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ポンプから「ジャリジャリ」「バリバリ」という音がする。砂利を吸い込んだような音なのに、液は澄んでいる。圧力計の針が細かく振れ、流量が出ない——キャビテーションです。
厄介なのは、初期はほとんど害がないのに、放っておくと羽根車の金属が削れて穴が開くことです。この記事では、キャビテーションが何をきっかけに始まり、どの順番で悪くなるかを追います。「なぜ吸込側だけがこんなに気を遣われるのか」の答えでもあります。
この記事の結論
- キャビテーションは液の沸騰。羽根車の入口で圧力が飽和蒸気圧より下がると、その温度のまま気泡ができる
- 大気圧が押し上げられる高さは水柱で約10 m。吸込配管の損失があるので、実際に吸い上げられるのはそれよりずっと低い
- 進み方は3段階。①初期=ほぼ無害 → ②発達=流量・揚程・効率が落ちる → ③継続=羽根車入口が壊食(えぐれる)
- 現場のサインは音・振動・圧力計の不安定・流量低下。音が出た時点ではもう②に入っている
- 壊れるのは羽根車の入口側。ここが最も圧力が低いから
1. なぜ吸い上げられるのか|押し上げているのは大気圧
ポンプを液面より高い位置に据えても液を吸い上げられるのは、ポンプが引っ張っているからではなく、大気圧が液面を押し上げているからです。
大気圧が押し上げられる高さは、水なら液柱で約10 m。つまりどんなに優れたポンプでも、大気圧のもとでは水を10 m以上吸い上げることはできません。 これはポンプの性能ではなく物理の上限です。
実際にはもっと低くなります。吸込配管の摩擦損失と、液を加速するのに使われる速度ヘッドの分だけ、押し上げに使える圧力が減るからです。10 mのうち何mが配管で失われるか——これがNPSHの計算の中身で、次の記事で扱います。
2. 何が起きているか|羽根車の入口で液が沸く

液を吸い上げすぎると、流れの中に局部的に高い真空ができます。圧力がその液温での飽和蒸気圧より下がった瞬間、液は沸騰します。 温度を上げなくても、圧力を下げれば沸く——山の上で水が100℃より低い温度で沸くのと同じです。
沸騰の場所は決まっています。羽根車の入口です。ポンプの中で最も圧力が低くなるのがここで、液が羽根車に入る直前に速度が上がり、翼の入口で局部的な圧力低下が起きます。だから壊れるのも羽根車の入口側です。
できた気泡はそのままではありません。羽根車が液にエネルギーを与えて圧力が上がると、気泡は瞬時に押しつぶされて消えます。 この生成と崩壊が繰り返され、崩壊のたびに大きな衝撃圧が発生します。これが騒音・振動・壊食の正体です。
砂利のような音がするのに液は澄んでいる、という現象の説明はこれです。音を出しているのは固体ではなく、潰れている気泡です。
3. 3段階で悪くなる

キャビテーションは「起きた/起きていない」の2択ではありません。段階があります。
| 段階 | 中で起きていること | 外から分かること |
| ① 発生初期 | 気泡が少し発生している | ほとんど害がない。 気づかないことが多い |
| ② 発達 | 気泡が羽根車の流路をふさぐ | 効率と全揚程が低下。ついには全揚程が急低下して揚水不能に。音・振動・圧力計の不安定 |
| ③ 継続 | 崩壊の衝撃圧が金属を叩き続ける | 羽根車・ケーシング表面が壊食(キャビテーション損傷)。海綿状にえぐれる |
ここで運転員に効くのは、「音が出た時点でもう②に入っている」ということです。①のうちは音もしません。だから「音がしないから大丈夫」ではなく、設計段階でNPSHの余裕を確保しておくことが本筋になります。
③まで進むと、羽根車を交換するまで戻りません。しかも壊食が進むにつれて吐出し量・揚程・効率がじわじわ下がり続けるので、「最近このポンプ、流量が出ないな」という緩慢な劣化として現れることもあります。
4. 現場のサイン|4つが順に出る
キャビテーションが疑われるとき、次の4つを順に確かめます。
- 音:ジャリジャリ、バリバリ。砂利を吸ったような音。聴診棒(打診棒)をポンプに当てると分かりやすい
- 振動:気泡の崩壊が不規則なので、振動も不規則に出る
- 圧力計の不安定:吸込圧力計・吐出圧力計の針が細かく振れる。指示が安定しない
- 流量低下:②が進むと吐出し量が落ちる。ひどいときは急に揚水不能になる
ただし、この4つはキャビテーション以外でも出ます。 空気の吸込み(吸込配管からのエア噛み)でもほぼ同じ症状になりますし、遠心圧縮機のサージングも振動・異音を出します。切り分けは次のように考えます。
| 症状 | キャビテーション | 空気の吸込み | 異物・詰まり |
| 吸込圧力 | 低い(設計より下) | 低い、または不安定 | ストレーナ差圧が大きい |
| 液温 | 高い/蒸気圧に近い | 関係ない | 関係ない |
| 流量 | 増やすほど悪化 | 液面が下がると悪化 | 徐々に低下 |
| 弁を絞ると | 音が止まる(NPSHAが回復) | 止まらないことがある | 変わらない |
吐出し弁を少し絞ると音が止まるなら、キャビテーションの可能性が高い。 流量が減ると吸込配管の損失が減ってNPSHAが回復し、同時にNPSH3も下がるからです。ただしこれは応急処置で、原因(液面・液温・配管・運転点)を直さないと再発します。
5. 起きたときの応急処置と、根本の対策
現場でその場でできること(応急):
- 吐出し弁を絞って流量を下げる。上に書いた理由でNPSHの収支が改善する
- 吸込タンクの液面を上げる。液面が高いほどNPSHAが増える
- 液温を下げる。飽和蒸気圧が下がるのでNPSHAが増える
- 吸込ストレーナの差圧を確認する。詰まっていれば清掃。吸込側の損失はそのままNPSHAを削る
設計・改造でやること(根本):
- 吸込配管を短く・太く・曲がりを少なくする
- ポンプの据付位置を下げる(液面との高低差を稼ぐ)
- 両吸込みの羽根車にする。片吸込みより必要NPSHを下げられる
- 立形なら羽根車の位置を下げる(吸込キャンを深くする)
- インデューサ(誘導羽根)付きの羽根車にする
- 回転数を下げる
どれも「NPSHAを増やすか、NPSH3を減らすか」のどちらかです。この2つの量が何で決まるのかは、次の記事で計算まで含めて扱います。
まとめ
- キャビテーションは羽根車入口での液の沸騰。圧力が飽和蒸気圧を下回ると起きる
- 大気圧が押し上げられるのは水柱で約10 m。配管損失があるので実際はもっと低い
- 段階は①初期=無害 → ②発達=性能低下 → ③継続=壊食。音が出た時点で②
- 現場のサインは音・振動・圧力計の不安定・流量低下。弁を絞って音が止まればキャビテーションの疑いが濃い
- 応急は流量を下げる・液面を上げる・液温を下げる。根本は吸込配管とポンプの据付、羽根車の選択
切り分け表は、参考文献の記述と現場での一般的な判断をもとに筆者が整理したものです。実機での判断は運転記録と併せて行ってください。
参考文献
- 高橋徹『流体のエネルギーと流体機械』理工学社, 2章「ポンプ」10. ポンプの吸込性能(大気圧と吸上げ高さ、キャビテーションの発生と発達、壊食) Amazonで見る
- 高圧ガス保安協会『高圧ガス保安技術』学識編 11.5「圧縮機とポンプ」(4) キャビテーション、9章 エロージョン
- 外山幸雄『ポンプの選定とトラブル対策』日刊工業新聞社, 第5章「トラブルを減らすためのアプローチ」5・1 吸込トラブル Amazonで見る
- 外山幸雄『絵とき「ポンプ」基礎のきそ』日刊工業新聞社, 1-7「吸込揚程」 Amazonで見る
- 化学工学会編『実践・安全工学シリーズ3 安全マネジメントの基礎』(ポンプの異常現象体験、聴診棒による異音の確認) Amazonで見る
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