2026年2月、インド南部のテランガーナ州にある化学工場において、溶剤の移送(移し替え)作業中に大規模な火災・爆発事故が発生し、作業員が命を落とす痛ましい事態となりました。
化学工場において、引火性の高い溶剤を扱う移送プロセスは、目に見えない「静電気」が引き金となる重大事故のリスクを常に抱えています。本記事では、このテランガーナ州で起きた火災事故の概要を振り返りながら、専門家の視点を交えてプラントにおける実践的な静電気安全対策について詳しく解説します。
2026年2月に発生した最新の痛ましい事故
2026年2月21日、テランガーナ州ヤダドリ・ボンギール県の化学工場において、溶剤移送中に大規模な火災と爆発が発生しました。
【事故の概要】
・被害者:39歳の化学技術者(現場で死亡)
・発生状況:ドラム缶から反応器(リアクター)へ溶剤をポンプで移送していたところ、何らかの原因で火花が発生。溶剤の蒸気に引火し、直後に激しい爆発を伴う火災へと発展しました。
被害者は自身のシフト終了時刻を過ぎて作業を続けていた最中の悲劇でした。別フロアにいた同僚は間一髪で逃げ出し無事でしたが、一歩間違えればさらに多くの犠牲者を出していた大惨事でした。
過去にも起きている類似事故(2023年の事例)
実は、溶剤移送中の事故は今回が初めてではありません。2023年1月には、同州サンガレッディ県にある大手製薬会社の工場でも、3名の作業員が命を落とす火災事故が発生しています。
この時の直接的な原因は「静電気」でした。化学物質を別のドラム缶に移し替える際、静電気の放電によって引火性の高い溶剤の蒸気に火がつき、フラッシュファイア(瞬間的な激しい燃焼)を引き起こしたのです。
なぜ「溶剤の移送」は危険なのか?
化学工場における溶剤(トルエン、アセトン、各種アルコールなど)は非常に引火性が高く、少しの不注意が命取りになります。移送作業に潜む主なリスクは以下の3つです。
- 静電気の発生液体がパイプやホースを通って勢いよく移動する際、配管との摩擦によって静電気が発生します。これが蓄積し、放電した際の小さな火花(スパーク)が、周囲に漂う溶剤の蒸気に引火する最大の原因となります。
- 可燃性蒸気の滞留溶剤は揮発しやすいため、移送中は目に見えない可燃性のガスが周囲に広がりやすくなります。換気が不十分な閉鎖空間では、少しの着火源で大爆発につながります。
- 機器の不具合や人的ミスポンプの異常による火花、適合しない材質のホースの使用、あるいは作業手順の省略などが、火災の直接的な引き金になることが多々あります。
静電気対策と安全管理
このような事故を防ぐためには、単なる「気をつける」という精神論ではなく、プラントの安全設計とプロセス管理の両面から、多角的な静電気対策を講じる必要があります。
【アース(接地)とボンディングの確実な施工と監視】
移送元と移送先の容器を導線でつなぎ(ボンディング)、地面へ逃がす(アース)ことは基本中の基本です。しかし、塗料やサビ、断線などで実際には電気が通っていない「見せかけのアース」が事故を招くことが少なくありません。接地抵抗値を常に監視し、基準値を満たさない場合はポンプが起動しない「インターロック(連動)システム」の導入が推奨されます。
【移送流速の制限】
パイプ内を液体が流れるスピードが速いほど、発生する静電気は激増します。特にトルエンなどの導電性が低い溶剤を移送する際は、配管の出口が液面につかるまでは流速を1秒間に1メートル以下(1m/s以下)に制限するなど、流速の厳密なコントロールが必須です。
【スプラッシュ(飛沫)充填の禁止と液中投入】
溶剤を上から勢いよく注ぎ入れると、飛沫が発生して大量の静電気が帯電します。これを防ぐため、注入パイプを容器の底付近まで伸ばす(ディップパイプの使用)、あるいは容器の下部から注入する(ボトムローディング)方式を採用し、空気や気泡の巻き込みを防がなければなりません。
【緩和時間(静置時間)の確保】
移送が終わった直後は、溶剤の中にまだ静電気が蓄積した状態です。すぐに蓋を開けたり、金属製のサンプリング器具を入れたりすると、その瞬間に放電して発火する危険があります。移送後は一定時間(数分間)放置し、電荷がアースを通じて完全に抜け切るのを待つ「緩和時間」を手順に明確に組み込むことが極めて重要です。
【その他の基本対策】
・防爆仕様機器の使用:ポンプや照明、スイッチ類はすべて防爆構造のものを使用し、着火源を根本から排除する。
・局所排気と換気:可燃性蒸気が滞留しないよう強力な換気システムを導入し、常に蒸気濃度を爆発下限界より低く保つ。
・人体帯電の防止:作業員は帯電防止服や静電気帯電防止靴を着用し、人体そのものが蓄電器になることを防ぐ。
まとめ
インド・テランガーナ州で発生した一連の火災事故は、化学工場における「溶剤移送作業」がいかに危険と隣り合わせであるかを私たちに生々しく教えてくれます。静電気の「パチッ」という小さな放電が、一瞬にして尊い命を奪う大惨事に直結するのです。
これらは決して海外だけの問題ではありません。日本の工場や研究所においても対岸の火事と捉えるのではなく、自社の安全設計基準、設備の状態、そして日々の作業手順を今一度見直すための重要な教訓とするべきでしょう。
参考ニュースソース
・Chemist killed in fire at reactor in Nalgonda chemical factory (The New Indian Express, 2026年2月21日)
・Three die in fire accident at pharmaceutical unit in Telangana (The South First, 2023年1月8日)
https://thesouthfirst.com/telangana/three-die-in-fire-accident-at-pharmaceutical-unit-in-telangana/
化学プラント大全 
