はじめに:なぜ化学エンジニアが「製鉄所」の事故を見るべきか
2025年12月1日、日本製鉄 北日本製鉄所(室蘭地区)にて発生した熱風炉の倒壊・炎上事故。
一見すると「他業界の出来事」に思えるかもしれません。しかし、この設備の本質は「大型燃焼設備」であり「蓄熱式熱交換器」です。
そして何より、今回の事故が「トラブル修理直後の再稼働(Start-up)」という、化学プラントで最も事故率が高いタイミングで発生した点に、私は強い危機感を覚えました。
本記事では、公表されている経緯を整理し、プロセス安全管理(PSM)の観点から、我々化学プラントの現場が学ぶべき教訓を考察します。
1. 事故の概要と被害状況
- 発生日時: 2025年12月1日(月) 午前1時頃
- 発生場所: 日本製鉄 北日本製鉄所 室蘭地区(北海道室蘭市)
- 対象設備: 第2高炉付帯設備「熱風炉(ねっぷうろ)」4基のうちの1基
- 事象: 爆発音を伴い、高さ約40mの熱風炉が根元付近から折れるように倒壊し、炎上。隣接する配管等も損傷。
- 人的被害: 負傷者なし(深夜帯かつ、運転員が遠隔操作室にいたため)
2. 注目すべき「時系列(タイムライン)」
この事故の最大の特異点であり、教訓が含まれているのが「9月のトラブルからの復旧直後だった」という点です。
| 時期 | 出来事 | 化学プラント的視点での読み解き |
|---|---|---|
| 2025年9月 | 初期トラブル発生 第2高炉にてスラグ(溶融廃棄物)流出トラブル。高炉および熱風炉を緊急休止。 | プロセス異常による緊急停止(ESD)。設備へ予期せぬ熱的・機械的負荷がかかった可能性。 |
| 10月~11月 | 修理・点検期間 約2ヶ月間の復旧工事を実施。 | 開放点検および補修工事(T/A)。この間の施工品質と範囲設定が重要。 |
| 11月28日 | 再稼働(吹き込み開始) 修理完了。高炉再開に伴い、熱風炉も昇温・加圧プロセスへ。 | スタートアップ(SU)開始。 最もリスクが高い「非定常状態」への突入。 |
| 12月1日 | 事故発生 再稼働からわずか3日後、熱風炉が爆発・倒壊。 | 初期故障期間(Initial Failure)での破局的事故。 |
3. エンジニア視点の考察:現場で何が起きていたのか?
現時点で原因は調査中ですが、公開情報と設備の特性から、化学プラントでも起こり得る3つのシナリオが推測されます。
A. 急激な熱負荷(ヒートショック)と冬場の脆性
12月の北海道は氷点下の環境です。修理明けの冷え切った炉体に対し、昇温カーブ(Heat-up Curve)は適切だったでしょうか?
- 耐火レンガ: 乾燥焚き不足による水蒸気爆発のリスク。
- ケーシング(筐体): 急激な熱膨張差、あるいは低温環境下での脆性破壊。これはコンビナートの配管管理にも通じるリスクです。
B. 燃料ガスの滞留(不完全燃焼)
熱風炉は高炉ガス(COを含む可燃性ガス)を燃焼させます。再稼働時のバーナー点火不良や、パージ不足による未燃ガスの炉内滞留があれば、爆発的な燃焼(ドラフト爆発)を引き起こす可能性があります。
加熱炉(Furnace)やボイラーを持つプラントでは、決して他人事ではありません。
C. 「修理範囲」の見誤りと変更管理(MOC)
9月のトラブルの際、目に見える損傷箇所は直したものの、「その周辺への波及ダメージ(見えないクラックや歪み)」を見落としていた可能性はないでしょうか?
「元通りにした(同等交換)」つもりでも、システム全体としての健全性が損なわれているケースは、変更管理における最も難しいポイントの一つです。
4. 結論:我々の現場へのフィードバック
「修理したから大丈夫」ではありません。「修理明けだからこそ、設備は最も不安定で危ない状態にある」のです。
年末年始のシャットダウンや定修明けを控える現場も多いと思います。PSSR(稼働前安全性レビュー)において、ぜひ以下の問いかけを行ってください。
- 「前回のトラブルの真因」は完全に除去されたか?
- 再稼働手順(特に昇温・昇圧速度)は、マニュアル通りではなく、設備の「現状(経年劣化・修理直後・外気温)」に合わせて慎重に調整されているか?
亡くなられた方がいなかったことは不幸中の幸いですが、物理的な損害と操業停止の影響は計り知れません。この事例を深く胸に刻み、明日の現場巡視に向かいたいと思います。
参照・ニュースソース
- FNNプライムオンライン (北海道文化放送)
- nippon.com (時事通信社)
- HTB NEWS (北海道テレビ放送)
(※本記事は2025年12月10日時点の報道情報を基に、技術的観点から考察を加えたものです)
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