなくなっていた。この劣化は、けがの件数にはまったく現れません。
両者は測っている対象が違います。それどころか、労働災害の数字が良いことが、プロセス安全への注意をそらすという関係すらありました。
3. この事故が生んだもの
| 生まれたもの | 内容 |
| プロセス安全指標 (API RP 754) | プロセス安全事象を重大度で階層化し、上位ほど実害、下位ほど前兆として管理する。けがの件数とは別に測る |
| 建屋・仮設物の配置 (API RP 752 / 753) | 危険源との距離、爆風への耐性、そもそも人を置く必要があるかを評価する |
| プロセス安全文化の可視化 | 経営層の関与、異常への感度、報告できる風土を、監査対象として扱う |
| ブローダウン方式の見直し | 可燃性物質を大気開放するスタックから、フレアなど閉じた系への移行 |
とくにプロセス安全指標の階層化は、この事故の直接の産物と言えます。「重大事故は滅多に起きないから測れない」という問題に対し、前兆を数えることで測るという答えを出しました。
指標という考え方は、RBPSでは要素⑱「測定と指標」に対応します。
4. 自分の工場で確かめる5つのこと
- 安全報告の中身は何か。けがの件数だけになっていませんか。プロセス安全の前兆(安全弁作動、漏えい、インターロック作動)を別に数えていますか
- 液面計の測定範囲を知っていますか。振り切れているのか正常なのか、運転員が画面で判別できますか
- 安全弁の放出先はどこですか。大気開放になっている系統は残っていませんか
- 定修中、装置の近くに何人いますか。その人たちは、そこにいる必要がありますか
- 直らない計器はありますか。「予算が付かない」で何年放置されていますか
5番目が、この事故の入口でした。設備が壊れる前に、まず「直さない」という判断が積み重なります。
まとめ
- 2005年3月23日、スタートアップ中の蒸留塔が液で満たされ、安全弁から放出された炭化水素が蒸気雲爆発を起こした。死者15名、負傷約180名
- 液面計は測定範囲外を「低い」としか表示できず、高液面警報も作動しなかった
- 放出先が大気開放のスタックだった。安全弁は動いたが、逃がした先が守っていなかった
- 死者は全員、装置のそばに置かれた仮設トレーラーにいた協力会社の従業員だった
- 根本原因は、安全をけがの件数で測っていたこと。プロセス安全の劣化が誰の目にも入らなかった
この事故が突きつけているのは、「うちは無災害だから大丈夫」という言葉の危うさです。測っていないものは、悪くなっても分かりません。
関連記事
1974年から2023年までの重大事故を年表でたどり、それぞれRBPSのどの要素が破綻したかを整理しています。
安全文化の劣化をどう見つけるかは、こちらで扱っています。
参考文献
- U.S. Chemical Safety and Hazard Investigation Board (CSB)『Investigation Report: Refinery Explosion and Fire, BP Texas City』Report No. 2005-04-I-TX、2007年(PDF)/事故調査ページ
- The BP U.S. Refineries Independent Safety Review Panel(ベイカー・パネル)報告書、2007年(PDF)
- Center for Chemical Process Safety / AIChE 著、化学工学会 SCE・Net 安全研究会 訳『若い技術者のためのプロセス安全入門』丸善出版、2018年
Amazonで見る - 安全工学会 監修『実践・安全工学シリーズ3「安全マネジメントの基礎」』化学工業日報社、2013年
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