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2012年 日本触媒 姫路製造所 爆発火災|温度計のないタンクで、何が進んでいたか

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2012年9月29日、土曜日の午後2時35分。日本触媒 姫路製造所のアクリル酸中間タンクが爆発しました。

亡くなったのは、消火活動中の消防吏員です。負傷者36名のうち24名も、消防の方でした。

異常が見つかってから爆発まで、約1時間20分。その間、人が近づいて放水していました。

そしてこの事故には、化学プラントの技術者として最も直視すべき事実があります。重合する物質を貯めるタンクに、温度計が付いていませんでした。

この記事の要点

  • タンクに管理温度が設定されておらず、温度計も設置されていなかった
  • 約65℃のはずの液が、配管の蒸気ジャケットで約100℃まで加熱されて流入していた
  • タンク上部を冷やす「天板リサイクル」の操作が行われなかった
  • その手順は運転マニュアルに反映されず、使う機会がないうちに忘れられていた
  • 死者・重傷者の多くは消火活動中の消防吏員。爆発の可能性が共有されていなかった

本記事は、日本触媒が公開している事故調査委員会 調査報告書(2013年3月)に基づいて整理しています。社外有識者4名・社内3名の委員会が、7回の審議を経てまとめたものです。

1. アクリル酸という物質

この事故は、物質の性質から入らないと理解できません。

アクリル酸は、高吸水性樹脂や塗料などの原料になります。そして重合しやすい物質です。だから通常、重合禁止剤(安定剤)を入れて扱います。

やっかいなのは、温度に対して上にも下にも危険があることです。

温度起きること
低すぎる凍結する。ヘドロ等が析出して、配管や機器が詰まる
適正安定して扱える範囲がある
高すぎる二量体が生成し、さらに重合が進む。どちらも発熱反応

ここが重要です。詰まりを防ごうとして温めると、重合に近づきます。詰まり対策と重合対策は、逆方向を向いています。この綱引きが、事故の背景に一貫して流れています。

発熱反応が自分で加速していく仕組みは、こちらで解説しています。

2. 直接原因は3つだった

報告書が特定した直接原因を、そのまま整理します。

  • ① 高温のボトム液を受け入れ、貯蔵液量を増やしたのに天板リサイクルを実施しなかったため、タンク上部でアクリル酸を高温で長時間滞留させた
  • ② 高温部で二量体生成反応が加速的に進行し、その反応熱で液温が上昇。結果、重合反応が進行してさらに温度が上がった
  • 温度検知および温度監視の不備により、重合反応が進行するまで異常を把握できなかった

順に、なぜそうなったのかを見ていきます。

3. なぜ100℃で入ってきたのか

精製塔のボトム温度は約65℃でした。ところがタンクに入る時点では約100℃。移送中に35℃も上がっています。

理由は、移送配管の蒸気ジャケットです。析出による詰まりを防ぐために加温していました。

設計時:温水がなかったので蒸気を使った

報告書によれば、もともとは重合や析出の防止に温水ジャケットが使われていました。しかし重合防止技術の進歩とともに温水ジャケットの設備は減り、温水供給設備自体も減っていた。

この塔を建設したとき、本体には温水ジャケットが不要になっていた。しかし移送配管には加温が必要だった。温水設備がなかったことなどから、蒸気ジャケットが採用されます。

過熱による重合の懸念は検討されており、減圧弁と温調トラップが設けられました。対策はしていたのです。

その後:詰まるので、外された

ところが運転が始まると、温調トラップはジャケット内のドレン滞留や、ドレン排出部の鉄錆による閉塞をしばしば招きました。

そして報告書は、こう記しています。

「最終的に、温調トラップは取り外され、吹流しになった。その結果、T-5108ボトム液は約100℃まで加熱された状態となった」

温調トラップを外した人は、「温度を上げよう」とは思っていません。

詰まるトラブルを減らそうとしただけです。しかしそれは、温度制御機能を撤去する変更でした。部品ひとつの撤去が、35℃の過熱を生みました。

さらに報告書は、設計段階の課題も挙げています。タンク冷却コイルの冷却能力の確認はされておらず、タンク上部の液が冷えないリスクは未検討でした。当時はデザインレビュー等、設計の妥当性を多面的に評価する仕組みが整っていなかったとされています。

4. なぜ「天板リサイクル」をしなかったのか

このタンクの冷却コイルは、下のほうにあります。だから液量が多いとき、上部は冷えません。

そのために用意されていたのが天板リサイクル――液を抜いてタンクの天板から戻し、上部を混ぜて冷やす操作です。

ルールも決まっていました。「25m³以上の液量で数日間保持する場合は、天板リサイクルを行う」。

事故時の液量は60m³。当然、行うべき場面でした。バルブは閉のままでした。

ルールはあった。どこにあったか

報告書の記述が、実務者には刺さります。

「『V-3138基本管理方法』は恒久的な事柄であるが運転引継システムによる通知までに止まり、運転マニュアル等には反映されていない」

恒久的なルールが、引継連絡だけで運用されていました。歯止めとして、バルブの上に「通常閉、25m³以上でR/C開」という現場表示が貼られていた。

そして、使わないうちに忘れられた

ここからが本質です。管理方法の変更後、25m³以上を貯蔵する機会がほとんどありませんでした。

報告書はこう書いています。

「天板リサイクルのバルブを操作する機会はほとんどなかったため、運転員の認識から天板リサイクルの必要性は薄れた」

加えて、送液先を切り替えるバルブは15mほど離れた別の場所にあり、天板リサイクルの現場表示は作業者にとって分かりにくかった可能性が指摘されています。

使わない手順は、あるだけでは残りません。年に一度も使わない操作は、貼り紙があっても意識から消えます。「めったに起きない条件」こそ、マニュアルに書き、訓練に入れる必要があります。

なぜ、そのとき60m³も溜めていたのか

この液溜めは、回収塔の能力アップテストのために行われていました。通常はやらない非定常作業です。

しかし報告書によれば、テストの条件は蒸留塔の負荷として過去に実績のある範囲内で、タンクの液量も公称容量内。そのため「設備の能力範囲内における調整」と認識されていました。

結果、テスト計画書は作られたものの、「V-3138液溜めに付随するリスクは未検討」でした。

変更管理規則についても、報告書は率直です。

「規則の適用対象についての解釈は個人によって異なることがあり、適用対象外と見なされれば、変更管理チェックシートは利用されない」

5. 温度計が、なかった

そして最後の一点です。

「タンクの管理温度が設定されておらず、温度計が設置されていなかった」

重合する物質を、冷却コイル付きのタンクに貯める。それなのに、温度を測っていなかった。

なぜそうなったのか。報告書は、通常の貯蔵液量が少なく、液は冷却コイルに浸かっている前提だったこと、そして液中に安定剤が多く含まれているため冷却不足によるトラブルの懸念は低いと認識されていたことを挙げています。

「通常はこう使う」という前提の上に、計装は設計されます。その前提から外れた使い方(今回なら60m³の貯留)をするとき、計装は前提のままです。使い方を変えるということは、測っているものが足りなくなるということでもあります。

温度が見えなかったため、異常が分かったのは高位液面異常アラーム――つまり、中で反応が進んで液が膨張し、液面が上がったときでした。もう重合が進行したあとです。

6. 最後の1時間20分

時刻できごと
13:17頃高位液面異常アラーム発報
13:20頃タンクのベントから白煙を確認
13:25頃運転員による放水開始
13:40頃自衛防災隊の出動要請。液面計の指示が限界値(84.8m³)を超過
13:48頃消防へ通報
14:00頃自衛防災隊による放水開始
14:02公設消防隊が現場到着、警戒線を設定
〜14:35頃タンクのき裂箇所から内容物が流出
14:35頃タンクが爆発・破裂、内容物に着火し火災発生

60m³だった液面計の指示値が、84.8m³という計器の限界を超えました。タンクの中で、内容物が膨れ上がっていたということです。

その状態のタンクに向かって、人が放水していました。

人的被害の内訳(報告書より)

  • 死者 1名(消防吏員
  • 重症 5名(消防吏員2、従業員3)
  • 中等症 13名(消防吏員8、警察1、従業員4)
  • 軽症 18名(消防吏員14、警察1、従業員3)

合計37名のうち、25名が消防の方でした。

ここに、化学プラント固有の難しさがあります。火災に見えるものが、実は反応暴走中の圧力容器だった。外から見て区別はつきません。

だから、何が入っていて、それが暴走したら破裂し得るのかという情報を、消防と事前に共有しておくことが決定的に重要になります。事故が起きてからでは、伝える時間がありません。

7. 自分の工場で確かめる6つのこと

  • 反応性のある液を貯めるタンクに、温度計は付いていますか。1点だけになっていませんか
  • そのタンクの管理温度は、決まっていますか。上限と下限の両方が書いてありますか
  • 冷却コイルの上まで液を張ったら、上部はどうやって冷やしますか。その操作は誰が覚えていますか
  • 引継連絡で決めた運用が、マニュアルに反映されないまま残っていませんか。
  • 「詰まるから外した」部品はありませんか。それは何を制御していた部品ですか
  • この設備が暴走したとき破裂し得ることを、消防は知っていますか。

5番目は、どの工場にも1つや2つあります。「よく詰まるから外した」は、たいてい記録に残りません。

まとめ

  • 2012年9月29日、日本触媒 姫路製造所でアクリル酸中間タンクが爆発。死者1名、負傷36名
  • 65℃のはずの液が、蒸気ジャケットで約100℃に加熱されて流入していた。温調トラップは詰まるため撤去されていた
  • 上部を冷やす天板リサイクルの手順はマニュアルに反映されず、使わないうちに忘れられていた
  • 管理温度が設定されておらず、温度計もなかった。異常が分かったのは液面が上がってからだった
  • 死者・負傷者の多くは消火活動中の消防吏員だった

この事故が問いかけるのは、「その設備は、いまの使い方に見合った計装をしていますか」ということです。設計時の前提は、運転のなかで静かに変わっていきます。

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参考文献