【詳細記事】耐食材料の選定戦略と表面処理技術

腐食対策の根幹は、プロセス条件(温度、圧力、濃度、流速など)に適合した適切な材料を選定することにあります 。しかし、あらゆる環境に耐えうる「万能な材料」は存在せず、また耐食性が高い材料は総じて高価です 。

本章では、経済性(Life Cycle Cost)と信頼性のバランスを考慮した、実践的なエンジニアリング視点での材料選定戦略を解説します 。


3.1 金属材料のヒエラルキーと適用ガイドライン

化学プラントで使用される主要な金属材料は、その耐食性とコストに応じて階層化(ヒエラルキー化)されています 。

材料カテゴリー代表鋼種特性・適用環境のポイントコスト
炭素鋼SS400, SGP, STPG一般構造用。水や油のほか、不動態化を利用して高濃度の硫酸にも使用されます。腐食代を見込む設計が基本です 。
汎用ステンレス鋼SUS304, SUS316L耐酸性・耐候性に優れ、硝酸等の酸化性酸に適します。ただし、塩化物環境(孔食・SCC)には脆弱なため注意が必要です。Lグレードは粒界腐食対策材です 。
二相ステンレス鋼SUS329J4L, S31803オーステナイトとフェライトの混合組織です。高強度で、特に塩化物SCCに対する抵抗性が汎用ステンレスより格段に高いのが特徴です 。中〜高
高耐食ステンレスSUS310S, 904L高温耐酸化性や、海水環境での耐孔食性を強化したスーパーオーステナイト鋼などが含まれます 。
ニッケル基合金ハステロイ (C-276), インコネルC-276は塩酸、硫酸、湿潤塩素ガス等の極めて過酷な環境での標準材です。インコネルは高温強度と耐酸化性に優れ、熱交換器等に用いられます 。非常に高い
反応性金属チタン (Ti), ジルコニウム (Zr)チタンは海水や酸化性酸に極めて強いですが、還元性酸(塩酸・硫酸)には弱いです。ジルコニウムは高温高濃度の酸プロセスで威力を発揮します 。非常に高い

3.2 非金属材料の活用:樹脂・セラミックスの可能性

金属材料では対応が困難な強酸・強アルカリ環境、あるいはコスト低減が求められる場面では、樹脂やセラミックスが主役となります 。

  • フッ素樹脂 (Fluoropolymers): PTFEやPFAは、ほぼ全ての化学薬品に対して不活性であり、最高260°C程度の耐熱性を持ちます 。配管のライニングやガスケットに不可欠な素材です 。
  • FRP (Fiber Reinforced Plastics): ガラス繊維等で強化されたプラスチックです 。軽量かつ耐酸・耐アルカリ性に優れ、大型タンクやスクラバーに使用されます 。金属のような錆が発生しないため、メンテナンスフリー化に寄与します 。
  • セラミックス: ジルコニアやアルミナは、耐食性と極めて高い耐摩耗性を兼ね備えています 。粉体輸送配管やポンプのメカニカルシール、センサー部品などで活用されています 。

3.3 表面処理技術:ライニングとコーティングの使い分け

高価な耐食材料を構造体全体に使用するとコストが膨大になります。そこで、安価な炭素鋼を母材とし、接液部のみを耐食材料で保護する複合化技術が広く採用されています 。

3.3.1 ライニング (Lining)

シート状または数mm以上の厚膜保護層を形成する技術です 。

  • グラスライニング: 金属内面にガラス質を焼き付けたものです 。耐酸性と清浄性に優れ、医薬・ファインケミカルのバッチ反応釜で標準的に使用されます 。
  • ゴムライニング: 天然ゴムや合成ゴムを貼り付けます 。塩酸貯槽や排煙脱硫装置などで多くの実績があります 。
  • 樹脂ライニング: フッ素樹脂シートの内張りや回転成形(ロトライニング)により、耐食性と耐浸透性を両立させます 。

3.3.2 コーティング (Coating)

数十〜数百μmの薄膜を形成する技術です 。

  • 防食塗装: 外面腐食防止を目的とし、エポキシ系やウレタン系塗料が多用されます 。
  • フッ素樹脂コーティング: 耐食性に加え、非粘着性を付与します 。スケール付着防止や洗浄性向上のため、熱交換器や攪拌翼に適用されます 。

第3章のまとめ

適切な材料選定と表面処理は、プラントの寿命と安全性を左右する「戦略的投資」です。

  1. 環境に応じた「適材適所」: 強酸化性にはチタン、還元性酸や過酷な環境にはハステロイ、SCCリスクには二相ステンレスといった、各材料の「得意・不得意」を理解することが基本です 。
  2. 金属と非金属のハイブリッド: 接液条件によっては、金属よりも樹脂(PFA等)やセラミックスの方が優れた耐久性と経済性を示すケースが多くあります 。
  3. 表面処理によるコスト最適化: 全体を変えるのではなく、接液部のみをライニングで保護するアプローチにより、信頼性とコスト抑制の両立を図ります 。

参考文献・リンク