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事故報告書を読んでいると、「手順書はあった」という一文によく出会います。
あったけれど、その作業のことは書かれていなかった。あったけれど、実態と違っていた。あったけれど、誰も見ていなかった。
問われているのは「あるか」ではなく「使われているか」です。
この記事の要点
- 1冊にまとめない。読むもの・見るもの・持ち歩くものは別
- 「異常だったらどうするか」が書かれていない手順書が多い
- 中断と再開の扱いを決めておく
- 現場の書き込み・貼り紙は、改訂されていない証拠
- 手順書と実態の乖離は、書類監査では見つからない
1. 1冊にまとめない ― 手順書の階層
手順書が使われない原因の多くは、役割の違うものを1冊に詰め込んでいることにあります。
| 種類 | 書くこと | 使う場面 |
| 技術資料 (運転マニュアル) | プロセスの仕組み、設計思想、管理値の根拠 | 机の上。教育、検討 |
| 標準操作手順 (SOP) | 何を、どの順で、どう確認するか | 作業の前と最中 |
| チェックリスト | やったことの記録 | 現場で手に持つ |
| 緊急時手順 | 異常時に、まず何をするか | 1分以内に開く |
この4つを1冊にすると、現場に持ち出せない厚さになります。そして厚い手順書は、棚に置かれます。
とくに緊急時手順は、必ず分けてください。異常が起きているときに、300ページの中から該当箇所を探すことはできません。1事象1枚まで削って、制御室の見える場所に置くのが現実的です。
2. 手順書に書くべきこと
| 項目 | 抜けやすさ |
| 適用範囲と前提条件(どの状態から始めるか) | 抜けやすい |
| 必要な保護具・資機材・人数 | ― |
| 手順(番号付き、1ステップ1動作) | ― |
| 各ステップの完了確認(どうなったら次へ進むか) | 抜けやすい |
| 異常時の分岐(そうならなかったら、どうするか) | 最も抜ける |
| 中断したときの扱い | 最も抜ける |
| 管理値と、その理由 | 理由の欄がない |
| 完了の定義 | 抜けやすい |
正常系しか書かれていない
多くの手順書は、「うまくいったときの道筋」だけが書かれています。
「弁を開ける」「圧力が○MPaになるのを待つ」――では、圧力が上がらなかったら? 上がりすぎたら? 待っても変わらなかったら?
そこが書かれていないと、判断は現場に丸投げされます。経験のある人がいれば回りますが、いなければ止まるか、独自の判断が入ります。
おすすめは、重要なステップにだけ「そうならなかったら」の1行を足すことです。
全ステップに書くと膨れます。「ここで想定と違ったら、事故に近づく」というステップを選んで、そこだけ書く。多くて全体の1〜2割です。
中断と再開が、決まっていない
作業は、途中で止まります。呼び出し、トラブル、交代時刻、資材待ち。
そのとき「どの状態で止めてよいか」「どこから再開するか」「交代したら何を引き継ぐか」が決まっていないと、中断のたびに手順が少しずつ崩れます。
手順が一気に破られることは、あまりありません。段階を踏んで、少しずつ崩れます。
3. 非定常時の手順ほど、薄い
| 作業 | 手順書の厚さ | 事故の起きやすさ |
| 定常運転 | 厚い | 低い |
| スタートアップ | 薄い | 高い |
| シャットダウン | 薄い | 高い |
| 数年に1度の作業 | ないことがある | 高い |
| トラブル対応 | ほぼない | 高い |
厚さと危険度が、きれいに逆になっています。
理由は分かります。毎日やる作業は書きやすく、めったにやらない作業は書きにくい。書く人自身が経験していないこともあります。
けれども、頻度が低い作業ほど、手順書がないと誰も分かりません。前回やった人は異動しているかもしれません。
数年に1度の作業は、やった直後に書くのがいちばん確実です。「次にやるのは5年後だから」ではなく、「5年後の自分は覚えていないから」書く。触媒交換、内部点検、特殊な切替。実施報告書に「次回への申し送り」欄を作るだけでも変わります。
4. 現場で使われる形にする
| やること | 理由 |
| 1ステップ1動作 | 2つ書くと、片方が飛ぶ |
| 動詞で終える | 「〜に注意する」は動作ではない |
| 番号を振る | 中断・再開・引継ぎで位置を示せる |
| 現場に持ち出せる形にする | 防水、A4以下、大きな字 |
| 写真・図を使う | 弁の位置は、文章より写真 |
| 実施のサイン欄 | やったことの記録になる |
2行目を補足します。「〜に注意する」「〜を確認する」は、手順ではありません。
| 手順になっていない | 手順になっている |
| 漏れに注意する | フランジ部にガス検知器を当て、0%であることを確認する |
| 圧力を確認する | PI-101が0MPaGであることを、現場計器で確認する |
| 安全に作業する | (削除する) |
右の列なら、やったかどうかが判定できます。左の列は、判定できません。判定できない項目は、監査でも事故調査でも役に立ちません。
5. 維持 ― 手順書はここで死ぬ
| やること | 抜けやすい点 |
| 変更したら改訂する | 設備は変わったが、手順書は前のまま |
| 定期的に見直す | サイクルが決まっていない |
| 版を管理し、古い版を回収する | 現場に旧版が残っている |
| 承認者を決める | 誰でも直せる/誰も直せない |
| 配布先を管理する | どこに何部あるか分からない |
1行目は変更管理そのものです。変更の完了条件に「関連文書の改訂」を入れる――これが基本形になります。
書き込みと貼り紙は、改訂されていない証拠
現場を歩いて、手順書を1冊めくってみてください。
| 見つかるもの | 意味 |
| 手書きの追記 | 手順に足りないことがあり、正式改訂されていない |
| 「※この弁は先に閉める」の付箋 | 同上。付箋は剥がれる |
| ページに貼られた別紙 | 暫定運用が恒久化している |
| 特定ページだけ手垢がついている | そこしか使われていない |
| まったく汚れていない | 使われていない |
これは、実態を知るいちばん安上がりな方法です。書き込みは「現場が必要としている情報」であり、同時に「正式な仕組みが追いついていない証拠」でもあります。
やるべきことは、書き込みを叱ることではありません。書き込みを集めて、改訂に反映することです。
そして、書き込まれた内容の多くは「なぜそうするのか」にあたります。そこが本文に書かれていないから、現場が余白に補っているわけです。
6. 「手順どおりにできない手順書」問題
最後に、いちばん厄介なものを扱います。
手順書どおりにやると、時間が足りない。あるいは、物理的にできない。
| よくある形 | 現場の対応 |
| 手順どおりだと交代時刻に終わらない | 並行してやる、待ち時間を削る |
| 2人必要だが、1人しかいない | 1人でやる |
| 指定の工具がない | 別の工具で代用する |
| 書かれた順序だと物理的に無理 | 順序を変える |
こうして、手順書とは別の「本当のやり方」ができあがります。ベテランからベテランへ、口頭で伝わります。
この乖離は、書類の監査では見つかりません。
手順書はあり、実施記録もあり、サインもある。書類の上ではすべて整合しています。違うのは、現場で実際に起きたことだけです。
見つける方法は、1つしかありません。手順書を持って、実際の作業を横で見ることです。
このとき大事なのは、違いを見つけても、その場で指摘しないことです。指摘した瞬間から、見せてもらえなくなります。「なぜそうしているのか」を聞く。たいてい、合理的な理由があります。
そして手順書のほうを直す。それが、手順書が守られる状態に近づく唯一の道だと思っています。
7. 自分の職場で確かめる8つのこと
- 緊急時手順は、運転手順書と分かれていますか。1分以内に開けますか
- 手順書に「そうならなかったらどうするか」が書かれていますか。
- 作業を中断したときの扱いが、決まっていますか。
- 数年に1度の作業の手順書は、ありますか。前回の実施者はまだ在籍していますか
- 「注意する」「確認する」で終わっている項目はありませんか。
- 現場の手順書に、手書きの追記や付箋がありませんか。
- 旧版が現場に残っていませんか。
- 手順書を持って、実際の作業を見たことがありますか。
まとめ
- 技術資料・SOP・チェックリスト・緊急時手順を分ける
- 重要なステップにだけ「そうならなかったら」を書く
- 厚さと危険度が逆になっている。非定常こそ書く
- 書き込みは叱るものではなく、集めて改訂に反映するもの
- 乖離は書類では見つからない。手順書を持って、横で見る
手順書のうち、異常が起きたときに開くものだけは、性質がまったく違います。次は緊急時対応計画を扱います。
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プロセス安全の全体地図
この記事は「プロセス安全・防災」カテゴリの1本です。約100本を6つの領域に整理した地図と、立場・目的別の読む順は、こちらにまとめています。
参考文献
- 安全工学会 監修、新井充・佐藤吉信・高木伸夫・野口和彦・若倉正英 編『実践・安全工学シリーズ3「安全マネジメントの基礎」』化学工業日報社、2013年
Amazonで見る - 厚生労働省「化学プラントにかかるセーフティ・アセスメントに関する指針」別添 運転手順書を安全性事前評価の対象文書として位置づけている
- 厚生労働省「化学プラントの開始及び変更時における安全性の確保に関する指針について」(基発0426第2号、2013年) 変更管理と手順書改訂の連動
- 労働安全衛生総合研究所「プロセスプラントのプロセス災害防止のためのリスクアセスメント等の進め方」JNIOSH-TD-No.5 Rev.2(PDF) 非定常作業の扱い
- OSHA 29 CFR 1910.119 (f) Operating procedures(運転限界と逸脱時の対応、年1回の妥当性再確認を規定)
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