はじめに:カタログ値を選ぶ前に描くべき「曲線」
中堅エンジニアの皆さんであれば、$Q = A \times V$ や $\Delta P$ の積算といった基礎式はすでに頭に入っていることでしょう。しかし、実際のプラント設計において、送風機(ファン・ブロワー)の選定ミスは後を絶ちません。
なぜか? それは、「運転点は一点ではなく、移動するものである」という視点と、「気体の密度変化(温度・組成)」の影響を見落としがちだからです。
本記事では、教科書的な計算を一歩超え、トラブルを起こさないための「生きた計算プロセス」を解説します。
Step 1: 必要風量 $Q$ の決定(法規+安全余裕+α)

風量を決める際、単に「有機則」や「特化則」の制御風速を守れば良いと考えていませんか? 実務では以下の3つの視点での検証が不可欠です。
(1) 法的要件(ベースライン)
局所排気装置の場合、フード形状に応じた制御風速($V_c$)から算出します。
$$ Q_{req} = 60 \times A \times V_c \times K $$
ここで重要なのが、係数 $K$(安全率)ではなく、「有効開口面の捉え方」です。バッフル板がある場合や、スリット状の吸い込み口の場合、単純な幾何学面積ではなく、実効流速が得られる面積で計算する必要があります。
(2) 濃度希釈(爆発・中毒防止)
プロセス排気(タンクベント等)の場合、制御風速という概念はありません。ここでは物質収支と安全限界が基準になります。
例えば、可燃性ガスを排気する場合、ダクト内濃度を爆発下限界(LEL)の25%以下に抑えるための希釈風量を計算します。
$$ Q_{dilution} = \frac{G \times (1 – S)}{L \times S} $$
- $G$: 可燃性ガスの発生量 ($\mathrm{m^3/min}$)
- $L$: LEL濃度 (vol fraction)
- $S$: 安全係数(例:0.25)
(3) イングラス(漏れ込み)への配慮
負圧運転の設備では、フランジやマンホールからの微小な空気の漏れ込み(イングラス)を無視できません。特に老朽化した設備では、計算値の +10% 程度が漏れ込みで消費されることもあります。
Step 2: 必要な圧力 $P$ の決定(密度補正とシステム抵抗)
ここが最も「エンジニアの実力の差」が出るポイントです。
(1) ベルヌーイの定理の落とし穴

圧損計算において、直管、エルボ、機器(フィルタ・スクラバー)の圧損を足し合わせるのは基本です。
$$ P_{req} = \Delta P_{duct} + \Delta P_{equip} + \Delta P_{hood} + \alpha $$
しかし、ここで意識すべきは「標準状態(Normal)」と「実運転状態(Actual)」の密度の違いです。
ファンメーカーの性能曲線(Q-Hカーブ)は、通常 $20^\circ\mathrm{C}, 1.2\mathrm{kg/m^3}$ の空気で描かれています。もし、あなたが扱うガスが $80^\circ\mathrm{C}$ の排ガスだったらどうなるでしょうか?
- 風量 $Q$ ($\mathrm{m^3/min}$): 温度が変わっても、ファンが吸い込む「体積」は変わりません。
- 圧力 $P$ ($\mathrm{kPa}$): 圧力は気体密度 $\rho$ に比例します。
$$ P_{act} = P_{std} \times \frac{\rho_{act}}{\rho_{std}} = P_{std} \times \frac{273+20}{273+t_{act}} $$
⚠️ 重要ポイント
高温ガスを扱う場合、必要な静圧を出すためには、常温換算でより高い圧力が出せるファンを選定しておかなければ、所定の風量が流れません。逆に、モーター出力は「コールドスタート(冬場の朝一など)」の最大密度で選定しないと、過負荷でトリップします。
(2) システム抵抗曲線の概念

圧損 $\Delta P$ は固定値ではありません。風量の二乗に比例します($\Delta P \propto Q^2$)。計算で出した $(Q, P)$ はあくまで一点です。
- フィルタが詰まった時: システム抵抗曲線が立ち上がり、風量が低下し、静圧が上昇する。
- ダンパを開けすぎた時: 抵抗が下がり、風量が増え、軸動力が増大する。
この「交点の移動」を予測し、サージング領域(不安定領域)に入らないかを確認するのがプロの設計です。
システム抵抗曲線シミュレーター
スライダーを動かして「抵抗係数」を変化させてください。
実践演習:ドラフトチャンバーのファン選定(Revision)

では、基礎知識を元に、実際の現場に近い条件で選定を行ってみましょう。今回はダクトの圧損計算も詳細に行います。
【演習条件】
- フード開口面積:$0.5 \, \mathrm{m^2}$
- 対象:有機溶剤(必要制御風速 $0.4 \, \mathrm{m/s}$)
- ダクトレイアウト:
- ダクト径 $\phi 200 \, \mathrm{mm}$ (亜鉛めっき鋼板ダクト)
- 直管長さ合計:$15 \, \mathrm{m}$
- 90度エルボ($R/D=1.5$):$4 \, \mathrm{個}$
- 吸い込みフード:スロット型(圧損係数 $\zeta_{hood}=0.5$)
- 機器圧損:スクラバー $150 \, \mathrm{Pa}$
- ★追加条件: 排気温度は常温。フィルタ目詰まりマージンとして $+50 \, \mathrm{Pa}$ を見込む。
【解答プロセス】
1. 風量計算
余裕率 $\alpha_{leak}$ を1.1(10%)とします。 $$ Q = 60 \times 0.5 \times 0.4 \times 1.1 = \mathbf{13.2 \, m^3/min} $$
2. ダクト内流速と動圧
ダクト断面積 $A_d = \pi \times (0.1)^2 = 0.0314 \, \mathrm{m^2}$ $$ V_{duct} = \frac{13.2}{60 \times 0.0314} \approx 7.0 \, \mathrm{m/s} $$
この時の動圧(Velocity Pressure, $P_v$)は: $$ P_v = \frac{\rho V^2}{2} = \frac{1.2 \times 7.0^2}{2} \approx 29.4 \, \mathrm{Pa} $$
3. 圧力損失の詳細計算
ここが重要です。見積もりではなく係数を用いて算出します。
① 直管の摩擦損失
管摩擦係数 $\lambda \approx 0.025$(亜鉛スパイラルダクトの目安値)と仮定します。 $$ \Delta P_{pipe} = \lambda \frac{L}{D} P_v = 0.025 \times \frac{15}{0.2} \times 29.4 \approx \mathbf{55 \, \mathrm{Pa}} $$
② エルボ等の局所損失
標準的なプレスエルボの損失係数 $\zeta_{el} \approx 0.3$ とします(4個分)。 $$ \Delta P_{elbow} = n \times \zeta_{el} \times P_v = 4 \times 0.3 \times 29.4 \approx \mathbf{35 \, \mathrm{Pa}} $$
③ フード損失(加速損+流入損) $$ \Delta P_{hood} = (1 + \zeta_{hood}) \times P_v = (1 + 0.5) \times 29.4 \approx \mathbf{44 \, \mathrm{Pa}} $$
4. 全静圧の積算
これらを合計し、機器圧損とマージンを加えます。
- ダクト系(直管+エルボ+フード):$55 + 35 + 44 = 134 \, \mathrm{Pa}$
- スクラバー:$150 \, \mathrm{Pa}$
- 目詰まりマージン:$50 \, \mathrm{Pa}$
$$ P_{req} = 134 + 150 + 50 = 334 \, \mathrm{Pa} $$
最後に設計マージン(10%)を乗せます。 $$ P_{design} = 334 \times 1.1 \approx \mathbf{367 \, \mathrm{Pa}} $$
【選定結果】
仕様: $13.2 \, \mathrm{m^3/min}$ at $0.37 \, \mathrm{kPa}$
ダクトの長さを考慮した結果、当初の簡易見積もりよりも必要な静圧が高くなりました。
この「+50Pa程度」の差が、現場では「なんか吸い込みが弱いな?」という違和感につながります。必ずレイアウト図から長さを拾って計算しましょう。
推奨機器:ターボファン(防爆モータ搭載)
実践演習:ファン選定シミュレーター
スライダーや数値を操作すると、リアルタイムで選定結果が更新されます。
実際の現場に近い条件で、ダクトの圧損計算を含めたファン選定を行います。
1. フード・風量条件
2. ダクトレイアウト条件
▼ 詳細係数・機器設定(クリックで展開・即時反映)
【選定結果】
必要なスペック
推奨機器:ターボファン(防爆モータ搭載)
※有機溶剤を使用するため防爆仕様を推奨
計算プロセス詳細
- 1. 必要風量 (Q): 0 m³/min
- 2. ダクト流速 (V): 0 m/s
- 3. 動圧 (Pv): 0 Pa
- 圧力損失の内訳
- ① 直管摩擦損: 0 Pa
- ② エルボ損: 0 Pa
- ③ フード損: 0 Pa
- ④ 機器+マージン: 0 Pa
- 合計必要静圧 (P_req): 0 Pa
- × 設計マージン 1.1 = 結果
ダクト長さを考慮した結果、簡易計算よりも圧損が増加している可能性があります。 この差が、現場での「吸い込みが弱い」トラブルにつながります。必ずレイアウト図から長さを拾って計算しましょう。
まとめ:計算書は「手紙」である
計算結果に一律20%のマージンを乗せて安心していませんか?
過大なマージンは、ダンパを絞り続ける無駄なエネルギー消費や、騒音の原因になります。
「なぜこの風量なのか」「どこで圧力が食われるのか」「最悪条件は何か」を計算書に残すこと。それが、将来の改造やトラブルシューティングを行う後輩への、エンジニアとしての「手紙」になります。
化学プラント大全 
