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撹拌機の選定でまず決めるのは、翼の種類でも回転数でもありません。
邪魔板を付けるかどうかです。ここが決まらないと、動力の計算式すら定まりません。
この記事の結論
- 撹拌の動力は動力数 NPと撹拌レイノルズ数 Re = ρnd²/ηで整理する
- 乱流域では NP が一定になる。だから P = NP·ρ·n³·d⁵
- 邪魔板があればこの一本で済む。無いと渦ができてフルード数の補正が要る
- 回転数の3乗・翼径の5乗。翼を少し大きくすると動力が跳ね上がる
1. 撹拌にもレイノルズ数がある
管内流れと同じように、撹拌にも層流と乱流の区別があります。判定に使うのが撹拌レイノルズ数です。
Re = ρ n d² / η
| n | 撹拌回転数 [s−1] | 毎分ではなく毎秒。ここを間違えると60倍ずれる |
| d | 翼径 [m] | 槽径 D ではない。混同しやすい |
| ρ, η | 液の密度・粘度 | — |
管内流れの Re = ρuD/η と形が同じです。代表速度が nd(翼端速度に比例)、代表長さが d になっているだけ。
2つの注意点を先に潰しておきます。
- 回転数は s−1。カタログの rpm をそのまま入れると60倍間違えます
- 長さは翼径 d。槽径 D と取り違えると、d/D = 1/3 の槽で Re が9倍ずれます
2. 動力数|乱流では定数になる
撹拌の所要動力 P を無次元化したものが動力数 NP です。
NP = P / (ρ n³ d⁵)
便覧には各種翼の NP と Re の関係が線図で載っています(Rushtonらによるもの)。プロペラ、平羽根タービン、パドル、湾曲羽根タービン、覆付羽根タービン——それぞれ邪魔板の有無で分けて12本の曲線が引いてあります。
その線図がこの記事の主題を教えてくれます。
| 層流域(Re が小さい) | NP は Re に反比例して下がる(両対数で傾き −1) |
| 遷移域 | 放射流型で邪魔板付きのときに Re = 10²〜10⁴ で明瞭に現れる |
| 乱流域 | NP が一定値 NP∞ になる。Re = 5×10³〜10⁴ で到達する |
乱流域で動力数が定数になる。これが撹拌の設計を成立させている事実です。
NP が定数なら、所要動力は
P = NP · ρ · n³ · d⁵
で計算できます。翼の種類が NP という1つの数字に集約され、あとは回転数と翼径だけ。実務の撹拌設計は、ほぼこの式の上に立っています。
3乗と5乗の重み
この式の指数は、設計の感覚として持っておく価値があります。
| 変えるもの | 1.2倍にすると動力は | 2倍にすると動力は |
| 回転数 n(3乗) | 1.7倍 | 8倍 |
| 翼径 d(5乗) | 2.5倍 | 32倍 |
翼を2割大きくするだけで動力が2.5倍になります。「もう少し混ぜたいから翼を大きく」という判断が、モーターの選定をひっくり返す。
逆に言えば、翼径は動力を稼ぐのに最も効くつまみでもあります。低速で大径の翼は、高速で小径の翼と同じ動力でも流れの作り方が違う——ここが翼型選定の分かれ目になります。
3. 邪魔板が無いと式が変わる
ここが冒頭の話です。
邪魔板の無い槽で速く回すと、液全体が翼と一緒に回り始めます。すると液面が中央でくぼんで渦(ボルテックス)ができる。この渦は重力とのつり合いで決まるので、動力の相関にフルード数 Fr = d²n/g が入ってきます。
便覧はこう整理しています——邪魔板なしで自由表面をもつ場合、Re > 300 で NP に対して Fr の補正が必要。補正の係数は翼型と d/D ごとに表で与えられていて、プロペラとタービンで値が違います。
| 邪魔板あり | 邪魔板なし | |
| 動力の式 | P = NPρn³d⁵ の一本 | Fr の補正が要る(Re > 300) |
| 液面 | ほぼ平ら | 渦ができる |
| 流れ | 上下方向の循環流ができる | 水平方向にぐるぐる回るだけ |
| 混合 | 槽全体に行き渡る | 上下が混ざりにくい |
便覧には、邪魔板付きなら通常 Re が数千以上で循環流が槽全体にいきわたると書かれています。邪魔板は動力計算を単純にするためのものではなく、混合そのものを成立させるための部品です。
死容積の記事で「撹拌槽の死容積への第一手は邪魔板」と書いたのはこのためです。水平に回るだけの流れでは、槽の上下が別の世界になります。
それでも邪魔板を付けないとき
付けないほうがよい場合もあります。
- 高粘度液:層流域では邪魔板の効果が薄く、かえって死んだ領域を作る
- 付着・重合しやすい液:邪魔板の裏が洗いにくく、汚れが溜まる
- 結晶や細胞を壊したくない:局所的なせん断が上がるのを避けたい
その場合は偏心撹拌(翼を槽の中心から外す)という手があります。渦の発生を抑えつつ、構造物を増やさずに済む。便覧にも中心撹拌と偏心撹拌の両方が挙げられています。
4. 翼の選び方|何を作りたいか
翼型は作りたい流れで選びます。
| 型 | 作る流れ | 向く用途 |
| 軸流型 (プロペラ、角度付平羽根) | 軸方向の大きな循環 | 均一化、固体の懸濁、伝熱。動力あたりの吐出量が大きい |
| 放射流型 (平羽根タービン) | 翼の上下に2つの循環。局所の乱れが強い | ガス分散、液液分散。せん断が要る仕事 |
| 大型翼・リボン型 | 槽全体をゆっくり動かす | 高粘度液、重合 |
おおまかには「まぜる(吐出)」か「ちぎる(せん断)」かの二択です。
- 濃度や温度を均一にしたい、固体を浮かせたい → 軸流型
- 気泡や液滴を小さくして界面積を稼ぎたい → 放射流型
気液反応で界面積が効く系では放射流型、除熱のために槽内を均一にしたい系では軸流型、というのが出発点になります。
なお便覧の線図では、翼の取付け位置を槽中央より下げていくと放射流型のパターンが軸流型に変わっていくとも書かれています。翼型だけでなく取付け高さも設計変数です。
5. 設計の順序
- 邪魔板を付けるか決める(付けるのが原則。付けない理由があるときだけ外す)
- 目的から翼型を選ぶ(まぜるのか、ちぎるのか)
- d/D を決める(1/3 前後が標準。大きいほど低速・大吐出)
- Re を計算して乱流域か確かめる(Re > 10⁴ なら NP は定数と見てよい)
- P = NPρn³d⁵ で軸動力を出す。単位体積あたり P/V も出しておく
4番目を飛ばさないでください。高粘度液では Re が乱流域に届かず、NP が定数という前提が崩れます。粘度が上がる重合系では、反応の進行とともに Re が下がって層流域に入ることさえあります。
5番目の P/V が次の記事の主役です。同じ撹拌を大きい槽で再現しようとしたとき、何を一定に保つか——ここでスケールアップの罠にぶつかります。
まとめ
撹拌の動力は動力数 NP と撹拌レイノルズ数 Re = ρnd²/η で整理します。乱流域では NP が一定値になるため、所要動力は P = NPρn³d⁵ の一本で計算できます。ただしこれは邪魔板がある場合で、無ければ渦ができてフルード数の補正が要ります。邪魔板は計算を楽にする部品ではなく、上下方向の循環流を作って混合を成立させる部品です。動力は回転数の3乗・翼径の5乗なので、翼を2割大きくするだけで動力が2.5倍になります。翼型は「まぜる(軸流型)」か「ちぎる(放射流型)」かで選び、取付け高さも設計変数になります。設計時は Re を計算して乱流域にあることを必ず確かめてください。高粘度系では前提が崩れます。
次の記事:スケールアップの罠|何を一定に保つか
参考文献
- 化学工学会編『化学工学便覧 改訂五版』丸善, 第20章「撹拌・捏和」20・2「低粘性液の撹拌」(図20・8 各種羽根の動力特性、式20・12、表20・3) 最新版をAmazonで見る
- 橋本健治『反応工学 改訂版』培風館, 第8章「流通反応器の流体混合」 Amazonで見る
- 化学工学会編『化学装置便覧 改訂二版』丸善(撹拌槽の構造) Amazonで見る
化学プラント大全 
