はじめに:ポンプはただの「鉄の塊」ではない
現場で運転中のポンプを見ても、見えるのは塗装されたケーシングとモータだけ。「スイッチを入れたら液が出る箱」程度に思っていませんか?
しかし、その分厚い鉄の皮一枚向こう側では、液体が猛烈な速度で回転し、ミクロン単位の隙間で圧力がせめぎ合っています。
トラブルが起きたとき、ベテランエンジニアは「透視能力」を持っています。「今の音は、インペラーの裏側で渦を巻いているな」「圧力が上がらないのは、ウェアリングの隙間が広がったからだな」と、構造を脳内で再生できるのです。
この記事では、化学プラントの主役である「遠心ポンプ(うず巻ポンプ)」を分解し、その内部構造と、開放点検時に見るべき「プロの視点」を解説します。これを読めば、あなたの脳内にも透視能力が備わるはずです。
1. 遠心ポンプの基本原理:「速度」を「圧力」に変える魔法

構造を理解するには、まず「水はどうやって圧力を得るのか」を知る必要があります。遠心ポンプの役割は、野球の「ピッチャー」と「キャッチャー」に例えられます。
- インペラー(ピッチャー):
高速回転する羽根車が、中心から入ってきた水を掴み、遠心力で外側へ思い切り投げ飛ばします。ここで水は「速度エネルギー」を得ます。 - ケーシング(キャッチャー):
投げ飛ばされた高速の水を、渦巻室(ボリュート)が受け止めます。通路が徐々に広がる構造になっており、水の速度を落とすことで、エネルギー保存の法則(ベルヌーイの定理)により「圧力エネルギー」へと変換します。
つまり、「回して(速度)、止める(圧力)」。これが全ての遠心ポンプの基本動作です。
2. インペラー(羽根車)の形状:液の性格で使い分ける

ポンプの心臓部であるインペラーには、扱う液体の「汚れ具合」や「効率」に合わせて3つの形状があります。
① クローズドインペラー(密閉形)
- 形状: 羽根(ベーン)が2枚の側板(シュラウド)でサンドイッチされている形状。
- 特徴: 液の漏れが少なく、最も効率が良い。揚程も出しやすい。
- 用途: 水、溶剤、油など、きれいな液体用。
- 弱点: 隙間が狭いため、固形物(スラリー)が入るとすぐに詰まる。
② オープンインペラー(開放形) / セミオープン
- 形状: 側板がない(オープン)、または裏側だけにある(セミオープン)。船のスクリューに似ている。
- 特徴: 羽根がむき出しなので詰まりにくい。
- 用途: スラリー液、汚泥、パルプ液など。
- 弱点: 羽根とケーシングの隙間から液が逃げるため、効率は悪い。摩耗すると性能低下が激しい。
3. 性能と寿命を左右する「隠れた重要部品」

分解図を見たとき、若手が見落としがちな、しかしベテランが必ずチェックする「最重要パーツ」が2つあります。
① ウェアリング(ライナーリング):ポンプの「パッキン」
インペラーは高速回転し、ケーシングは静止しています。この接触部にはわずかな隙間が必要です。
しかし、インペラーの出口(吐出側:高圧)と入口(吸込側:低圧)はすぐ隣にあります。もし隙間が大きすぎると、せっかく加圧した液が吸込側へ逆戻り(ショートサーキット)してしまい、ポンプの効率がガタ落ちします。
そこで、この隙間を最小限(0.3mm〜0.5mm程度)に保つために設置されるのが「ウェアリング」というリング状の部品です。
- 役割: 犠牲陽極のような「捨て駒」です。本体のケーシングやインペラーが摩耗する代わりに、このリングが摩耗してくれることで、安価に交換・性能回復ができます。
② バランスホール(釣合い穴):軸受を守る工夫
クローズドインペラーの吸込口付近(目の玉)に、いくつかの穴が開いているのを見たことがありますか?
- 問題: インペラーの「表側(吸込口)」は低圧ですが、「裏側(背中)」には吐出圧が回り込んで高圧になっています。この圧力差で、インペラーは吸込側へ強く吸い寄せられます(スラスト荷重)。これが軸受(ベアリング)の寿命を縮めます。
- 解決: インペラーの根元に穴(バランスホール)を開けることで、裏側の高圧液を吸込側へ逃がし、圧力差をキャンセルします。
- 点検: この穴がスラリーで詰まると、突然ベアリングが破損することがあります。
4. 開放点検(オーバーホール)の勘所:どこを見るべきか?

整備工場から「分解点検が終わりました」と呼ばれたとき、あなたはどこを見ますか?
漫然と眺めるのではなく、以下のポイントをチェックしてください。
Check 1. ウェアリングの「隙間」を実測せよ
- 何を見る?: インペラー側とケーシング側のウェアリングの隙間(クリアランス)です。
- 判定基準: 新品時は直径差で0.3〜0.5mm程度。これが2倍以上(0.8〜1.0mm)に広がっていたら交換推奨です。
- 現場の声: 「最近、ポンプの圧力が上がらない」というトラブルの7割は、このウェアリング摩耗が原因です。
Check 2. キャビテーションの「痕跡」を探せ
- 何を見る?: インペラーの羽根の「入口付近」や「裏側」。
- 判定基準: 虫食いのようにボコボコと金属がえぐれていないか(壊食)。
- 意味: もし痕跡があれば、NPSH不足や偏流が起きています。部品交換だけでなく、吸込配管の見直しやバルブ開度の調整が必要です。
Check 3. 軸スリーブの「段付き摩耗」
- 何を見る?: メカニカルシールやグランドパッキンが接触していた軸の表面。
- 判定基準: 爪が引っかかるほどの段差ができていないか。
- 意味: ここが荒れていると、いくら新しいシールを入れてもすぐに漏れます。スリーブは消耗品と割り切りましょう。
まとめ:構造を知れば、トラブルの原因が見えてくる
遠心ポンプは、インペラーでエネルギーを与え、ケーシングで整え、ウェアリングで漏れを防ぐという、精緻なバランスで成り立っています。
- 流量が出ない? → インペラーが詰まっているか、ウェアリングが摩耗して内部循環しているかも。
- 振動が大きい? → バランスホールが詰まってスラスト荷重がかかっているかも。
- 音が変だ? → キャビテーションで羽根が削られているかも。
構造図が頭に入っていれば、外から聞こえる音やゲージの動きだけで、内部で何が起きているか推測できるようになります。
次の開放点検の際は、ぜひ懐中電灯を持って、ご自身の目で「中身」を覗き込んでみてください。
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