2025年は、日本の化学およびプロセス産業にとって historical な分水嶺となりました 。高度経済成長期に建設されたプラントの老朽化と、熟練オペレーターの大量退職が重なる「2025年の崖」が、各地で重大事故という形で現実のものとなったからです 。
本稿では、今年発生した主要事故の技術的深層を徹底的に振り返り、現場が直面している構造的課題を浮き彫りにします。
1. 国内重大事故の徹底回顧:連鎖するインフラの悲鳴
2025年の国内事故は、化学プラントの心臓部である高圧・毒性・高温プロセスでのトラブルが相次ぎました 。
1.1 関東電化工業 渋川工場:物理現象「断熱圧縮」の脅威
2025年8月7日未明、半導体用特殊ガス(三フッ化窒素: $NF_3$)製造設備で発生した爆発事故は、1名の尊い命を奪い、世界の半導体サプライチェーンに衝撃を与えました 。
- 技術的詳細: 手動バルブの開放操作により高圧の $NF_3$ が低圧配管へ急激に流入しました 。
- 物理メカニズム: 流入直後の「断熱圧縮」により、ガス先端部の温度が数百度に上昇しました 。
- 金属火災の発生: 強力な酸化剤であるフッ素雰囲気下で、高温となったステンレス鋼配管そのものが燃焼(酸化反応)し、破裂に至りました 。
- 現場の教訓: 「バルブをゆっくり開ける」という熟練者の感覚に依存した管理的制御の限界を露呈しました 。誰が操作しても事故が起きない「オリフィス」の設置など、本質安全設計の重要性が再認識されています 。
1.2 三井化学 大牟田工場:広域に及んだ「毒性ガス」の恐怖
2025年7月27日、ウレタン原料(TDI)プラントの脱ガス工程から塩素系ガスが漏洩しました 。
- 被害状況: 漏洩ガスが敷地外の住宅地へ拡散し、住民を含む234名が受診、17名が入院する大規模な人的被害となりました 。
- 老朽化設備の死角: 破損メカニズムとして、保温材の下で密かに進行する腐食「CUI(保温材下腐食)」が強く疑われています 。
- 社会的責任: 地域社会の信頼(License to Operate)を失えば、設備修復後の再稼働には膨大な時間とコストを要することを証明しました 。
1.3 止まらない連鎖:素材・バッチプロセスの暴走
- 日本カーボン 富山工場(8月29日): 3,000℃の黒鉛化炉内でガス圧が急上昇し、高温の炭素粒子が建屋を突き破って噴出・炎上しました 。
- 日本製鉄 室蘭製鉄所(12月1日): 熱風炉の爆発により高炉が休止し、自動車用鋼材の供給網に混乱が生じました 。
2. グローバル・パースペクティブ:新興国と先進国のリスク
2025年の惨禍は日本国内に留まりませんでした。
- インド Sigachi Industries(6月30日): 微結晶セルロースの製造工程で粉塵爆発が発生し、死者46名という世界最悪級の災害となりました 。安全文化の欠如が指摘されています 。
- 米国 Accurate Energetic Systems(10月10日): 爆薬製造工場で16名の死者を出す爆発が発生し、米国化学物質安全性調査委員会(CSB)による大規模調査が行われました 。
3. 「2025年の崖」を乗り越えるための提言
一連の事故から我々が学ぶべきは、精神論的な安全管理の限界です。
- CBM(状態基準保全)への移行: 保温材に隠れたCUIなどを検知するため、IoTセンサーやAIを活用した予知保全の実装を急ぐべきです 。
- ナレッジワーカーへの役割転換: 人手不足が加速する中、現場のオペレーターは「バルブを回す肉体労働」から、AIのアラートを高度に判断する「意思決定者」へと進化する必要があります 。
- スマート保安の活用: 高圧ガス保安法の改正を受け、「スーパー認定事業者」への認定を目指すなど、デジタル技術を前提とした新しい安全文化を構築する好機です 。
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