化学プラントでの事故は、一見すると“突然発生する”ように見えます。しかしその裏側では、設備劣化・検知遅れ・非定常運転など、さまざまな要因が静かに蓄積しています。
本記事では、2025年7月〜8月に発生した日本国内の重大3事故を取り上げ、11月までに公表された経過とあわせて、技術者にとっての学びを整理します。
取り上げる事故は以下の通りです。
- 関東電化工業 渋川工場(三フッ化窒素製造設備の火災/1名死亡)
- 日本カーボン 富山工場(黒鉛化炉火災/焼損4,400㎡)
- 三井化学 大牟田工場(塩素系ガス漏えい/住民234名受診)
1. 関東電化工業 渋川工場 爆発・火災
(2025年8月7日/群馬県渋川市)
➡ 三フッ化窒素(NF₃)製造設備の火災で1名死亡・1名負傷
会社の発表(第5報、2025年9月16日)によると、三フッ化窒素を製品容器に充填するために圧力を高める工程で、規定されていない手動弁の開閉操作により、貯槽内の高圧の三フッ化窒素が付随する配管へ流れ込みました。低温・高圧で入ったガスが温度上昇で膨張し、支燃性の強い三フッ化窒素の高速な流れが弁の中に生じて、弁の樹脂部材が燃焼。これが起点となって配管が爆発的に破損しました。
▼ 情報源リンク
▼ 学び
- 三フッ化窒素は燃えないガスですが、支燃性(酸化性)が強く、高速の流れの中では弁の樹脂部材のような可燃物を燃やします。金属の配管でも、中の樹脂部品が燃焼の起点になります。
- 起点は、手順に規定されていない弁操作でした。高圧側と低圧側をつなぐ弁は、誰が・どの順で操作するかを手順に書き、それ以外の操作をさせない仕組みが要ります。
- 酸化性ガスの系統では、弁やシール材の材質と、高圧のガスを急に流し込まない操作方法をあわせて確認する。
2. 日本カーボン 富山工場 黒鉛化炉火災
(2025年8月29日/富山県富山市)
➡ 焼損4,400㎡、57時間に及ぶ大規模火災
黒鉛化炉内で発生したガスが高温で急激に圧力上昇し、
高温の炭素粒子が噴出して建屋火災に発展したことが会社から公表されています。ガス発生の原因は、第4報(2025年10月14日)の時点で調査中とされています。
▼ 情報源リンク
▼ 学び
- 高温 × ガス発生 × 粉体(炭素) の複合ハザード。
- 「ガス発生 → 圧力上昇 → 高温粒子の噴出 → 建屋内の可燃物に着火」の連鎖型事故。
- ベント設計・耐火構造と、炉内のガス発生・圧力の監視が重要。
3. 三井化学 大牟田工場 塩素系ガス/液体漏えい
(2025年7月27日・9月8日/福岡県大牟田市)
➡ 住民234名が医療機関受診する社会的影響事故
▼ 7月27日:塩素系ガスが敷地外へ拡散
TDIプラントの脱ガス塔 塔頂オフガス配管に穴があき、ホスゲン・塩化水素などの塩素系ガスが漏えいしました。周辺住民・通行者など234名が医療機関を受診しています(うち17名が経過入院)。
会社の事故調査報告書(概要)は、原因を次のように推定しています。上流にある二重管式冷却器の内管(ステンレス鋼)の冷却水側に汚れが付着して応力腐食割れが起き、そこから工業用水がプロセス側へ混入。塩素系ガスと反応してできた塩酸の液滴が、オフガス配管のエルボ部の減肉を速めて穴があきました。
▼ その後の進展
- 9月8日:別ラインで塩素系液体が漏えい(人的被害なし)
- 11月4日:大牟田労働基準監督署が、ボイラー等の検査を運転中や開放せずに行える「特例認定」を取り消し(事故の社会的影響が大きいため)
事故が1回で終わらず、複数インシデント → 行政処分へ進む典型例です。
▼ 情報源リンク
▼ 学び
- 塩素は少量の漏えいでも敷地外影響へ直結しやすい。
- 冷却水側の応力腐食割れという、プロセス側からは見えない損傷が、水の混入を通じてプロセス側の腐食を速めた。冷却器からの水の混入を検知する仕組みが要る。
- 一度事故が起きると、同一拠点で潜在不良が顕在化しやすい。
- 事故後は HAZOP・LOPAの前提条件を必ず更新 する必要がある。
4. 3事故の共通項:プロセス安全に必須の観点
① 設備劣化は最大の潜在ハザード
特に塩素など腐食性物質では、局部腐食が突然進展することがある。
② 非定常運転(立上げ・停止・洗浄)が最も危険
多くの重大事故は定常運転中ではなく、非定常状態で発生している。
③ 敷地外影響があるかどうかで、求められるレベルが変わる
住民対応・消防連携・拡散モデリングなど追加対策が必要。
5. 明日から現場で使えるチェック項目
- 配管腐食(塩素・酸・高温ライン)のUT・超音波ガイド波(GW)・内視鏡点検
- ガス検知器の配置と閾値の妥当性
- 自動遮断弁の定期動作テスト
- 立上げ・停止のリスク分析(KYT+HAZOP補完)
- 異常反応を検知する指標(圧力上昇速度・温度プロファイル)
- 敷地外影響シナリオの再評価(モデリング含む)
まとめ:事故がない時期こそ「安全」を深めるチャンス
事故は“その工場だけの問題”ではなく、同じ物質・同じ工程・同じ設備を持つ全ての工場の教訓 になります。
外部事故を自社設備に当てはめて考える習慣こそ、プラントの安全文化を確実に成熟させる力になります。
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