JCO臨界事故に学ぶ「変更管理」と「安全設計」の崩壊

化学プラントや原子力施設において、最も恐ろしいのは「見えない危険」です。しかし、1999年に発生したJCO臨界事故は、高度な安全管理が求められるはずの現場で、あまりにもアナログな手法――いわゆる「バケツ」を使った作業――によって引き起こされました。

この事故は単なる「作業員の無知」で片付けられるものではありません。「効率化」の名の下に安全の防壁が一つずつ取り払われ、組織全体がリスクに対して不感症になっていくプロセス(正規化のプロセス)の極致と言えます。

今回は、「ウラン加工工場臨界事故調査委員会報告」を紐解き、プロセス安全管理(PSM)の観点から、現場技術者が学ぶべき教訓を整理します。


1. 事故の概要:青い光が放たれた日

1999年9月30日、茨城県東海村の株式会社ジェー・シー・オー(JCO)東海事業所の転換試験棟で、国内初となる臨界事故が発生しました。

  • 発生日時: 1999年9月30日 午前10時35分頃
  • 場所: JCO東海事業所 転換試験棟
  • 作業内容: 高速実験炉「常陽」用核燃料(濃縮度約18.8%の硝酸ウラニル溶液)の製造
  • 被害状況: 作業員3名が重篤な被ばくをし、うち2名が死亡。周辺住民への避難要請(350m圏内)、屋内退避勧告(10km圏内)が発令。

この事故は、ウラン溶液を製造する工程で、制限量(臨界質量)を遥かに超えるウランを容器(沈殿槽)に注入したことで発生しました。現場では「青い光」が目撃され、その後約20時間にわたり臨界状態が継続しました。


2. 事故のメカニズム:「形状管理」の放棄と「質量管理」の破綻

なぜ、絶対に起こしてはならない臨界事故が起きたのでしょうか。それは、設備による物理的な安全対策(ハードウェア)を無視し、人の注意力のみに依存した管理(ソフトウェア)へ移行し、さらにそのルールさえも破った結果でした。

① 本来の設計:「形状管理」による安全

核燃料施設では、ウランがどんなに集まっても臨界にならないよう、容器の形を細長くする「形状管理(幾何学的形状制限)」が基本です。
正規の工程で使用するはずの「溶解塔」や「貯塔」は、臨界にならないよう細長い形状(直径制限など)をしていました。

② 逸脱の開始:「バケツ」の使用

しかし、今回の作業では、溶解工程の時間短縮のため、正規の溶解塔を使わず、ステンレス製容器(いわゆるバケツ)などでウラン粉末を溶解していました。これは、設備の洗浄が面倒であることや、溶解塔での作業性が悪いことなどが背景にありました。

③ 致命的な操作:「沈殿槽」への大量投入

さらに、製品の均一化(成分を混ぜて均質にする作業)を行うために、本来この工程には使用しない「沈殿槽」を使用しました。
沈殿槽は、ウランを沈殿させるための容器であり、撹拌効率を良くするために太い形状をしており、臨界安全形状ではありませんでした(ただし、質量制限として1バッチ2.4kgU以下という制限がありました)。

作業員は、バケツで溶かしたウラン溶液を、漏斗を使って沈殿槽へ次々と流し込みました。

  • 制限値: 1バッチ 2.4kgU
  • 投入量:16.6kgU(7バッチ分相当)

これにより臨界量を超過し、即発臨界に至りました。


3. なぜ防げなかったのか?(深層原因の分析)

「マニュアルを守らなかった作業員が悪い」とするのは簡単ですが、報告書は組織的な問題を深く指摘しています。

技術・設備の要因:フェールセーフの欠如

  • 形状管理の不徹底: 沈殿槽は臨界安全形状ではなく、誤って大量に入れても物理的に止める仕組み(インターロックやオーバーフロー管など)がありませんでした。報告書では、「人的管理に依存するような場合は、質量制限とともに濃度制限を併用するなどの方が適切」と指摘されています。
  • 転用可能な設備構造: 沈殿槽にはハンドホール(作業用の穴)があり、容易に溶液を注入できる構造になっていました。

運用の要因:「裏マニュアル」の常態化

  • 手順書の改悪: 正規の手順書(国の許可を受けたもの)とは異なる、効率優先の「裏マニュアル」が社内で作成され、承認されていました。
  • 変更管理(MOC)の不在: 「沈殿槽で均一化作業を行う」という重大なプロセス変更が、安全管理部門や核燃料取扱主任者の正式な承認を経ず、現場レベルの判断で行われていました。

組織・風土の要因:安全文化の劣化

  • 特殊少量生産の軽視: 「常陽」用燃料の製造は、メインの軽水炉用燃料製造に比べて小規模かつ非定常的な作業(キャンペーン生産)でした。特殊な作業であるにもかかわらず、十分な設備投資や安全検討がなされず、現場の「工夫」で乗り切ろうとする姿勢がありました。
  • 教育の不足: 作業員に対し、「なぜこの制限値を守らなければならないか(臨界の怖さ)」という教育が十分に行われておらず、OJT(現場実習)偏重で誤った手順が継承されていました。

4. 私たちが学ぶべき教訓:プロセス安全の視点

JCOの事故は、原子力特有の問題ではなく、あらゆる化学プラントに通じる教訓を含んでいます。

① 「物理的制約」こそが最強の防護

人は必ず間違えますし、楽をしようとします。「質量を管理して入れすぎないようにする」という人的管理(管理上の措置)は、生産圧力の前では無力化されやすいです。

  • 教訓: 重要な安全パラメータ(今回の場合は臨界安全)は、人の注意や手順書に頼るのではなく、「物理的に入らない」「物理的に反応しない」という設備設計(本質安全・フールプルーフ)で担保する必要があります。

② 「カイゼン」と「改悪」の境界線(変更管理)

現場での「工夫」や「効率化」は称賛されるべきですが、安全根拠を崩す変更は「改悪」です。

  • 教訓: 手順、設備、条件を変えるときは、必ず変更管理(MOC: Management of Change)の手続きを踏むこと。「これまで大丈夫だったから」という経験則で安全裕度を削ってはいけません。

③ 「非定常作業」に潜む魔物

定常運転時は安全が確保されていても、スタートアップ、シャットダウン、銘柄切り替え、そして今回のような「非定常・少量生産」の時にリスクが高まります。

  • 教訓: 慣れていない作業、たまにしかやらない作業こそ、リスクアセスメント(HAZOP等)を徹底し、手順の妥当性を専門家を含めて再検証する必要があります。

5. まとめ:現場技術者へのメッセージ

JCO事故の悲劇は、「危険なものを扱っている」という意識(リスク認識)が、日々の作業の中で風化し、消失してしまった点にあります。

「バケツでウランを扱うなんて信じられない」と笑うことはできません。
あなたの現場でも、以下のようなことは起きていないでしょうか?

  • 「ちょっとだけだから」と、インターロックをバイパスしていませんか?
  • サンプリングや小分け作業で、本来の容器とは違う容器を使っていませんか?
  • 手順書にはないけれど、「先輩から教わったコツ」として行われている近道操作はありませんか?

それらはすべて、JCO事故の萌芽です。
「安全ルールには、過去の犠牲に基づいた理由がある」。このことを常に意識し、疑問があれば立ち止まる勇気を持つことが、技術者の責務です。


参考文献

本記事は、以下の報告書に基づき作成しました。