1. はじめに:なぜ、現場には「この形」のポンプが多いのか?
化学プラントの現場を歩くと、足元にちょこんと置かれた、耳のような形をしたポンプをよく見かけませんか?
それが、今回解説する「エア駆動ダイヤフラムポンプ(AODD)」です。
遠心ポンプのように高速回転するモーターもなければ、電気配線も繋がっていません。繋がっているのは「エアホース」だけ。
それなのに、ドラム缶からの移送、防爆エリアでの廃液処理、スラリーの抜き取りなど、「普通のポンプが嫌がる仕事」を一手に引き受けるタフな存在です。
しかし、構造が特殊なため、「なぜ脈動するのか?」「なぜ排気口が凍るのか?」といった特有の現象に悩まされることも事実。今回は、この現場の「何でも屋」を使いこなすための完全ガイドです。
2. 図解!「空気」で液体を送るメカニズム

AODD(Air-Operated Double Diaphragm)の名の通り、左右2つのダイヤフラム(ゴム膜)を圧縮空気で動かして液を送ります。
左右交互のピストン運動
2つのダイヤフラムは、1本の軸(シャフト)で連結されています。
- 右工程: 中央のエア室から右側にエアが入ると、軸が右へ動きます。右側のダイヤフラムは液を「押し出し(吐出)」ます。
- 左工程: 同時に、連結された左側のダイヤフラムは引っ張られ、液を「吸い込み」ます。
- 切替: ストロークの端まで行くと、「エア切替弁(スプール弁)」が自動で切り替わり、今度は左側にエアを送り込みます。
これを「右、左、右、左…」と繰り返すことで、連続的に(断続的に)液を送ります。
逆止弁(チェックボール)の仕事
吸込口と吐出口には、それぞれボールが入っています。
- 吸う時: ボールが浮いて液を通す。
- 押す時: ボールが沈んで穴を塞ぎ、逆流を防ぐ。
シンプルな構造ですが、ここにゴミが噛み込むと液が出なくなります。
ダイヤフラムポンプの動作原理
中央のシャフトが左右に動くことで、左右のチャンバーの容積が変化し、ポンプ作用が発生します。
3. メリット:遠心ポンプにはできない「4つの荒技」

なぜ、効率の悪いエア駆動があえて選ばれるのでしょうか? それは、遠心ポンプには絶対に真似できない「荒技」ができるからです。
- 完全自吸(Dry Priming)
- 呼び水不要。ホースをドラム缶に突っ込むだけで、空気を吸い出してから液を吸い上げることができます。
- 締切運転が無制限(Deadhead)
- ここが最大の特徴です。吐出バルブを閉めると、ポンプ内の液圧と供給エア圧がバランスし、「ピタッ」と停止します。
- 遠心ポンプなら焼き付きますが、AODDはただ待機するだけ。バルブを開ければ再起動します。リリーフ弁も不要です。
- スラリー・高粘度OK
- 内部のクリアランスが広く、ボール弁構造なので、多少の泥や砂利が混じっても送れます。
- 本質安全防爆
- 電気を一切使いません。スパークのリスクがゼロなので、防爆エリアでも高価な防爆モーター工事が不要です。
4. デメリットと対策:タフな奴ほど「癖」が強い

便利な反面、独特のデメリットもあります。
① 脈動(Pulsation)
「ドッ、ドッ、ドッ」という断続的な吐出になります。
- 問題: 流量計の数値が暴れる。配管が振動で揺れる。
- 対策: 吐出側に「パルセーションダンパー(脈動減衰器)」を設置して圧力を平滑化します。
② 凍結(Icing)
湿度の高い日に、排気口(マフラー)が凍りついて排気できなくなり、ポンプが止まることがあります。
- 理由: 圧縮空気が大気圧へ急激に膨張する際、熱を奪うため(断熱膨張)。
- 対策: 供給エアを除湿する(ドライヤー)。凍結防止機能付きのマフラーを使用する。
5. 【重要】長持ちさせるための「設置と調整」の鉄則
AODDをトラブルなく使うために、設計・施工段階で必ず守るべき4つのルールがあります。
① 振動対策:前後に「フレキ」を入れる
AODDは構造上、必ず振動します。
硬い配管(鋼管)を直接ポンプに接続すると、振動で配管のサポートが割れたり、ポンプのケーシングが破損したりします。
- 鉄則: 吸込・吐出の両方に必ず「フレキシブルホース」を入れ、振動を縁切りしてください。
② 吐出圧力調整:「フィルターレギュレータ」で決める
AODDの吐出圧力は、「供給するエアの圧力」とほぼ同じになります(1:1)。
つまり、0.5MPaのエアを送れば、最大0.5MPaで液を吐出します。
- 鉄則: 供給エアラインには必ず「フィルターレギュレータ(減圧弁)」を設置し、必要な圧力に調整してください。また、エア中のゴミや水分はポンプ故障の原因になるため、フィルター付きが必須です。
③ 流量調整:供給エアの「量」を絞る
流量を調整したい場合、液側のバルブを絞るのも手ですが、エネルギーの無駄です。
AODDは「ストローク数(パン、パン、という回数)」で流量が決まります。
- 鉄則: 供給エアラインに「グローブ弁(ニードル弁)」を設置し、エアの流量(量)を絞ってください。これでポンプの動くスピードを自在にコントロールできます。
④ 禁止事項:2種類の「エアブロー」の違い
現場でよくある「エアブロー(空気による配管洗浄)」ですが、やり方によってはポンプを壊します。
【NG】外部エアブロー(ラインブロー)
ポンプの吸込口にユーティリティエア(0.5MPa等)を外部から直接繋ぎ、ポンプの中を通過させて掃除する方法。
- 判定: 原則禁止
- 理由: 樹脂製ケーシング等の耐圧を超えて破損する恐れがある。勢いよく流れる空気でチェックボールが暴れ、弁座(シート)を破損させる。
- 対策: ライン洗浄を行う場合は、ポンプを通さないバイパスラインを使用してください。
【条件付OK】空運転による液押し出し
ポンプ自身を空運転させて、配管内の残液を押し出す方法。
- 判定: 速度を落とせばOK
- 注意: AODDは空運転しても焼き付きませんが、液がなくなると負荷がゼロになり、猛スピードで暴走(レーシング)します。
- 鉄則: 空運転に入るときは、必ず供給エアを絞り、ゆっくり(1秒に1ストローク程度)動かしてください。全開での放置は寿命を縮めます。
6. トラブルシューティング:現場で止まったら?
現場で「AODDが動かない!」と呼ばれたときのチェックリストです。
- 症状A:エアは出ているが動かない(スティック)
- 原因: エア切替弁(スプール)が、左右の中間位置で止まってしまった。
- 応急処置: ポンプの側面(切替弁付近)をプラスチックハンマーで「コンッ」と叩く。衝撃で弁が動き出し、再起動することがあります。
- 恒久対策: 分解清掃。または「リセットボタン」付きの機種を選ぶ。
- 症状B:ポンプは動いているのに液が出ない
- 原因: 吸込配管からのエア吸い込み(自吸不良)、またはチェックボールへのゴミ噛み。
- 対策: 吸込側の増し締め。ポンプヘッドを開けてボール清掃。
- 症状C:排気マフラーから「液体」が噴き出した
- 原因: ダイヤフラム破損。
- 解説: 本来、空気しか通らない排気口から液が出るということは、ゴム膜が破れて液がエア室へ侵入しています。直ちに停止し、ダイヤフラム交換が必要です。
7. まとめ:適材適所で輝く「現場の便利屋」
エア駆動ダイヤフラムポンプは、構造こそ単純ですが、遠心ポンプにはない「自吸・締切・防爆」という強力な武器を持っています。
- 振動するのでフレキを入れる。
- 圧力はレギュレータ、流量はエアバルブで調整する。
- 外部エアブローは通さない。空運転はゆっくりと。
この基本さえ守れば、泥水だろうが溶剤だろうが文句ひとつ言わずに運んでくれる、最高の相棒になってくれるはずです。
化学プラント大全 
