動画解説はこちら|YouTube

被害局限化設計|防液堤・除害設備・そして「人をそこに置かない」

※本記事の参考文献には、Amazonアソシエイトのリンク(アフィリエイト広告)を含みます。

ここまでのプロセス安全設計は、「起こさない」「大きくしない」の話でした。本質安全、多重防護、インターロック、安全弁、緊急脱圧。

この記事は、その先です。それでも漏れた、それでも燃えた。そのとき、どこまでで止めるか。

被害局限化は、防護層のいちばん外側にあります。地味で、ふだんは何の役にも立ちません。そして、事故のたびにここが問題になります。

この記事の要点

  • 被害局限化は留める・無害にする・広げない・人を離すの4段構え
  • 防液堤は容量だけでは足りない。内部の構造物が堤を壊した(水島)
  • 除害設備は「ある」ではなく「そのとき動く」かどうか(ボパール)
  • 消火に使った水の行き先を設計する(サンド倉庫火災)
  • 最も効くのは人をそこに置かないこと(BPテキサスシティ)

1. 留める ― 防液堤は容量だけでは足りない

タンクの周りの堤は、中身がすべて漏れても受け止めるためのものです。容量は法令で定められており、設計では必ず確認します。

しかし1974年の水島は、容量以外の問題を示しました。

タンクの底板が割れ、約43,000kLの重油が流れ出したとき、タンク横の直立階段と底板付近の基礎コンクリートが、防油堤を破壊しました。

受け止めるための壁が、受け止めるべきものによって壊された。

容量計算は「静かに溜まる液体」を前提にしています。しかし実際に起きるのは、底板が割れて一気に噴き出す流れです。そこには勢いがあり、内部の構造物を動かす力があります。

防液堤で確認すべきこと

観点確認すること
容量最大のタンク1基分+余裕。降雨や消火水の分も考えているか
強度一気に押し寄せる液の動圧、内部構造物の衝突に耐えるか
内部の構造物流されて堤にぶつかるものはないか。階段、架台、配管サポート
貫通部配管が堤を貫通する部分のシール。そこから漏れないか
排水弁雨水を抜く弁が開いたままになっていないか
形状浅く広いより、深く狭いほうが表面積が小さく、蒸発が減る

排水弁が最も現実的な落とし穴です。雨水を抜くために開け、閉め忘れる。堤の容量がいくらあっても、底に穴が開いていれば意味がありません。常時閉・施錠、あるいは開閉状態の監視が要ります。

形状の話も重要です。可燃性液体なら、表面積が小さいほど蒸発が少なく、火災時の燃焼速度も抑えられます。集液ピットへ導いて深く溜める設計は、この考え方によります。

2. 無害にする ― 「ある」と「動く」は違う

放出されたものを処理する設備には、いくつかの型があります。

設備働き向く相手
スクラバー液に吸収させる(水、苛性ソーダ等)酸性・アルカリ性ガス、水溶性ガス
フレア燃やす可燃性ガス
キャッチタンク液を受け止めて回収する暴走反応時の噴出(気液混相)
水カーテン拡散したガスを水で洗う水溶性ガスの漏えい
活性炭吸着吸着させる有機溶剤蒸気

ここで、1984年のボパールが突きつけたことを思い出す必要があります。

あの工場には、除害塔もフレアも水カーテンもありました。設計上、何段階も用意されていた。しかしその夜――

  • 除害塔は待機状態で、量に対して能力も不足
  • フレアは配管が腐食し、使えなかった
  • 水カーテンは放出点の高さまで水が届かなかった

除害設備は、普段は使いません。だから劣化しても気づかれず、待機のままになり、能力が足りないことも検証されません。「図面にある」と「そのとき働く」のあいだには、点検と試運転という距離があります。

能力は「最悪のケース」で決める

除害設備の容量設計で問われるのは、どのシナリオを想定したかです。

  • 通常運転時のパージガスだけを想定していないか
  • 安全弁が全開で吹いたときの量を受けられるか
  • 暴走反応で気液混相が噴き出したとき、液も受けられるか

3番目が難しいところです。暴走反応の放出は、ガスだけではありません。泡立った液が一緒に出てきます。ガス処理を前提にしたスクラバーでは受けきれません。

そして、放出先が空でないこと

1976年のセベソでは、破裂板が正常に作動しました。問題は、その先に何もなかったことです。内容物はそのまま大気へ出ました。

死者はゼロ。それでも、汚染された土地に住民は戻れませんでした。

3. 広げない ― 消火に使った水は、どこへ行くか

火災の拡大を防ぐ設備は、離隔距離、防火壁、耐火被覆、消火設備です。ここでは、見落とされやすい一点を扱います。

消火水です。

1986年のスイス・サンド社の倉庫火災では、消火活動によって化学物質を含んだ大量の水がライン川へ流れ込み、深刻な環境汚染を引き起こしました。火は消えましたが、被害は川を下って広がりました。

消火水は、汚染された液体です。

それも、タンクの中身よりはるかに大量に発生します。防液堤は中身の分しか想定していないかもしれません。

2012年の日本触媒姫路の事故報告書には、環境への影響としてこう記されています。

「排水口の閉鎖により、有害物質の製造所構外への漏洩はなかった」

爆発と火災という重大事故のなかで、排水口を閉じるという操作が実行されていた。これは被害局限化が機能した例です。

設計と運用で確認すべきことは、こうなります。

  • 構内の排水は、最終的にどこへ出ますか。海、河川、公共下水
  • その手前に、遮断できる弁やゲートがありますか。
  • 誰が、どのタイミングで閉めますか。それは手順書にありますか
  • 閉めたあと、汚染水はどこに溜まりますか。容量は足りますか

3番目が肝心です。火災の対応で手一杯のときに、「排水口を閉じる」を誰かが覚えている必要があります。だから手順と訓練に入れます。

4. 人を離す ― 最も効く対策

被害局限化のなかで、最も効果が大きく、最も見落とされるのがこれです。

そこに人がいなければ、死者は出ない

2005年のBPテキサスシティで亡くなった15名は、全員が装置のすぐそばに置かれた仮設トレーラーの中か、その周辺にいた協力会社の従業員でした。

そしてその人たちは、その日そこで行われていた装置の立ち上げには関わっていませんでした。

この事故のあと、危険源と建屋・仮設物の配置を評価する考え方が制度として整えられていきます。距離、爆風への耐性、そして「そもそもそこに人を置く必要があるか」を問う枠組みです。

異常時に人が集まる場所ほど、守る

制御室は、異常時にこそ人が集まる場所です。そして――

事故何が起きたか
フリックスボロー(1974)死者28名の多くが制御室にいた。建屋が爆風で崩壊
パイパー・アルファ(1988)制御室が初期爆発で機能喪失。指揮する場所が最初に失われた
パイパー・アルファ(1988)避難集合場所だった居住区が煙に包まれた。手順を守った人が動けなくなった

「決められた場所に集まる」という手順は、その場所が安全であることを前提にしています。どの方向から火が出ても安全な集合場所は、実在しますか。そこへ行けないときの第二の場所はありますか。

検知器は、人より先に気づくために置く

ガス検知器の設置位置は、被害局限化の一部です。

  • 空気より重いガスは低所に溜まる。ピット、地下ピット、堤の内側
  • 軽いガスは上へ行く。建屋の天井、屋根の下
  • 漏れやすい場所(フランジ、シール部、サンプリング点)の風下
  • 人がいる場所の手前――そこへ到達する前に鳴る位置

5. 敷地の外まで考える

被害局限化の最も外側の層は、工場の敷地を越えたところにあります。

セベソ(1976)は住民が土地を失い、ボパール(1984)は隣接する住宅地が壊滅し、水島(1974)は瀬戸内海の漁業に壊滅的な打撃を与えました。いずれも、被害の大半は敷地の外で起きています。

だからセベソ指令にも、日本の石油コンビナート等災害防止法にも、土地利用計画住民への情報提供が組み込まれました。

そして距離は、放っておくと縮みます。建設時は郊外だった工場の周りに、数十年かけて住宅が建つからです。

6. 自分の職場で確かめる8つのこと

  • 防液堤の排水弁は、閉まっていますか。施錠か監視はありますか
  • 堤の中に、流されて堤を壊し得るものはありませんか。
  • 除害設備を、実際に運転して能力を確認したのはいつですか。待機のままではありませんか
  • 安全弁が全開で吹いた量を、除害設備は受けられますか。液も来ませんか
  • 構内排水の最終出口はどこですか。遮断する弁と、閉める手順はありますか
  • 装置の近くに、そこにいる必要のない人はいませんか。とくに定修中
  • 避難集合場所は、どの方向から火が出ても安全ですか。第二の場所はありますか
  • ガス検知器は、人がいる場所より手前にありますか。比重を考えた高さですか

6番目が、いちばん効きます。定修中は、普段いない人が普段いない場所にいます。そして定修は、非定常作業が集中する期間です。

まとめ

  • 被害局限化は留める・無害にする・広げない・人を離すの4段構え
  • 防液堤は容量だけでは足りない。強度・内部構造物・排水弁を見る
  • 除害設備は「ある」ではなく「そのとき動く」か。ボパールの4層はすべて設計上は存在していた
  • 消火水は汚染された液体で、中身よりはるかに大量に出る。排水口を閉じる手順を持つ
  • 最も効くのは人をそこに置かないこと。爆発の規模は変えられなくても、これは変えられる

被害局限化の設備は、事故が起きなければ一度も使われません。使われないまま何十年も維持し続けることが、この層の難しさです。点検されない防護層は、そこにあるだけの構造物になります。

関連記事

参考文献