1. はじめに:高粘度・高圧移送のスペシャリストたち
水のようなサラサラした液体を送るなら、これまでの記事で解説した「遠心ポンプ」が最強です。
しかし、化学プラントには「普通のポンプ」では太刀打ちできない厄介な流体が存在します。
- 重油や潤滑油などの「ネバネバした液体」
- 廃水処理の汚泥(スラリー)などの「ドロドロした液体」
- 樹脂やポリマーなどの「冷えると固まる液体」
これらを力尽くで押し出すのが、今回解説する「回転式ポンプ(容積式ポンプ)」です。
彼らは非常に頼りになりますが、一つ間違えば配管を破壊する危険な側面も持っています。
今回は、代表的な3機種の構造と、設備を守るための「安全弁(リリーフ弁)」の設計基準について徹底解説します。
2. 代表的な3つの回転式ポンプ(構造と特徴)
回転式ポンプには多くの種類がありますが、現場で出会うのは主に以下の3つです。共通点は「回転体で液を閉じ込め、移動させる」ことです。
① ギヤポンプ(Gear Pump)

最もポピュラーな回転ポンプです。
- 構造: ケーシングの中で2つの歯車(ギヤ)が噛み合って回転しています。歯とケーシングの隙間に液を閉じ込め、出口へ運びます。
- 特徴: 構造が単純で安価。脈動は少しある。
- 用途: 燃料油、潤滑油、廃油の移送。
② スクリューポンプ(Screw Pump)

- 構造: 1本〜3本のネジ(スクリュー)が回転し、液を軸方向に押し出します。
- 特徴: ギヤポンプより脈動が少なく、静かで、大容量の移送が可能。
- 用途: 原油の移送、高粘度ポリマー、食品(マヨネーズ等)。
③ 一軸偏心ねじポンプ(通称:モーノポンプ)

- 構造: らせん状の金属ローター(雄ねじ)が、ゴム製のステーター(雌ねじ)の中で回転します。
- 特徴: 固形物を含んだ液(スラリー)を壊さずに優しく、かつ定量的に運べる唯一無二の存在。
- 用途: 脱水ケーキ、スラリー、接着剤。
3. 最重要概念:なぜ「締切運転」で配管が破裂するのか?

ここが遠心ポンプとの決定的な違いであり、最も危険なポイントです。
- 遠心ポンプの場合:
- 吐出バルブを閉めると、羽根車が液の中で空回り(スリップ)するだけです。圧力はある一定値(締切圧力)で止まります。
- 回転式ポンプの場合:
- 構造上、液の逃げ場がありません。回転し続ける限り、「吸い込んだ体積を、何が何でも吐き出そう」とします。
- もし吐出バルブを閉めると、行き場を失った液の圧力は、理論上「無限大」まで上昇します。
【結果どうなるか?】
モーターの過負荷でブレーカーが落ちればラッキー。そうでなければ、一番弱いところ(ガスケット、配管、あるいはポンプのケーシング自体)が物理的に破裂します。
だからこそ、回転式ポンプには「逃げ道(安全弁)」が法規・設計基準レベルで必須なのです。
4. 命綱!「安全弁(リリーフ弁)」の設置基準
回転式ポンプを設置する場合、以下のルールを絶対に守る必要があります。
① 設置位置の鉄則

安全弁(リリーフ弁)は、必ず「ポンプ吐出口」と「第一止弁(ブロックバルブ)」の間に設置しなければなりません。
バルブの「後」につけても、そのバルブを閉められたらポンプを守れないからです。
② 内部リリーフ vs 外部リリーフ
リリーフ弁には2つの形式があります。
- ポンプ内蔵型(内部リリーフ):
- ポンプのヘッド部分にバネが内蔵されており、圧力が上がると内部で吸込側へショートパスさせます。
- メリット: 配管が不要でコンパクト。
- デメリット: あくまで「緊急避難用」。長時間作動すると、少量の液が内部を循環し続け、摩擦熱で液温が急上昇し、焼き付きます。
- 配管設置型(外部リリーフ):
- 配管上に安全弁を設置し、配管で戻します。
- 推奨: 本格的なプラントラインではこちらが基本です。メンテナンスもしやすく、確実です。
③ 戻り配管(リターンライン)はどこへ戻す?
外部リリーフから出た液をどこに戻すか。これが設計の腕の見せ所です。
- A案:ポンプ吸込配管へ戻す(Suction Return)
- ポンプのすぐ手前に戻す方法。配管が短くて済みます。
- リスク: 内部リリーフと同じで、狭い範囲を循環するため「熱の蓄積」が起こりやすい欠点があります。
- B案:供給タンクへ戻す(Tank Return)
- 供給元のタンクまで配管を引いて戻す方法。
- ベストプラクティス: タンクに戻せば熱が放散されるため、長時間リリーフ弁が吹きっぱなしになっても安全です。可燃性液体や熱に弱い液体の場合は、必ずこの方式を選びます。
5. 安全弁の選定スペック(設定圧力と吹き出し量)

「とりあえず付いていればいい」わけではありません。適切なスペックが必要です。
- 設定圧力(Set Pressure):
- 機器や配管の「設計圧力(Design Pressure)」を超えないこと。
- 通常は、運転圧力の +10%〜+20% 程度に設定します。近すぎると頻繁に漏れます。
- 吹き出し量(Capacity):
- これが重要です。「ポンプの全吐出量(定格流量)」を全量逃がせるサイズを選定してください。
- チョロチョロとしか逃がせない小さな弁では、圧力の上昇スピードに勝てず、配管を守れません。
6. 現場での運転注意点:「空運転」は即死!

別記事で解説したAODD(ダイヤフラムポンプ)は「空運転OK」でしたが、回転式ポンプは真逆です。
① 空運転(ドライラン)厳禁の理由
回転式ポンプは、「移送する液体そのものを潤滑油として使っている」からです。
- ギヤ・スクリュー: 金属同士が微細な隙間で噛み合っています。液がないと直接接触(メタルタッチ)し、一瞬で「かじり(焼き付き)」を起こします。
- モーノポンプ: ゴムの中で金属が回っています。液がないと摩擦熱が発生し、数秒〜数十秒でゴムが焼け焦げます。
【対策】
- タンクが空になる前に止める(液面管理)。
- 吸込配管のエア抜きを確実に行う。
- モーノポンプには「空運転防止スイッチ(フロースイッチや電流検知)」をインターロックとして設ける。
② 冬場の「コールドスタート」に注意
高粘度の油やポリマーは、冷えると水飴のように硬くなります。
- 現象: 冬の朝一など、冷え切った状態で起動しようとすると、粘度が高すぎて回らず、過負荷トリップするか、最悪の場合はポンプの軸がねじ切れます。
- 対策: 運転前にスチームトレースや電気ヒーターでポンプと配管を十分に予熱(ウォーミングアップ)してください。
7. まとめ:圧力計の針に目を光らせろ
回転式ポンプは、ドロドロの液体を黙々と運ぶ力持ちですが、扱いを間違えると暴れる「猛獣」でもあります。
- 締切運転は絶対しない(破裂する)。
- 安全弁は「全量リリーフ」かつ「タンクリターン」が理想。
- 空運転は絶対させない(焼き付く)。
この3つの掟を守れば、彼らはプラントの血管として、最も困難な流送を支え続けてくれるでしょう。
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