2026年2月18日に米国化学安全・有害性調査委員会(CSB)から発行された「Incident Reports Volume 4」は、米国内の化学プラントや精油所などで発生した13件の重大な事故をまとめたものです。
これらの事故により、2名が死亡、10名が重傷を負い、被害総額は約10億ドル(1,029百万ドル)に上りました。本記事では、報告書に記載された事例から、現場に潜む危険と安全管理の教訓を紐解きます。
なお、Incident Reportsは不定期で公開されるものです。
報告書が示す被害の全体像
今回報告された13件の事故は、2020年から2025年にかけて発生したものです。配管の破裂、可燃性ガスの漏出による火災・爆発、有毒ガスの放出など、多様なケースが含まれています。
特に被害額が大きかったのは、2025年にカリフォルニア州のPBF Energy精油所で起きた火災で、約9億2400万ドルの損害を出しました。また、2023年のNorthrop Grummanの事故では、アルゴンガス漏出による酸欠で2名の大切な命が失われています。
報告された13件の事故事例の概要
報告書に収録されている13の事故の概要は以下の通りです。
- ArcelorMittal(インディアナ州、2020年7月16日) 高炉設備のドーム部分が不適切な溶接修理と経年腐食により耐圧性を失って破裂し、爆発と火災が発生しました。
- Eastman(テネシー州、2020年11月29日) 石炭ガス化装置への冷却水供給配管が、サポートの腐食と逆止弁の固着により破断し、可燃性ガスが漏洩・着火しました。
- Phillips 66(カリフォルニア州、2021年3月22日) 配管切断作業中、事前の洗浄・排出が不十分だったため内部の可燃性ガスに引火して爆発し、作業員1名が重傷を負いました。
- AdvanSix(バージニア州、2021年12月20日) 機器の隔離と状態確認が不十分なままメンテナンス作業を行ったため、高温の溶融ポリマーが噴出して発火し、作業員1名が重傷を負いました。
- Diamond Green Diesel(ルイジアナ州、2022年2月14日) 蒸気配管のバルブ故障により手順が変更され、ホース内に滞留した高温の蒸気と復水(ドレン)が作業員に噴出し、1名が重傷を負いました。
- Marathon(ルイジアナ州、2022年2月21日) 起動手順の不備により、不使用状態の真空エジェクターに高圧のプロセスガスが流入して過圧・破裂し、大規模な火災が発生しました。
- Northrop Grumman(ユタ州、2023年1月30日) 換気が停止していた地下室に容器からアルゴンガスが漏洩して酸欠環境となり、立ち入った作業員2名が死亡しました。
- Atalco(ルイジアナ州、2023年2月6日) 配管の詰まりを圧縮空気で取り除こうとした際、上部が開放されたタンクから高温の苛性スラリーが間欠泉のように噴出し、作業員2名が重傷を負いました。
- SABIC(インディアナ州、2023年12月10日) 配管内の残留物が加熱され、開放部から流入した酸素と反応して爆発性の過酸化物を形成し、爆発と火災を引き起こしました。
- PBF Energy(ルイジアナ州、2024年2月22日) タグの誤表示によりプロセスの高温に耐えられない材質のバルブが設置され、高温の炭化水素が漏洩・着火して火災が発生しました。
- Formosa(ルイジアナ州、2024年10月8日) バルブを閉じたままのアンモニアシリンダーを蒸気で不適切に加熱したため、内部圧力の急激な上昇により爆発(BLEVE)し、4名が重傷を負いました。
- PBF Energy(カリフォルニア州、2025年2月1日) 作業員が誤って稼働中のフランジを開放し、可燃性物質が漏洩・発火しました。約9億2400万ドルの損害を出す大規模火災に発展しました。
- Olin(テキサス州、2025年5月20日) 稼働中の塩素システムを誤って開放し、約8,000ポンドの有毒な塩素ガスが漏洩して作業員1名が重傷を負いました。
事故を引き起こした主な要因
各事故の原因を分析すると、いくつかの共通するヒューマンエラーや管理上の欠陥が浮かび上がります。
1. 設備の隔離(アイソレーション)と状態確認の不足
多くの事故が、メンテナンス作業時の不十分な機器の隔離によって発生しています。
AdvanSixの事例(2021年)では、ポンプのバルブにロックをかけたものの、実際に閉まっているかの確認を怠ったため、作業中に溶融ポリマーが噴出し作業員が重傷を負いました。 Olinの事例(2025年)では、作業対象とは異なる稼働中の配管システムを誤って隔離・タグ付けしてしまい、作業員が稼働中の塩素配管を開封して毒性ガスが漏洩する事態となりました。
2. コミュニケーションと現場確認の欠如
外部の請負業者が関わる作業でのコミュニケーション不足も深刻な結果を招きます。
被害総額が最大となったPBF Energy(カリフォルニア州・2025年)の事故では、請負業者がプラントのタグ付けルールを十分に理解していませんでした。さらに、監督者やオペレーターの不在時に作業を進め、誤ったフランジを開けてしまったことで大規模な火災に発展しました。作業前の現場での確実なウォークスルー(事前確認)が行われていれば防げた事故でした。
3. 不適切なメンテナンスと経年劣化の放置
設備の腐食や過去の不適切な修理も事故の引き金になります。
ArcelorMittalの製鉄所の事故(2020年)では、高炉ドーム部分の深刻な腐食と、規格外の不適切なパッチ溶接修理が原因で圧力に耐えきれず爆発が起きました。 Eastmanの事例(2020年)でも、配管サポートの重度な腐食と、長期間点検されていなかったチェックバルブの固着が重なり、システム異常を引き起こしています。
4. 危険性の予見不足と手順の不備
想定外の操作や、化学反応に対する理解不足も重大な結果を招きます。
Formosaの事故(2024年)では、閉じたバルブを持つアンモニアのシリンダーを蒸気で加熱するという不適切な手順がとられ、内部圧力の急激な上昇による爆発(BLEVE)が発生し4名が重傷を負いました。 SABICの事例(2023年)では、配管内の残留物が加熱されて酸素と反応し、爆発性の過酸化物を形成するという危険性が認識されておらず、予期せぬ爆発を引き起こしました。
5. 致命的な結果を招いた酸欠の脅威
Northrop Grummanの施設で起きた死亡事故(2023年)は、目に見えないガスの恐ろしさを教えてくれます。加圧された容器から漏れ出したアルゴンガスが、換気システムが停止していた地下室に充満し、酸欠環境を作り出しました。シフト終わりに地下室に戻った2名の作業員が犠牲となりました。
安全なプラント運営に向けた教訓
これらの事故事例から、以下の安全対策を徹底することの重要性が再確認されます。
- 確実なLOTO(ロックアウト・タグアウト)と状態の検証 ロックやタグを適用するだけでなく、エネルギーが確実に遮断されているか、バルブが本当に閉まっているか、圧力が抜けているかを必ずテスト・確認する必要があります。
- 作業前の現場ウォークスルー(事前確認)の徹底 作業を開始する前に、関係者全員(オペレーター、監督者、請負業者)で現場に赴き、作業対象の機器を指差し確認するプロセスが不可欠です。
- 請負業者への教育と現場監督 プラント固有のルール(タグの色や意味など)を外部作業員に徹底的に指導し、特に機器を初めて開放する作業には、設備の状況を熟知したオペレーターを立ち会わせるべきです。
- 異常時の作業停止とハザード分析の再評価 バルブが壊れている、配管が詰まっているなど、想定外の事態が発生した際には、独断で代替手段をとるのではなく、作業を一旦停止して新たなリスクを評価することが重要です。
おわりに
CSBの報告書は、過去の失敗を業界全体で共有し、未来の事故を防ぐために不可欠な資料です。日常の業務に潜む「慣れ」や「確認不足」がいかに巨大な被害をもたらすかを肝に銘じ、継続的な安全教育と、フェイルセーフな作業手順の構築を進めていくことが求められます。
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