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スケールアップの罠|P/V・翼端速度・Re は同時に保てない

3つは同時に保てない

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ラボの5リットルで完璧に回っていた反応が、5 m³ の実機で出ない。

反応式は同じ、原料も触媒も同じ、温度も同じ。違うのは大きさだけ。それなのに結果が変わる——スケールアップの難しさはここにあります。

この記事の結論

  • 相似のまま大きくすると、P/V・翼端速度・Re は同時に保てない
  • Re を保つと単位体積動力が1万分の1になる。実質かき混ざらない
  • P/V を保つと軸動力が体積と同じ倍率で増える(10倍で1000倍)
  • 混合・伝熱ならP/V、液滴や気泡の大きさなら翼端速度を守る

1. なぜ大きさだけで変わるのか

スケールアップで何を捨てるか

反応そのものは大きさに無関係です。分子は自分が何リットルの容器にいるかを知りません。

変わるのは反応以外のすべてです。

寸法を s 倍にするとs = 10 なら
体積・仕込み量・発熱量s³ 倍1000倍
伝熱面積s² 倍100倍
体積あたりの伝熱面積1/s 倍1/10
混ざるのに必要な距離s 倍10倍

除熱の記事で見た「発熱は3乗、除熱は2乗」がここでも効きます。そして混ざるのに必要な距離も伸びる。

つまりスケールアップで悪化するのは、熱と物質を運ぶ能力です。反応が速い系ほど、この「運ぶ」側が追いつかなくなる。

2. 何を一定に保つか

スケールアップの基本は幾何相似——形を変えずに寸法だけ拡大する——です。しかし形を保っても、運転条件をどう決めるかが残ります。

候補は3つあります。

P/V単位体積あたりの撹拌動力混合の激しさ、伝熱、気泡の分散
翼端速度 nd翼の先端の速さ最大せん断。液滴・気泡・結晶の大きさ
Re = ρnd²/η撹拌レイノルズ数流動状態そのもの

どれも「同じ撹拌状態を再現する」ための基準として筋が通っています。問題は、3つを同時に保てないことです。

3. 指数で見ると身も蓋もない

前の記事のとおり、乱流域では動力数が一定なので

P = NP·ρ·n³·d⁵ 、 V ∝ d³ なので P/V ∝ n³d²

この関係から、何を一定にするかで回転数の決め方が決まり、他の量が自動的に動きます。翼径 d を s 倍にしたとき、各量が s の何乗になるかを並べます。

保つもの回転数 nP/V翼端速度Re軸動力 P
P/V 一定−0.670+0.33+1.33+3.00
翼端速度 一定−1.00−1.000+1.00+2.00
Re 一定−2.00−4.00−1.000−1.00
回転数 一定0+2.00+1.00+2.00+5.00

指数のままでは実感が湧かないので、翼径を10倍(体積1000倍)にしたときの実際の倍率にします。

保つもの回転数P/V翼端速度Re軸動力
P/V 一定0.215倍12.15倍21.5倍1000倍
翼端速度 一定0.1倍0.1倍110倍100倍
Re 一定0.01倍1/100000.1倍10.1倍
回転数 一定1100倍10倍100倍10万倍

この表がスケールアップの本質です。1行ずつ読みます。

Re を保つのは論外

単位体積あたりの動力が1万分の1になります。

Re は流動状態を決める数だから保ちたくなる——気持ちは分かりますが、結果として実質的にかき混ざらない槽ができます。軸動力に至っては元の1/10で済んでしまう。「省エネになった」のではなく「撹拌をやめた」のです。

幸い、実務ではこれは大きな問題になりません。乱流域では Re が変わっても流動パターンはほとんど変わらないからです。前の記事で見たとおり、Re が 10⁴ を超えれば動力数は定数になり、それ以上 Re を上げても状態は変わらない。Re は保つ必要がない量です。

回転数を保つのは不可能

逆方向の極端です。軸動力が10万倍。5リットルの槽で100 W だったものが、5 m³ で10 MW になります。当然できません。

「ラボと同じ回転数で回せばいい」という発想が通用しないことが、指数で一発で分かります。

現実的なのは P/V か翼端速度

残る2つが実際の選択肢です。

P/V を保つ軸動力が体積と同じ倍率で増える(1000倍)。大型槽では動力の上限にぶつかる
翼端速度を保つP/V が1/10に落ちる。せん断は同じだが混合は鈍る

どちらを選ぶかは、その反応で何が効いているかで決まります。

守りたいもの基準
濃度・温度の均一さ、混合時間P/V
ジャケットや内部コイルの伝熱係数P/V
気泡径・液滴径(気液反応、液液反応)翼端速度
結晶の破砕、細胞へのダメージ翼端速度
固体の懸濁(沈まないこと)別の基準(沈降速度との比較)が要る

言い換えれば、「平均が効く仕事」なら P/V、「最大が効く仕事」なら翼端速度です。混合や伝熱は槽全体の平均的な激しさで決まり、粒子の破砕は翼先端という最も過酷な場所で決まります。

4. 撹拌以外の罠

撹拌の基準を決めても、まだ終わりません。大きくすると別のものが顔を出します。

除熱は必ず苦しくなる

P/V を保っても、体積あたりの伝熱面積は 1/s で減ります。撹拌を同じにしても、除熱の余裕は確実に減る。

だから断熱温度上昇多重定常状態の検討は、実機のスケールでやり直さなければなりません。ラボで安全だったから実機でも安全、とは言えない。多重定常状態の記事で見たとおり、除熱能力 κ が下がれば運転点が3つになり、着火が起こりうるようになります。

律速段階が入れ替わる

ラボで反応律速だったものが、実機で物質移動律速になることがあります。

律速段階の記事で見た7つの過程を思い出してください。混合が鈍れば、化学反応より前の「運ぶ」過程が遅くなる。そうなると温度を上げても触媒を良くしても効きません。

「ラボと同じ速度式が実機で合わない」ときは、まず律速段階が変わっていないかを疑ってください。

流れが理想でなくなる

短絡と死容積は大きい装置ほど出やすい。ラボでは隅まで混ざっていたものが、実機では取り残される。

槽列モデルで見たとおり、同じ体積・同じ触媒でも混ざり方だけで反応率が75.6%と95.5%に分かれます。「反応が悪い」と思っていたものが、実は流れの問題だったということが起こります。

5. 実務でどう進めるか

  1. 何が律速しているかを先に決める。反応か、混合か、伝熱か、物質移動か
  2. それに応じて守る基準を1つ選ぶ(P/V か 翼端速度か)
  3. 捨てる量が許容範囲か確かめる。P/V を保つなら翼端速度が2.15倍になる。結晶は壊れないか
  4. 除熱を実機スケールで計算し直す。ΔTad、UAΔT、多重定常状態
  5. 中間スケール(ベンチ・パイロット)を挟む。1000倍を一度に飛ばない
  6. 試運転でRTDを測る。健全時のデータを残しておく

5番目が地味に効きます。10倍を3回のほうが、1000倍を1回より安全です。各段階で何が効いているかを確かめられるからです。

そして最後に、スケールアップを楽にする最良の手は上流にあります。希釈して発熱を下げる、半回分にして発熱速度を自分で決める、連続化して保有量を減らす。装置で無理を吸収するより、そもそも無理をさせないほうが確実です。

まとめ

幾何相似のままスケールアップすると、P/V・翼端速度・Re は同時に保てません。Re を保つと単位体積動力が1万分の1になって実質かき混ざらず、回転数を保つと軸動力が10万倍になって不可能。現実的な選択肢は P/V か翼端速度で、混合や伝熱のように平均が効く仕事なら P/V、粒子の破砕のように最大が効く仕事なら翼端速度を守ります。ただし P/V を保っても体積あたりの伝熱面積は 1/s で減るため、除熱は必ず苦しくなり、多重定常状態の検討を実機スケールでやり直す必要があります。律速段階が入れ替わること、短絡や死容積が出やすくなることも大きな装置に特有の罠です。中間スケールを挟み、試運転時にRTDを取り、そして何より上流(希釈・半回分・連続化)で無理を減らしておくことが効きます。

これで第4章「現実の反応器」は終わりです。次章では触媒反応と固定層を扱います。

参考文献

  • 化学工学会編『化学工学便覧 改訂五版』丸善, 第20章「撹拌・捏和」(動力数と撹拌レイノルズ数、図20・8) 最新版をAmazonで見る
  • 小宮山宏『反応工学 反応装置から地球まで』(律速過程の見極め、除熱設計) Amazonで見る
  • 橋本健治『反応工学 改訂版』培風館, 第7章「非等温反応系の設計」・第8章「流通反応器の流体混合」 Amazonで見る