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反応器の熱設計で最初に計算すべき数字が1つあります。断熱温度上昇 ΔTadです。
「もし除熱がまったく効かなかったら、この反応器は何度まで上がるか」。この1つを出せば、その反応が扱える系なのか、そもそも扱ってはいけない系なのかが分かります。
この記事の結論
- ΔTad = CA0(−ΔHR) / (ρ·cpm)。到達温度は T0 + ΔTad·xA
- これは除熱ゼロのときの温度。設備が止まったときに何が起きるかの上限
- 分解温度・沸点・材料の使用限界と比べるための1つの数字
- 濃度を下げれば ΔTad は下がる。希釈は最も確実な安全対策になる
1. 反応熱はどこへ行くのか

発熱反応では、反応が進むと熱が出ます。その熱の行き先は2つしかありません。
- 外に捨てる(除熱)
- 中身の温度を上げる(蓄熱)
除熱をゼロにすれば、出た熱は全部が温度上昇になります。これが断熱の状態です。
反応工学の教科書では、断熱反応について次の関係が導かれています。
T − T0 = −ΔHR(T0)·xA / (ΣθjC̄pj + ΔC̄pxA)
ごちゃごちゃして見えますが、分母の第2項(反応による熱容量の変化)は多くの場合小さいので、実務では次の形で十分です。
ΔTad = CA0(−ΔHR) / (ρ·cpm)
そして反応率 xA まで進んだときの温度は
T = T0 + ΔTad · xA
分子は「出る熱」、分母は「温めるべき中身の熱容量」。割り算1つです。
反応熱そのものは、生成エンタルピーの差から出せます。ヘスの法則と生成エンタルピーで扱っているとおりです。
2. 数字で見る
ΔTad = 400 K の系(入口 300 K)を例にとります。
| 反応率 xA | 上がる温度 | 到達温度 |
| 20% | 80 K | 380 K(107℃) |
| 50% | 200 K | 500 K(227℃) |
| 90% | 360 K | 660 K(387℃) |
| 100% | 400 K | 700 K(427℃) |
この表の使い方はこうです。
- 製品が150℃で分解するなら、反応率25%あたりで分解温度に届く。除熱が数分止まっただけで製品が壊れる
- 溶媒の沸点が80℃なら、反応率10%で沸騰が始まる。圧力が上がる
- 装置の設計温度が200℃なら、反応率50%を超えたところで設計条件を外れる
ΔTad は「事故が起きたらどこまで行くか」を教えてくれます。設計値でも運転値でもなく、最悪値です。
3. ΔTad を下げる唯一の実務的な手
式を見れば、下げる方法は限られています。
| 操作 | 効果 | 実務での可否 |
| 反応熱 −ΔHR を小さくする | 比例して下がる | 不可。反応そのものの性質 |
| 初濃度 CA0 を下げる(希釈) | 比例して下がる | 可能。溶媒を増やす |
| 熱容量 ρ·cpm を上げる | 反比例で下がる | 限定的。溶媒の選択で多少 |
実質的に効くのは希釈だけです。濃度を半分にすれば ΔTad も半分になる。
そしてこれは設備に依存しない安全対策だという点が重要です。
- ジャケットの冷却水が止まっても、ΔTad が分解温度より低ければ暴走しない
- 停電しても、撹拌が止まっても、計器が壊れても効き続ける
安全工学でいう本質安全そのものです。「守る設備を足す」のではなく「危険の大きさそのものを下げる」。
代償は生産性です。薄めれば同じ量を作るのに大きな反応器と長い時間が要る。ΔTad と生産性のトレードオフが、濃度を決める判断になります。
4. 「蓄積」を忘れない
ΔTad を使うときに、実務で最も間違えやすい点があります。
xA に何を入れるかです。
半回分操作で滴下しているとき、器内に存在する未反応の反応物はごくわずかなはずです。だから「事故が起きても、そのわずかな分しか反応しない」——と考えたくなる。
しかしそれは反応がちゃんと進んでいる場合の話です。反応が始まっていない状態で滴下を続けていれば、入れた分がそのまま器内に溜まっています。そこで何かのきっかけで反応が始まれば、溜まった分の ΔTad が一気に出る。
だから熱の評価では、次の2つを分けて考えます。
| 見るもの | 意味 |
| 全量が反応したときの ΔTad | 系の潜在的な熱量の上限。仕込み全量が対象 |
| その瞬間に蓄積している未反応分の ΔTad | いま事故が起きたら実際に出る熱。滴下中はここが動く |
半回分の運転設計とは、要するに2つ目をできるだけ小さく保つ操作です。滴下速度を除熱能力に合わせるのは、蓄積を増やさないためでもあります。
5. 反応熱は温度で変わる
細かい話ですが、精度が要るときに効きます。
反応熱 ΔHR は温度の関数で、生成物と反応物の熱容量の差 ΔCp によって変わります。基準温度 T0 での値しか手元にないなら、それが何度での値かを必ず確認する。
200 K も温度が動く系では、ΔCp の効果が無視できないことがあります。冒頭の式の分母に ΔC̄pxA が入っているのはこのためです。
とはいえ当たりを付ける段階では無視してよい。ΔTad は「400 Kか、40 Kか」という桁を見る数字なので、数%の補正で判断が変わることはまずありません。精度より先に、まず計算することのほうが大事です。
6. この1つから何が決まるか
| ΔTad と限界温度の関係 | 設計の向き |
| ΔTad が分解温度に届かない | 本質的に安全。除熱は品質のためであって安全のためではない |
| ΔTad が沸点に届く | 還流冷却が使える。沸点が温度の上限を作ってくれる |
| ΔTad が分解温度を大きく超える | 希釈・半回分・圧力放出を組み合わせる。除熱だけに頼らない |
2行目が面白いところです。沸騰は温度の上限を作ります。溶媒が沸き始めれば、それ以上は温度が上がらず潜熱として熱を逃がしてくれる。ΔTad が沸点に届く系は、実は扱いやすいのです。
逆に沸点まで遠く、分解温度は近い系がいちばん厄介です。温度を止めてくれるものが何もない。
まとめ
断熱温度上昇 ΔTad = CA0(−ΔHR)/(ρ·cpm) は、除熱がゼロのときにどこまで温度が上がるかを表す最悪値です。これを分解温度・沸点・設計温度と比べれば、その系が本質的に安全かどうかが判断できます。下げる実務的な手は希釈だけで、これは設備が止まっても効き続ける本質安全の対策になります。そして半回分では「全量の ΔTad」と「いま蓄積している分の ΔTad」を分けて考えてください。
次の記事:化学平衡と最適温度|発熱可逆反応の温度プロファイル
参考文献
- 橋本健治『反応工学 改訂版』培風館, 第7章「非等温反応系の設計」7・1「反応熱」・7・3「非等温反応装置の設計」(断熱反応での温度と反応率の関係式) Amazonで見る
- 『実践・安全工学シリーズ1 物質安全の基礎』第8章「反応危険性」(反応系の潜在総熱量、発熱的な分解が起きる最低温度) Amazonで見る
- 化学工学会編『化学工学便覧 改訂五版』丸善 最新版をAmazonで見る
※ 本文の数値例(ΔTad=400 K)は説明のために置いた設定です。実際の系では反応熱と物性から計算してください。
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