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生物反応器|ゆっくり育てると収率そのものが落ちる

ゆっくり育てると収率が落ちる

※本記事の参考文献には、Amazonアソシエイトのリンク(アフィリエイト広告)を含みます。

化学反応なら、時間をかければ反応率は上がります。逐次反応のように途中で止めたい場合を除けば、待てば待つだけ進む。

培養は違います。ゆっくり育てると、収率そのものが落ちます。

菌は生きているので、増えなくても食べているからです。

この記事は反応器シリーズ「その他の不均一系と特殊反応器」の1本です。全体像は反応器と反応工学の全体像にまとめています。

この記事の結論

  • 増殖速度はMonod式で表す。基質を足してもすぐ頭打ちになる
  • 基質は増殖だけでなく細胞の維持にも消費される
  • だからゆっくり育てるほど収率が落ちる。1/Y = 1/Y* + m/μ
  • しかも基質を濃くしすぎると阻害で逆に遅くなる

1. Monod式|見た目は吸着等温式と同じ

菌体の増殖速度は比増殖速度 μ(単位菌体あたりの増殖速度、単位は 1/h)で表します。μ を基質濃度 CS で表したのがMonodの式です。

μ = μmax·CS / (KS + CS)

μmax最大比増殖速度。基質が十分あるときの比増殖速度
KS飽和定数。μmax1/2 の比増殖速度を与える基質濃度

形を見てください。Langmuir-Hinshelwood型の速度式とそっくりです。「席が埋まっていく」型の式は、触媒でも菌でも同じ形になります。

基質を足す投資は早々に頭打ちになる

この形が持つ実務的な意味は、基質を濃くしても効かなくなるということです。式から μ/μmax を計算するとこうなります。

CS / KS125102050
μ / μmax50%67%83%91%95%98%

KS の10倍まで入れれば91%。そこから5倍に増やしても95%にしかなりません。基質濃度は「KS の何倍か」で見るもので、絶対値で議論しても意味がない。

そして、この先にはもっと悪いことが待っています。

2. 濃すぎると遅くなる|阻害

文献はこう書いています——菌体は、グルコースなどの基質が過剰に存在する場合や、エタノールや乳酸のような代謝産物の濃度がある限界値を越えるときに、その増殖に阻害を受けることが多い。

阻害を組み込んだ式は2種類あります。

基質阻害μ = μmaxCS / (KS + CS + CS2/Ki)分母にCS2の項が入る。濃くすると下がる
代謝産物阻害μ = μmaxCS / [(KS+CS)(1+CP/KP)]産物 CP が溜まるほど遅くなる

基質阻害の式には最大点があります。CS を上げていくと μ が上がり、途中から下がる。最適な基質濃度が存在するということです。

この2つが、培養の運転方式を決めています。

基質阻害がある最初に全部入れず、少しずつ足す流加培養(フェドバッチ)
産物阻害がある溜まった産物を抜く連続培養、膜分離との組合せ

フェドバッチという運転方式は、基質阻害の式の形から直接出てくる設計です。反応工学としてはこれは半回分反応器そのもの——危険なものを溜めないために、少しずつ入れるという発想と同じ構造です。

3. 増えていなくても食べている|維持項

ここからが、化学反応との決定的な違いです。

文献の言い方はこうです——基質は増殖だけでなく、細胞機能の維持のためにも消費される。

式にすると、基質の消費速度が2つの項に分かれます。

−rS = (1/Y*)·rX + m·CX

第1項(1/Y*)·rX増殖に使う分。増殖速度に比例
第2項m·CX維持に使う分。菌体量にだけ比例し、増殖速度によらない

第2項に増殖速度が入っていないのがポイントです。菌がいる限り、増えていようがいまいが、一定の割合で基質が消えていく。

これは「アイドリング」です。止まっていても燃料を食う。化学反応にはこんな項はありません。反応物は反応しない限り減らない。

4. ゆっくり育てると収率が落ちる

Monod曲線と、ゆっくり育てたときの収率低下

この維持項が、収率に効いてきます。文献は2つの収率を区別します。

Y*(真の増殖収率)増殖に使った基質あたりの菌体収率。菌の性質で決まる定数
Y(総括の増殖収率)消費した基質全部あたりの菌体収率。実際に測れる値

2つの関係が次の式です。

1/Y = 1/Y* + m/μ

右辺の第2項に注目してください。μ が分母にいます。

ゆっくり育てる(μ が小さい)ほど m/μ が大きくなり、Y が下がる。

どれくらい落ちるのか

数字で見ないと実感が湧かないので、計算してみます。Y* = 0.50、m = 0.04 kg-基質/(kg-菌体·h) として(好気培養でよく使われる程度の値)、

μ [1/h]倍化時間YY / Y*
0.401.7 h0.47695%
0.203.5 h0.45591%
0.106.9 h0.41783%
0.0513.9 h0.35771%
0.0234.7 h0.25050%
0.0169.3 h0.16733%

倍化時間が35時間まで落ちると、基質の半分が維持に消えます。同じ量の原料から、菌体が半分しか取れない。

式を整理すると、μ = m·Y* のとき Y はちょうど Y*/2 になります。上の例では 0.04 × 0.50 = 0.02 /h。表の値と一致します。m·Y* が「これより遅く育てると半分損する」境目ということです。

逆算もできます。

  • Y を Y* の90%に保つには μ ≧ 0.18 /h(倍化時間 3.9時間以内
  • Y を Y* の80%に保つには μ ≧ 0.08 /h(倍化時間 8.7時間以内

維持に消える割合そのものも出せます。m/(μ/Y* + m) で、μ = 0.40 なら4.8%、μ = 0.10 なら16.7%、μ = 0.02 なら50%

維持定数 m が小さければ Y ≒ Y* と扱えます。m を測ることが、その菌をどれくらいの速さで育てるべきかを決める。

5. 設計にどう効くか

この章で見てきた反応系の中で、培養だけが「速くやるほど得」という性質を持っています。

普通の反応時間をかけると反応率が上がる。装置を大きくすれば有利
培養時間をかけると収率が落ちる。速く回すほど有利

連続培養(ケモスタット)で希釈率を上げるのは、生産速度を上げるためだけでなく収率を守るためでもある、ということです。

ただし速くするには基質を濃くしなければならず、濃くすると阻害が出る。阻害を避けながら μ を高く保つ——これが流加培養の目的です。

ハードウェアの制約もあります。速く育てるほど酸素供給除熱が要る。菌の増殖速度は、たいてい酸素の物質移動で頭打ちになります。μ を決めているのは式ではなく通気撹拌の能力だ、という場面が多い。

だから生物反応器の設計は、結局「酸素をどれだけ入れられるか」に帰着します。第4章の撹拌動力と、この章の気液反応が、そのまま効いてくる領域です。

まとめ

菌の増殖速度はMonod式で表され、飽和定数 KS の10倍まで基質を入れれば最大速度の91%に達します。それ以上入れても伸びず、むしろ基質阻害や産物阻害で遅くなる。だから流加培養や連続培養という運転方式が出てきます。そして培養に固有なのが維持項で、基質は増殖だけでなく細胞の維持にも消費されます。1/Y = 1/Y* + m/μ という式から、ゆっくり育てるほど収率が落ちることが読めます。Y* = 0.50、m = 0.04 なら、倍化時間35時間で基質の半分が維持に消える。μ = m·Y* が「これより遅いと半分損する」境目です。時間をかけると収率が落ちる反応系というのは、化学反応にはない性質で、生物反応器を速く回す理由になっています。

この記事で第6章は終わりです。次の章では、ここまでの内容を実際に装置を選ぶ手順にまとめます。

参考文献

  • 橋本健治『反応工学 改訂版』培風館, 第12章「バイオ反応と反応装置」(Monod式、阻害を含む速度式、基質消費速度と維持項、式12・9〜12・12) Amazonで見る
  • 化学工学会編『化学工学便覧 改訂五版』丸善, 第27章「生物化学反応」 最新版をAmazonで見る