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「反応率98%まで進みました」と報告されたら、良い知らせに聞こえます。
ところが同じ反応器で、欲しい製品の収率が1.8%ということが起こります。原料はほぼ全部消えたのに、製品はほとんど無い。副生成物になってしまったからです。
これが反応率と収率と選択率を区別しなければならない理由です。
3つの用語
- 反応率 xA:仕込んだAのうち反応した割合
- 収率 YR:仕込んだAのうち目的物Rになった割合
- 選択率 SR:消えたAのうち目的物Rになった割合
- 関係は YR = xA · SR。分母が「仕込んだA」か「消えたA」かの違い
先に注意を1つ。文献はこう釘を刺しています——収率・選択率という術語の定義は統一されていないので注意が必要である、と。この記事では反応工学の標準的な定義を使いますが、社内資料や海外文献を読むときは必ず定義を確認してください。「選択率90%」が何を指しているかは、書き手によって違います。
1. 3つの定義

Aを限定反応成分、Rを希望生成物とします。AとRの関係を A ⋯→ νRR と書き、νR を総括的な量論係数と呼びます。
νR は途中経路をたどって決めます。たとえば
- A + B → 2P
- P + C → 2R
なら、Aの1 molが最終的にRの4 molに対応するので νR = 4 です。
| 定義 | 式(回分) | |
| 収率 YR | 反応開始時に存在したAのうち、Rに転化した割合 | (nR − nR0) / (νR nA0) |
| 選択率 SR | 反応によって消失したAのうち、Rに転化した割合 | (nR − nR0) / (νR(nA0 − nA)) |
| 空時収量 PR | 反応器の単位体積あたりのRの生産速度 | (FR − FR0) / V |
収率と選択率の分子は同じで、分母だけが違います。
- 収率の分母 … 仕込んだA(未反応分も含む)
- 選択率の分母 … 消えたA(未反応分は除く)
だから割り算すれば YR = xA · SR になります。この1行がこの記事の骨格です。
2. どちらを見るべきか|未反応原料を回収できるか
収率と選択率、どちらを設計の指標にするか。答えは「未反応原料を回収して戻せるかどうか」で決まります。
| 未反応原料を… | 効いてくるのは | 理由 |
| 回収して循環できる | 選択率 | 未反応分は戻せば損にならない。副生成物になった分だけが本当の損失 |
| 回収できない・捨てる | 収率 | 未反応分も副生成物も同じ損失 |
リサイクル反応器でアンモニア合成の1回通し転化率が十数%でも成立するのは、この構図です。選択率がほぼ100%だから、反応率が低くても構わない。
逆に、副生成物ができる系で回収設備が無ければ、反応率を上げるほど損が増えることになります。
3. 収率には最大値がある
いちばん分かりやすい例が逐次反応です。
A →(k1)→ R →(k2)→ S
Rが欲しいのに、Rは放っておくとSに変わってしまう。反応を進めすぎると目的物が消える。部分酸化、部分水素化、多段のアルキル化——工業反応にはこの形が非常に多い。
両方1次として計算してみます。κ = k2/k1 が「Rが壊れる速さ ÷ Rができる速さ」です。
| κ = k2/k1 | 最大収率 | そのときの反応率 | そのときの選択率 |
| 0.1(Rは壊れにくい) | 77.4% | 92.3% | 83.9% |
| 0.5 | 50.0% | 75.0% | 66.7% |
| 1.0 | 36.8% | 63.2% | 58.2% |
| 2.0 | 25.0% | 50.0% | 50.0% |
| 10(Rはすぐ壊れる) | 7.7% | 22.6% | 34.3% |
κ が反応の上限を決めています。κ = 10 の系では、どんなに反応器を工夫しても収率7.7%を超えられない。装置の問題ではなく反応そのものの性質です。
だから収率が足りないときにまず疑うべきは装置ではなく κです。触媒を変える、温度を変える、溶媒を変える——k2/k1 を動かせる手を探すほうが先です。
4. 反応率98%で収率1.8%
冒頭の話に戻ります。κ = 2 の系で、反応時間を延ばしていくとどうなるか。
| k1t | 反応率 | 収率 | 選択率 |
| 0.10 | 9.5% | 8.6% | 90.5% |
| 0.30 | 25.9% | 19.2% | 74.1% |
| 0.69 | 50.0% | 25.0% ← ピーク | 50.0% |
| 1.00 | 63.2% | 23.3% | 36.8% |
| 2.00 | 86.5% | 11.7% | 13.5% |
| 4.00 | 98.2% | 1.8% | 1.8% |
反応率は最後まで上がり続けるのに、収率は途中で折り返して落ちていきます。選択率が下がるからです。
この表が示している実務上の教訓は3つあります。
- 「反応率が高い」は褒め言葉とは限らない。逐次反応では反応率98%は失敗の徴候
- 反応率だけを監視していると異常に気づけない。収率か選択率を見る必要がある
- 滞留時間が延びる異常は収率を殺す。流量が落ちた、槽に死容積ができた——どれも空間時間を延ばす方向に働く
3つ目はCSTRとPFRの選択にも直結します。CSTRには滞留時間の分布があり、長く留まった分子はSまで進んでしまう。逐次反応で目的物が中間体のときにPFRが好まれるのは、この理由です。
5. 空時収量|「小さい反応器で作れるか」
収率も選択率も物質の割合の話で、時間も装置の大きさも入っていません。そこを補うのが空時収量です。
PR = (Rの生産速度)÷(反応器の体積)
単位は kmol/(m³·h) など。同じ量を作るのに反応器がどれだけ要るかを表すので、投資額に直結します。
ここで先ほどの表を読み直すと、悩ましいことが分かります。
- 選択率を上げたいなら反応を浅くする(k1t = 0.1 で選択率90.5%)
- しかし浅くすると1回で取れる量が減るので、同じ生産量には大きな反応器と大きな回収設備が要る
選択率と空時収量はトレードオフです。どこで折り合うかは、原料の値段と設備費と分離コストの比較で決まる。反応工学だけでは決まりません。
ただし判断の順序は決まっています。まず κ を動かせないか探し、動かせないと分かってから運転点の最適化に移る。κ が悪いまま運転条件をいじっても、上限は上がりません。
まとめ
反応率は「Aが消えた割合」、収率は「仕込んだAのうち目的物になった割合」、選択率は「消えたAのうち目的物になった割合」で、YR = xA·SR の関係があります。定義は文献によって統一されていないので、他人の資料を読むときは必ず確認してください。未反応原料を循環できる系では選択率が、できない系では収率が効きます。逐次反応 A→R→S では収率に最大値があり、その上限は κ = k₂/k₁ で決まってしまうので、収率不足はまず反応そのものを疑うべきです。κ=2 の系では反応率98.2%のとき収率1.8%——反応率が高いことは良い知らせとは限りません。そして選択率と空時収量はトレードオフで、どこで折り合うかは原料費・設備費・分離コストの比較になります。
次の記事:定常状態近似と律速段階近似|複雑な機構を1本の速度式にする
参考文献
- 橋本健治『反応工学 改訂版』培風館, 第6章 6・1「複合反応の量論関係」・6・2「収率,選択率,空時収量」 Amazonで見る
- 化学工学会編『化学工学便覧 改訂五版』丸善, 第3章「化学反応速度」 最新版をAmazonで見る
化学プラント大全 
