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2012年4月22日 午前2時15分。三井化学 岩国大竹工場のレゾルシン製造施設で、酸化反応器が破裂しました。
火災は約15時間続き、死者1名、負傷25名。近隣住宅999軒に被害が及んでいます。
この事故がとりわけ重いのは、次の事実です。
緊急停止のインターロックは、正常に作動していました。プラントはいったん安全に停止しています。そのあと、人がそれを解除しました。
この記事の要点
- インターロックは作動し、プラントは安全に停止していた
- 1時間後、「冷却が遅い」と判断した運転者がインターロックを解除した
- 解除すると窒素が止まる設計だった。それがマニュアルにも教育資料にも書かれていなかった
- 窒素が止まると液の攪拌が止まる。冷却コイルのない上部で分解熱がこもった
- 温度計も下部にしかなかったため、上部の異常な温度上昇は見えなかった
本記事は、三井化学が公開している事故調査委員会報告書(2013年1月23日)に基づいて整理しています。社外の学識経験者4名で構成された委員会が、8回の会議を経てまとめたものです。
1. どんなプロセスだったのか
レゾルシン(RS)は、タイヤの接着剤などに使われる化学品です。その製造の第一段階が、この酸化反応器でした。
原料のメタジイソプロピルベンゼン(m-DIPB)を空気中の酸素で酸化し、中間体のジヒドロキシパーオキサイド(DHP)を得ます。バッチ反応です。
「パーオキサイド(過酸化物)」という言葉に注目してください。過酸化物は、加熱されると自ら分解し、その分解が発熱反応です。つまりこの反応器の中身は、温度が上がると自分で発熱を始める物質でした。冷却は、快適さのためではなく、安全のための機能です。
そして酸化反応器には、もうひとつ重要な特徴がありました。
- 冷却用のコイルは、反応器の下部にだけ設置されていた
- 液を混ぜていたのは撹拌機ではなく、吹き込む窒素ガスだった
下部でしか冷やせないのに、全体が冷えていたのは、窒素が液を循環させていたからです。この2つが、事故の構造を決めました。
2. その夜、何が起きたのか
まず、インターロックは正しく働いた
この日、蒸気を供給するプラントに不具合が起き、蒸気を使うプラントに運転停止の指示が出ました。
RS製造施設でも緊急停止処置(ESD)がとられます。インターロックが作動し、報告書の表現では「プラントは安全に停止した」。
このとき、酸化反応器には空気を置換し液循環を維持するための窒素が導入され、冷却水は通常の循環冷却水から緊急用の冷却水に切り替わっていました。設計どおりの安全状態です。
1時間後、「冷えるのが遅い」
反応器の内温は、緩やかに下がっていきました。
約1時間後、運転者は「冷却速度が遅い」と判断します。そして緊急停止で作動させたインターロックを解除し、通常の反応終了後と同じ、循環冷却水を使う冷却方法に切り替えました。
ここで、本人が意図していなかったことが起きます。
インターロックを解除すると、液循環を維持していた窒素の導入も止まる設計でした。報告書は、運転者がこのとき「窒素による液循環停止に気付かなかった」と記しています。
見えていた温度は、下がっていた
液が循環しなくなると、どうなるか。
冷却コイルのある下部は冷えます。しかしコイルのない上部には、冷却が届きません。そこで過酸化物の分解と発熱が始まりました。
そして運転者が監視していた温度計は、冷却コイルが設置されている位置のものでした。つまり――
画面の温度は「下がっている」と表示していました。
実際には、計器のない上部で温度が上がり続けていた。運転者が見ていた情報は正しく、しかし現実を表していなかったということになります。
その後、運転者は反応器の内圧上昇に気づきます。しかし温度と圧力は加速度的に上昇し、酸化反応器は破裂しました。
爆発は午前2時15分。同日8時05分には2回目の爆発が起き、鎮火宣言は翌23日14時31分でした。
被害
| 区分 | 内容 |
| 工場構内 | 社員 死亡1名・負傷7名(うち重傷2名)/協力会社社員 負傷2名 |
| 工場構外 | 近隣居住の方 負傷14名/近隣事業所の協力会社の方 負傷2名 |
| 物的被害 | 近隣家屋の損傷 999軒/構内の周辺15プラントが爆風・飛来物により損傷 |
負傷者25名のうち16名が、工場の外の人でした。
3. 報告書が挙げた3つの一次要因
事故調査委員会は「インターロックの解除」をキーワードとして、一次要因を3つにまとめています。
- ① インターロックを解除した方が良いと判断した
- ② インターロックを容易に解除できた
- ③ インターロック解除により窒素が長時間停止して攪拌が停止し、温度が上昇した
この3段構えが、よくできています。「判断」「実行できてしまったこと」「その結果」を分けているからです。順に見ていきます。
① なぜ「解除した方が良い」と判断したのか
報告書が挙げる二次要因のうち、実務者として最も重いのはこれです。
「ESD後の安定状態を維持する温度の目標値と、温度低下の目標速度がマニュアルに記載されていなかった」
つまり、「これくらいの速さで冷えていれば正常」という基準がなかった。基準がなければ、判断は経験に頼るしかありません。そして運転者は、通常バッチの反応終了時の冷却の経験から「循環水に切り替えた方が良い」と判断しました。
さらに、DCSのメイン画面はデジタル数値表示だったため、温度が下がっている傾向がつかみにくかったことも挙げられています。
「異常かどうか」を判断するには、正常の定義が要ります。緊急停止のあと、何分で何℃まで下がれば正常なのか。この数字がマニュアルにない現場は、決して珍しくありません。
② なぜ「容易に解除できた」のか
報告書は3点を挙げています。
- ESDのマニュアルに、インターロックを解除するための「安定状態」を判断する条件が記載されていなかった
- インターロック解除のための規定された手続きを取らなかった
- インターロック解除の重要性の認識が不足していた
解除の手続きは定められていました。しかし、その手続きを通らずに解除できてしまった。インターロックのバイパス運用が形骸化する典型です。
③ なぜ、気づけなかったのか
ここが技術者として最も学ぶべき部分です。報告書の二次要因を整理します。
| 観点 | 報告書が挙げた要因 |
| 設計 | インターロックを解除すると窒素が停止するシステムであった |
| 設計 | 攪拌が停止した時に、液相上部が冷却できなかった |
| 計装 | インターロックが作動する温度計が酸化反応器下部のみで、上部にはなかった |
| 計装 | 攪拌用ガスが停止したことを検知するアラームがなかった |
| HMI | DCSメイン画面に窒素流量の表示がなかった |
| HMI | 攪拌が停止した場合に、温度分布を把握しにくいDCS画面であった |
| 文書 | インターロックを解除すると窒素が停止することが、マニュアルにも教育資料にも記載されていなかった |
| 知識 | 過酸化物の分解開始温度が明確に周知されていなかった |
| 知識 | 過酸化物の熱分解挙動に対する技術的知見が不足していた |
並べてみると分かります。これは「運転者が注意すれば防げた」類の話ではありません。
解除すると窒素が止まることは文書に書かれておらず、止まったことを知らせる警報もなく、画面に流量表示もなく、異常が起きる場所には温度計がなかった。気づくための手がかりが、どこにも用意されていませんでした。
「インターロックを解除すると、他に何が止まるか」――これは自分の現場でもすぐ確認できる問いです。インターロックは複数の機器を連動させています。切ったときに何が連動して止まるかを、運転者は知っていますか。
4. 報告書が特定した「深層原因」
この報告書が優れているのは、直接原因で終わらせなかった点です。委員会は、工場幹部へのアンケート、各層へのヒアリング、過去5年の安全活動のレビュー、オブザーバーの意見という複数の角度から深層原因を摘出しています。
| 区分 | 深層原因 |
| 安全基盤に係わる | 1. リスクアセスメントの不足 |
| 2. 技術伝承の不足 | |
| 3. 規則、ルールの軽視 | |
| 組織・風土に係わる | 4. 現場の安全管理力の低下 (安全最優先の実感への階層間ギャップ/爆発・火災に対する知識と意識の不足/技術者のレベル低下) |
| 5. 当事者意識の不足 (安全活動の徹底とフォロー不足/ライン長の自職場改善への取り組み不足/危険に対する感性低下) |
そしてさらにその背後として、報告書は3つのキーワードを挙げています。「ライン長の本気度」「安全活動の徹底度」「工場全体の緊張感」。
この構造――安全基盤と、組織・風土――は、保安力の考え方そのものです。
変更管理の話でもあった
再発防止対策の筆頭に挙げられているのが、変更管理フローの見直しです。報告書はこう記しています。
「RSプラントでは、過去の運転条件に係わる変更管理時にESDの問題点を摘出できなかった」
つまり、変更管理の手続き自体はあった。しかしその審査で、緊急停止時のリスクまでは見ていなかったということです。
5. 自分の工場で確かめる6つのこと
- インターロックを解除すると、他に何が止まりますか。それはマニュアルに書いてありますか
- 緊急停止後、「安定した」と判断する条件は数値で決まっていますか。何℃まで、何分で、が書いてありますか
- インターロックの解除は、誰の承認が要りますか。手続きを踏まずに解除できてしまいませんか
- 温度計は、最も温度が上がる場所に付いていますか。攪拌が止まったときの温度分布を考えたことがありますか
- 攪拌が止まったことを、運転員は知る手段がありますか。警報はありますか。画面に出ますか
- 扱っている物質の分解開始温度を、運転員は知っていますか。それは運転管理値に反映されていますか
4番目は、設計側にいる人にこそ効く問いです。温度計は「測りやすい場所」ではなく「危ない場所」に付けなければなりません。
まとめ
- 2012年4月22日、三井化学 岩国大竹工場で酸化反応器が破裂。死者1名、負傷25名、近隣家屋999軒が損傷
- インターロックは作動し、プラントは安全に停止していた。1時間後、人がそれを解除した
- 解除すると窒素が止まり、液の攪拌が停止する設計だった。それが文書に書かれていなかった
- 温度計は冷却コイル側にしかなく、画面上の温度は下がって見えていた
- 深層原因はリスクアセスメント・技術伝承・ルール軽視・現場の安全管理力・当事者意識の5つ
この事故が突きつけるのは、「安全装置は、切られたときのことまで設計されているか」という問いです。切れば何が連動して止まるのか。それを運転員が知らされているか。
関連記事
「これを切ると何が止まるか」を文書化する話は、こちらで扱っています。
プロセス安全の全体地図
この記事は「プロセス安全・防災」カテゴリの1本です。約100本を6つの領域に整理した地図と、立場・目的別の読む順は、こちらにまとめています。
参考文献
- 三井化学株式会社 岩国大竹工場 レゾルシン製造施設 事故調査委員会 報告書(2013年1月23日、PDF) ※本記事の事実関係、一次・二次要因、深層原因の記述はすべて本報告書によります
ニュースリリース - 安全工学会 監修『実践・安全工学シリーズ2「プロセス安全の基礎」』化学工業日報社、2012年、第3章8節「インターロックシステム設計」
Amazonで見る - 安全工学会 監修『実践・安全工学シリーズ1「物質安全の基礎」』化学工業日報社、2012年、第1章「反応危険性」
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