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キャビテーションを起こすかどうかは、吸込側が用意できるエネルギーと、ポンプが要求するエネルギーの大小で決まります。前者がNPSHA(有効NPSH)、後者がNPSH3(必要NPSH)です。
この2つは似た名前ですが、決めている人が違います。 NPSHAは吸込タンクと配管、つまりプラント側が決める値。NPSH3は羽根車と吸込口の設計、つまりポンプメーカーが決める値です。だからNPSHAはユーザー側の設備設計者が計算してメーカーに指示します。この記事では、その計算を手順で追い、シミュレータで条件を動かせるようにします。
この記事の結論
- NPSHA = (液面の圧力 − 飽和蒸気圧)/ρg − 液面とポンプ中心の高さの差 − 吸込配管の損失
- NPSHAは吸込条件で決まる(プラント側)。NPSH3はポンプ固有(メーカー側)。どちらも絶対真空を0 mとして表す
- 吸込配管の損失は流量の2乗に比例するので、NPSHAは流量0で最大、流量とともに2次曲線で低下。NPSH3は逆に右上がり。交点が運転可能な最大流量
- 余裕の目安は NPSHA − NPSH3 ≧ 0.6 m、または NPSHA ≧ 1.3×NPSH3
- 液温が上がると飽和蒸気圧が急に増える。水は80℃を超えるとNPSHAが一気に痩せる
1. NPSHAとNPSH3は何が違うか
NPSHA(有効NPSH、Available) は「液がもっている吸込ヘッドから飽和蒸気圧のヘッドを引いた値」です。ポンプの羽根車入口直前の圧力が、その液の飽和蒸気圧に対してどれだけ余裕をもっているかを、メートルで表したものです。
決めているのは吸込側の条件——吸込タンクが大気開放か密閉か、タンク内の液面の高さ、吸込配管が長いか短いか、曲がりが多いか少ないか。つまり全部プラント側の話です。 だからNPSHAは一般に、顧客側(ユーザー側)の設備設計者が計算してポンプメーカーへ指示します。
NPSH3(必要NPSH、旧称NPSHR) は「ポンプが液を羽根車に吸い込んでいくために必要なヘッド」です。中身は「液が羽根車に入る直前の速度ヘッド」と「羽根車入口で起こる局部的な圧力低下」の和。羽根車や吸込口の設計で変わる、ポンプ固有の値です。カタログや性能曲線に流量ごとの値が載っています。
大事な約束が1つあります。NPSHAもNPSH3も、絶対真空を0 mとして表しています。 ゲージ圧のつもりで計算すると符号を間違えるので、圧力はすべて絶対圧で扱ってください。
| NPSHA | NPSH3 | |
| 意味 | 吸込側が用意できる余裕 | ポンプが要求する余裕 |
| 決めるのは | プラント側(タンク・配管・液) | ポンプメーカー(羽根車・吸込口) |
| 流量が増えると | 減る(吸込損失が増えるから) | 増える |
| どこで分かるか | 自分で計算する | カタログ・性能曲線 |
2. NPSHAの計算式

SI単位で書くと、こうなります。
NPSHA = (Ps − Pvp) / (ρg) − ha − hL
- Ps:液面にかかる絶対圧[Pa]。大気開放なら大気圧
- Pvp:その液温での飽和蒸気圧[Pa](絶対圧)
- ρ:液の密度[kg/m³]、g=9.81 m/s²
- ha:液面とポンプ羽根車中心の高さの差[m]。液面がポンプより下(吸上げ)なら正、上(押込み)なら負
- hL:吸込配管〜羽根車入口までの圧力損失[m]
第1項が「液が持っている圧力の貯金」、第2項が「持ち上げる分」、第3項が「配管で失う分」です。貯金から2つ引いて残ったものがNPSHA、と読むと覚えやすくなります。
液面の高さが変わるタンクなら、ha は液面が最も低いときの値を使います。最低液面で成り立たなければ意味がないからです。
3. 計算例|常温水を3 m吸い上げる
数値を入れてみます。吸込タンクは常温(20℃)の水で大気開放、ポンプは液面より3 m高い位置、流量30 m³/hのときの吸込配管の損失を1.0 mとします。
- Ps = 101,325 Pa(大気圧)
- Pvp = 2,337 Pa(20℃の水)
- ρ = 1,000 kg/m³
- ha = 3 m、hL = 1.0 m
NPSHA = (101,325 − 2,337) / (1,000 × 9.81) − 3 − 1.0 = 10.09 − 3 − 1.0 = 6.09 m
この流量でのNPSH3が2.5 mだとすると、余裕は 6.09 − 2.5 = 3.59 m。まだ余裕があるので、ポンプをもっと高い位置に置けます。余裕を0.6 mまで詰めるなら、
ha = 3.59 − 0.6 + 3 = 6.0 m
つまりこの条件でのポンプの吸込揚程は6 mまで、と決まります。「このポンプは何m吸い上げられるか」という問いへの答えは、こうやって出します。
流量が0のときは hL = 0 なので、NPSHA = 10.09 − 3 = 7.09 m。流量が増えるほどNPSHAは減るのがここで見えます。損失は流量の2乗に比例するので、流量が2倍になれば hL は4倍の4.0 m、NPSHAは3.09 mまで落ちます。
4. 2本の曲線と、交点

NPSHAは流量0で最大、流量の2乗で低下する下向きの曲線。NPSH3は流量とともに増える右上がりの曲線。この2本を同じグラフに描くと、必ずどこかで交わります。
その交点が、理論上運転できる最大流量です。 ここを超えて流すとNPSHA NPSH3 になり、キャビテーションが発生します。
ただし交点ぎりぎりで運転してはいけません。理由は3つあります。
- NPSHAの計算そのものが不確か(損失係数の見積り、実配管との差)
- 吸込配管の内面が経年変化する(スケール・腐食で損失が増える)
- 電圧変動でポンプの回転速度が変わる(NPSH3が変わる)
だから余裕を持たせます。実務では購入者が仕様書で
NPSHA − NPSH3 ≧ 0.6 m または NPSHA ≧ 1.3 × NPSH3
と指示することが少なくありません。前者は絶対値、後者は比率での指定で、NPSH3が大きいポンプでは後者のほうが厳しくなります。
5. シミュレータ|条件を動かしてNPSHAを見る
液温・液面の高さ・吸込配管の条件・タンク圧力を変えると、NPSHAがどう動くかを見られます。NPSH3のカーブも重ねてあるので、余裕がどこで尽きるかが分かります。
| 液面の圧力(絶対)/飽和蒸気圧 | – |
| 圧力のヘッド (Ps−Pvp)/ρg | – |
| 吸込配管の損失 hL(流速) | – |
| 設計流量での NPSHA | – |
| NPSH3 との余裕(NPSHA − NPSH3 / NPSHA ÷ NPSH3) | – |
| キャビテーションが始まる流量(2曲線の交点) | – |
| 判定 | – |
NPSHA=(Ps−Pvp)/ρg − ha − hL。hL=(λL/d+Σζ)v²/2g+ストレーナ損失(λ=0.025、入口0.5・エルボ1.0・吸込弁0.15)。ストレーナ損失と NPSH3 は流量の2乗でスケールさせている。飽和蒸気圧はAntoine式の近似。値は筆者のモデルで、実機の設計にはメーカーの性能曲線と実配管の計算を使うこと。
やってみてほしいこと:
- 液温を上げる。 20℃から80℃へ。飽和蒸気圧が2.3 kPaから47 kPaに増え、NPSHAが4 m以上痩せます。夏場や加温ラインで効く効果です
- 流量を増やす。 吸込損失が2乗で増えるので、NPSHAが急に落ちます。交点を超えると警告が出ます
- 吸込配管を1サイズ太くする。 損失が減ってNPSHAが回復します。吸込側だけ吐出側より太いのはこのため
- タンクを「密閉・飽和」に切り替える。 圧力の項が消えて、加圧しても NPSHA が変わらなくなります。これは次々回の記事(飽和液)の主題です
6. 液温の効き方|水は80℃から急に危なくなる
飽和蒸気圧は温度に対して直線ではなく、指数関数的に増えます。 水で計算するとこうなります(大気開放、ha=2 m、hL=1.5 m)。
| 液温 | 飽和蒸気圧 | NPSHA |
| 20℃ | 2.3 kPa | 6.60 m |
| 40℃ | 7.4 kPa | 6.11 m |
| 60℃ | 19.9 kPa | 4.87 m |
| 80℃ | 47.3 kPa | 2.09 m |
| 90℃ | 70.0 kPa | −0.26 m |
40℃までは0.5 mしか減らないのに、60℃から80℃の20℃分で2.8 mも減ります。「夏になると鳴き出すポンプ」「加温したら流量が出なくなった」の正体はこれです。
運転員の実務に翻訳すると、次のようになります。
- 液温は吸込側の余裕を直接削る。 温度上昇の警報は、キャビテーションの前触れでもある
- 冷却器の性能低下、蒸気トレースの過剰、循環液の温度上昇は、いずれもNPSHAを痩せさせる
- 逆に、キャビテーションが出たときに液温を下げられるなら、それは効く対策
まとめ
- NPSHA = (Ps − Pvp)/(ρg) − ha − hL。圧力はすべて絶対圧
- NPSHAは吸込条件(プラント側)、NPSH3はポンプ固有(メーカー側)。ユーザーが計算してメーカーに指示する
- NPSHAは流量の2乗で低下、NPSH3は右上がり。交点が運転可能な最大流量
- 余裕は 0.6 m以上、または1.3倍以上。計算の不確かさ・経年変化・回転数変動を吸収するため
- 液温が上がると飽和蒸気圧が急増する。 水は60〜80℃でNPSHAが一気に痩せる
次の記事では、この式のうち hL(吸込配管の損失)と、式には出てこない「空気の巻き込み」を、配管とタンクの作り方の側から見ていきます。
計算例と液温の表は、参考文献の式を使って筆者が計算したものです(`_calc/ch2_npsh.py`)。絵とき「ポンプ」基礎のきその例題(CGS単位、NPSHA=6.09 m)をSI単位で計算し直して一致することを確認しています。飽和蒸気圧はAntoine式による近似値です。シミュレータのNPSH3は典型的な形を筆者がモデル化したもので、特定の実機の値ではありません。
参考文献
- 外山幸雄『絵とき「ポンプ」基礎のきそ』日刊工業新聞社, 1-7「吸込揚程」(NPSHAとNPSH3の意味、NPSHAの計算、両者の関係、具体例、余裕の目安) Amazonで見る
- 外山幸雄『ポンプの選定とトラブル対策』日刊工業新聞社, 2・7「NPSHAとNPSH3」(大気開放・密閉タンクの配置別の式) Amazonで見る
- 高圧ガス保安協会『高圧ガス保安技術』学識編 11.5「圧縮機とポンプ」有効吸込み揚程(NPSH)、式(11.37)(11.38)
- 化学工学会編『プロセス機器構造設計シリーズ6 化学プラント用ポンプ・圧縮機』丸善, 2・2・2「有効NPSHと必要NPSHの関係」
- 西野悠司『「配管設計」実用ノート』日刊工業新聞社, 3.5「ポンプNPSHと配管」 Amazonで見る
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