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1988年のパイパー・アルファ災害で、夜勤の担当者は規定どおり作業許可証を確認しました。そして、探しても見つからなかったので「ない」と判断し、ポンプを起動しました。
そのポンプは、安全弁を外して仮の蓋をした状態でした。死者167名。
手順は守られていました。それでも情報は届かなかった。作業許可制度(PTW:Permit To Work)を考えるとき、出発点はここに置くべきだと思います。
この記事では、作業許可制度が何を守るための仕組みなのか、そしてどういう形で形骸化するのかを整理します。
この記事の要点
- 許可証が守るのは「隔離された状態が、作業が終わるまで続くこと」
- だから許可証には時間の区切りが要る。期限のない許可は許可ではない
- 同じ設備に複数の許可が出るとき、それらが紐づいていないと片方だけ見て判断される
- 書類は「探して見つからない」ことがある。機器そのものに表示する仕組みが要る
- 最も抜けやすいのは発行時ではなく、作業を終えて設備を返すとき
1. 作業許可は、何を守る制度か
作業許可制度を「危険な作業をするときに出す書類」と理解している人は多いと思います。それは間違いではありませんが、本質を外しています。
本質はこうです。
作業許可制度は、「運転している人」と「作業している人」のあいだで、設備の状態を受け渡すための仕組みです。
運転側は、設備を止め、中身を抜き、隔離し、「この状態で渡します」と言う。作業側は、その状態を前提に作業する。そして作業が終わったら、設備を運転側へ返す。
この受け渡しが崩れると何が起きるか。事故の形は、だいたい3つに分かれます。
| 崩れ方 | 起きること | 代表的な事故 |
| 渡すときに隔離が不十分 | 作業中に中身が来る、機器が動き出す | 入槽中の窒素流入、回転機の起動 |
| 渡したことが運転側に伝わらない | 作業中の設備を運転側が動かす | パイパー・アルファ(1988) |
| 返すときに元の状態に戻っていない | 異物・盲板の残存、弁の閉め忘れ | ダウ・ケミカル(2023) |
3つ目が、意外と語られません。作業許可は「始めるとき」の書類だと思われているからです。
2. 許可証に書かれていなければならないこと
様式は会社ごとに違いますが、書かれるべき中身は共通しています。
| 項目 | なぜ必要か |
| 対象設備の特定 | 機器番号まで。「あのポンプ」では、隣を触られる |
| 作業の範囲 | 何をするか。範囲外の作業を始める時が最も危ない |
| 隔離の状態 | どの弁を閉め、どこに盲板を入れ、どの電源を切ったか。図で示す |
| 残留危険 | 抜けきらない残液、堆積物、隣接系統の圧力。ゼロではないことを書く |
| 測定値 | 酸素濃度、可燃性ガス濃度。いつ、誰が、どこで測ったか |
| 有効期限 | いつまで有効か。日をまたぐなら、条件の再確認が要る |
| 発行者と受領者 | 誰が渡し、誰が受け取ったか。署名で残す |
| 返却の記録 | 作業完了と、設備を戻したことの確認 |
「残留危険」の欄がない様式は、危険です。隔離は完全ではありません。抜けきらない液、配管の低所に溜まった残渣、閉めた弁の内漏れ。「何が残っているか」を書く欄があると、書く側が考えます。
3. 形骸化する5つのパターン
制度は、たいていどの工場にもあります。問題は、どう崩れるかです。
パターン1:許可が「作業を始める儀式」になる
朝、まとめて何枚も発行する。中身の確認より、署名を集めることが目的化する。
見分け方は簡単です。許可証の記載が、毎回まったく同じ文言になっていませんか。現場の状態は毎回違うはずです。
パターン2:期限が実質的にない
「定修期間中有効」のような許可証は、期限がないのと同じです。
隔離の状態は、時間とともに変わります。誰かが弁を開けたかもしれない。隣の系統が復圧したかもしれない。だから、その日の作業前に条件を確認し直す仕組みが要ります。
パターン3:関連する許可が紐づいていない
これがパイパー・アルファで起きたことです。
1台のポンプに、2種類の作業許可が出ていました。片方だけを見た人には、もう片方の存在が分かりません。
対策は、設備を軸に検索できることです。「この機器に、いま何枚の許可が出ているか」が一覧できなければ、紐づいているとは言えません。
パターン4:書類だけで、現物に表示がない
許可証は、事務所か制御室にあります。設備の前には、何もありません。
人は、探して出てこなければ「ない」と結論します。だから危険な状態は、探さなくても目に入る形で示す必要があります。機器に札を掛け、施錠する(LOTO)のはそのためです。
パターン5:協力会社に、残留危険が伝わらない
作業をするのは、多くの場合、協力会社です。その設備に何が入っていたかを最もよく知っているのは、発注側です。
デンカ青海の事故調査報告書は、再発防止対策として次を挙げています。所管部門は工事安全措置のリスクアセスメントを工事元請業者の参加のもとで実施し、「残留リスク情報が工事元請業者に確実に伝わっていることを確認する」。
そして元請は、それをもとに施工方法のリスクアセスメントを、施工業者も加わって実施する。3階層を通す設計になっています。
4. 火気作業は、別枠で扱う
溶接、グラインダー、ガス切断。着火源を持ち込む作業は、通常の許可に上乗せの要件を課すのが一般的です。
- 可燃性ガス濃度の測定――作業前だけでなく、作業中も継続して測る
- 周囲の可燃物の除去と養生――火花の飛散距離を過小評価しない
- 火気監視人の配置――作業者とは別の人が、周囲を見る
- 作業後の残火確認――終了直後だけでなく、時間をおいて再確認する
ここで見落とされがちなのが、「火気を使わない作業でも着火源になる」ことです。デンカ青海では、電動のこぎりの刃先が150℃以上に発熱し、それが着火源になりました。切る・削る・叩くは、熱と火花を出します。火気作業の届出対象でなくても、可燃物のある系統では同じ注意が要ります。
5. 最も抜けやすいのは、返すとき
制度の設計は、たいてい「発行」に力が入っています。しかし事故は、返却の側でも起きます。
2023年のダウ・ケミカルの事故がその典型です。定修で還流ドラムに入った作業灯が撤去されないまま蓋が閉じられ、2か月後に爆発の起点になりました。
CSBの指摘は、Dow社の手順不備にとどまりませんでした。閉所作業の国際規格そのものに、「安全に閉じる方法」の記述が足りないとして、NFPAとASSPに規格の改訂を勧告しています。
返却時に確認すべきこと
- 持ち込んだ工具・照明・部材の員数照合(入れた数と出した数)
- 挿入した盲板の撤去記録(枚数と位置を、入れたときの記録と突き合わせる)
- 開けた弁・閉めた弁を元の状態に戻したことの確認
- 取り外した安全弁・計器が復旧していること
- 内部に異物・残渣がないことの目視と記録
そして、返却が終わったら次は運転再開前のレビュー(PSSR)です。設備が「作業前と同じ状態に戻っているか」を、運転を始める前に確認する仕組みです。
6. 引継ぎは、書類では足りない
パイパー・アルファの教訓で、いまも最も引用されるのがこれです。
交代の引継ぎを、書類の受け渡しだけで済ませない。
書類は、読まれなければ伝わりません。そして人は、忙しいときに読みません。だから「口頭で申し送る」ことを手順に書く必要があります。
とくに次の3つは、口で言うべきです。
- いま止めてある設備と、その理由
- いま入っている一時的な変更(バイパス、仮設、インターロック解除)
- 今日、通常と違うこと(工事、テスト、外注作業)
7. 自分の職場で確かめる7つのこと
- 許可証に「残留危険」を書く欄がありますか。そこは毎回埋まっていますか
- 有効期限は何時間ですか。日をまたぐとき、条件を確認し直していますか
- 「この機器に、いま何枚の許可が出ているか」を一覧できますか。
- 作業中の機器は、現物を見て分かりますか。札は掛かっていますか
- 協力会社に、残留危険が伝わったことを確認していますか。渡した、ではなく、伝わった、を
- 返却時の確認項目は、手順書に書かれていますか。「異物なし」の一行で終わっていませんか
- 引継ぎで口頭申し送りが手順化されていますか。書類を渡すだけになっていませんか
3番目が、最も改善の効果が大きいところです。設備を軸に許可を検索できるだけで、パイパー・アルファ型の見落としは大きく減ります。
まとめ
- 作業許可制度は、運転側と作業側で設備の状態を受け渡すための仕組み
- 許可証には隔離の状態・残留危険・測定値・有効期限が要る
- 形骸化は儀式化・期限なし・紐づけなし・現物表示なし・協力会社への未伝達の5パターン
- 火気を使わない作業も着火源になる。切る・削る・叩くは熱と火花を出す
- 最も抜けやすいのは返却時。員数照合と盲板の撤去記録を手順に入れる
作業許可は、書類を増やすための制度ではありません。「いま、その設備がどういう状態にあるか」を、関わる全員が同じように理解しているかを担保するための仕組みです。
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参考文献
- Center for Chemical Process Safety / AIChE 著、化学工学会 SCE・Net 安全研究会 訳『若い技術者のためのプロセス安全入門』丸善出版、2018年(RBPS 要素9「安全な作業の実践」)
Amazonで見る - 安全工学会 監修『実践・安全工学シリーズ3「安全マネジメントの基礎」』化学工業日報社、2013年、第2章「プラントの安全管理と教育訓練」
Amazonで見る - The Public Inquiry into the Piper Alpha Disaster(HSE 公開調査ページ)
- CSB『Investigation Report: Explosions and Ethylene Oxide Release at Dow Louisiana Operations』(PDF) ※閉所作業後の容器閉止に関する規格改訂勧告
- デンカ株式会社青海工場 事故調査 最終報告書(2024年1月11日、PDF) ※工事安全管理・残留リスク情報の伝達
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