最近、ニュースで「PFAS(ピーファス)」という言葉を聞かない日はありません。
環境問題としての側面が強調されがちですが、私たち化学プラントのエンジニアにとっては、もっと切実な「現場の死活問題」を含んでいることをご存知でしょうか?
- 「テフロン(PTFE)のパッキンが使えなくなるかもしれない」
- 「泡消火設備を全更新しなきゃいけないかもしれない」
- 「排水管理の桁が変わるかもしれない」
今回は、このPFAS問題について、難しい化学式の話はそこそこに、「化学プラントの現場(設計・保全・運転)にどのような影響があるのか?」という視点で、「使う側」と「作る側」の両面から解説します。
1. そもそもPFAS(ピーファス)とは? なぜ「最強」で「最悪」なのか
PFASとは、有機フッ素化合物の総称です。
化学的に言うと、炭素(C)とフッ素(F)の結合を持っている物質のこと。
私たちエンジニアにとって、この「C-F結合」は馴染み深い最強の結合です。
- 熱に強い
- 薬品に強い(酸にもアルカリにも溶けない)
- 水を弾き、油も弾く
だからこそ、過酷な環境である化学プラントでは、パッキン、ライニング配管、特殊潤滑油、泡消火剤などに重宝されてきました。
しかし、その「最強の安定性」があだとなります。
自然界に出ても分解されず、半永久的に残り続けるため、「フォーエバー・ケミカル(永遠の化学物質)」と呼ばれ、環境や人体への蓄積が懸念されているのです。
2. 化学プラントへの影響:「使う側」の視点
多くの化学メーカーやユーザー工場にとって、PFASは「設備を守るための必須アイテム」です。規制が進むとどうなるのでしょうか。
① 「最強のシール材」が消えるリスク
最も怖いのが、PTFE(テフロン)やFKM(フッ素ゴム)などの規制です。現在、欧州を中心に包括的な規制案が議論されています。
もしこれらが使えなくなると、「強酸ラインのフランジパッキン、何を使えばいいの?」という問題が発生します。
- 現状: 代替品(ノンフッ素)の開発も進んでいますが、耐薬品性や耐熱性はフッ素に劣るケースが多いです。
- 現場課題: 材料変更による「漏洩リスク」や「メンテナンス頻度の増加」が懸念されます。
② 泡消火設備の更新(レガシー対応)
過去に広く使われていた「PFOS/PFOA含有」の泡消火薬剤は、すでに製造・使用が厳しく制限されています。
- 現場課題: 古い在庫の廃棄はもちろんですが、新しい「フッ素フリー薬剤」に切り替える際、粘度や発泡性能が変わるため、消火配管やノズルの再設計・工事が必要になる場合があります。
3. 化学プラントへの影響:「作る側」の視点
一方で、フッ素樹脂や原料を「製造している」化学メーカーの現場は、さらに壮絶な戦いを強いられています。
① 「pptレベル」の封じ込め技術
PFASを作る工場では、排水や排ガスに製品が含まれないよう、極限の管理が求められます。
その単位はppm(100万分の1)ではなく、ppt(1兆分の1)レベルになることもあります。
- 排水: 通常の活性汚泥では分解できないため、特殊な吸着塔や膜処理を何段も組み合わせる必要があります。
- 分解: 確実に無害化するには、1,000℃〜1,400℃を超える超高温焼却が必要と言われています。
② コンタミ(交差汚染)との戦い
同じ反応釜で「フッ素製品」と「非フッ素製品」を切り替えて生産する場合、洗浄が極めて困難です。
わずかでも残留すれば、次の製品が汚染され、全量廃棄のリスクを背負います。「洗っても洗っても落ちない」というフッ素の性質が、ここでは現場を苦しめます。
4. 現場で備える「技術・仕組み・人」
この大きな変化に対し、私たち現場はどう動くべきか。「技術・仕組み・人」のフレームワークで整理します。
【技術】代替技術へのアンテナを張る
「今まで通りテフロンで」という思考停止をやめましょう。
- 使う側: 「本当にそのラインにフッ素が必要か?」を再設計(スペックダウン含む)する検討力が必要です。
- 作る側: 「出さない・漏らさない」ための高度な分離技術・分析技術が、これからのコア技術になります。
【仕組み】在庫とサプライチェーンの棚卸し
- 倉庫の奥に、規制対象になった古い消火剤や添加剤が眠っていませんか?
- 購入している部材にPFASが含まれているか、メーカーからの情報をただ右から左へ流すのではなく、「どの設備に使われているか」を台帳で紐づけて管理する仕組み作りが急務です。
【人】正しく怖がり、賢く扱う
PFASは直ちに爆発するような危険物ではありませんが、長期的なリスク物質です。
- 過度に不安がる必要はありませんが、現場で扱う際は保護具の着用を徹底する。
- 「こぼしたら拭いて捨てる」ではなく、回収ルートを明確にする教育が必要です。
まとめ
「便利な機能(C-F結合)だけ享受して、後は知りません」という時代は終わりました。
作る側は「極限まで環境に出さない技術」を磨き、使う側は「本当に必要な用途(Essential Use)を見極める設計」を行う。
この両輪が回って初めて、私たちは今後もフッ素化学の恩恵を受け続けることができるはずです。
まずは自社のプラントの「どこにフッ素がいるか」、明日現場で見渡してみることから始めませんか?
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