腐食対策は、適切な材料を選定するだけでは完結しません 。腐食の原因となるプロセス環境そのものを電気化学的・化学的に制御することで、設備の長寿命化を図る「防食技術」の適用が不可欠です 。
本章では、ボイラーや冷却水系、埋設配管などで標準的に用いられる「腐食抑制剤(インヒビター)」と「電気防食」のメカニズムについて深掘りします。
4.1 腐食抑制剤(インヒビター)の添加
腐食抑制剤(インヒビター)とは、腐食環境中に微量添加することで、金属表面に保護被膜を形成したり反応を阻害したりする化学物質のことです 。主にボイラー水系や冷却水系のような閉鎖・半閉鎖系で多用されます 。
4.1.1 アノード型インヒビター
- 金属表面を酸化させ、緻密な不動態皮膜の形成や修復を促進します 。
- 代表的な物質には、亜硝酸塩、クロム酸塩、モリブデン酸塩などがあります 。
- 注意点: 極めて効果が高い一方で、添加濃度が不足すると、皮膜の不完全な部分に腐食が集中し、局部腐食(孔食)をかえって促進するリスクがあるため、厳格な濃度管理が求められます 。
4.1.2 カソード型インヒビター
- カソード反応(酸素還元反応など)を抑制する被膜(水酸化物や炭酸塩)を析出させます 。
- ポリリン酸塩や亜鉛塩などがこれに該当します 。
4.1.3 吸着型インヒビター
- 金属表面に有機分子が吸着し、腐食因子である水や酸素との接触を物理的にブロックします 。
- 有機アミン類などが代表的で、石油精製プロセスや設備の酸洗浄時によく使用されます 。
4.2 電気防食(Cathodic Protection)
腐食はアノード反応とカソード反応が対となって進む電気化学反応です 。電気防食は、外部から電流を操作して金属の電位を「防食域」に維持することで、この反応を停止させる技術です 。
4.2.1 流電陽極法(犠牲陽極法)
- 鉄よりもイオン化傾向が大きく「卑な」金属(亜鉛、マグネシウム、アルミニウム合金など)を対象物に電気的に接続します 。
- 接続された金属が「犠牲」となって自ら溶解し、対象物(鉄など)に防食電流を供給することで腐食を止めます 。
- メリット: 外部電源が不要で管理が容易なため、海水系の熱交換器水室、埋設配管、タンク底板の外面防食などに広く用いられます 。
4.2.2 外部電源法
- 直流電源装置を用い、不溶性電極(チタン白金メッキ電極など)から防食電流を強制的に流し込みます 。
- メリット: 防食電流の調整が自在であり、大規模なパイプラインやプラント全域の地下配管網など、大容量の電流が必要な場合に適しています 。
第4章のまとめ
プロセス環境の制御は、材料選定と並ぶ防食の柱です。
- インヒビターは「濃度管理」が命: 特にアノード型インヒビターを用いる場合、濃度不足が孔食を誘発する恐れがあるため、日常的な水質分析と連動した管理が不可欠です。
- 電気防食による「見えない部分」の保護: 地下埋設配管やタンク底板、熱交換器内部など、点検が困難な部位に対して、流電陽極法や外部電源法は非常に有効な延命策となります。
- 適材適所の方式選択: 電源の有無や対象設備の規模、周囲の環境(土壌抵抗や海水の有無)を考慮し、最適な防食方式を選定するエンジニアリングセンスが問われます。
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