はじめに:なぜ、ポンプを「缶詰(Canned)」にするのか?

前回の記事で、漏れないポンプの代名詞「マグネットポンプ」を紹介しました。
しかし、化学プラントにはマグネットポンプですら太刀打ちできない、「極限の流体」が存在します。
- 400℃を超えるような高温の熱媒油。
- わずかでも漏れれば致死量に至る猛毒ガス(ホスゲンなど)。
- 高真空や高圧条件下での反応液循環。
これらを安全に移送するために開発されたのが、今回解説する「キャンドモータポンプ(Canned Motor Pump)」です。
その名の通り、モーターごと「缶詰(Can)」にして密封してしまったこのポンプ。なぜこれほどまでに信頼性が高いのか? そして、現場で針が振れるとドキッとする「ベアリングモニタ」はどう見ればいいのか?
その全貌を実務視点で解説します。
1. 図解!キャンドモータポンプの「二重防護壁」

マグネットポンプは「汎用モーター+磁石カップリング」でしたが、キャンドモータポンプは「モーターとポンプが完全一体化」しています。この構造が生み出す最大のメリットは、安全性のレベルが一段階高いことです。
第一の壁:ステーターライナー(キャン)
モーターのローター(回転子)は、なんと液体の中にどっぷりと浸かって回っています。
一方、電気を流すステーター(コイル部分)は濡れてはいけません。そこで、ローターとステーターの隙間に、紙のように薄い(0.3〜0.5mm程度)金属の筒を挿入して隔てています。これを「ステーターライナー」と呼びます。
第二の壁:モーターケーシング(外殻)
ここがマグネットポンプとの決定的な違いです。
キャンドモータポンプの外側を覆う分厚いモーターケーシングは、単なるカバーではありません。
化学プラント向けのハイグレードな機種(API 685規格準拠)では、この外殻はポンプの最高使用圧力に耐えられる「圧力容器」としての設計が義務付けられています。
一般的な汎用キャンドポンプとは異なり、万が一内側のライナーが破れても、外側のケーシングだけで液を完全に封じ込めることができます。これが、毒性流体や高圧ガスで採用される理由です。
2. 寿命を決める「自動調芯メカニズム」

「液中で軸受が擦れていたら、すぐ摩耗するのでは?」と心配になりますよね。
実は、キャンドモータポンプのローターは、定常運転中「浮いて」います。
油圧スラストバランス(モニターバランス)
ローターが前後に動こうとすると、シャフトに設けられたオリフィス(隙間)が変化し、ローター背面の圧力を自動的に調整します。
- ローターが前に吸い寄せられる → 隙間が狭くなる → 背圧が上がる → 後ろに押し戻される
- ローターが後ろに行き過ぎる → 隙間が広がる → 背圧が下がる → 前に吸い寄せられる
この「負帰還制御」により、ローターは常に中立位置に自動調芯され、スラスト軸受への接触荷重はほぼゼロになります。これが、キャンドポンプが長寿命である秘密です。
3. 運用の命綱:「ベアリングモニタ(TRG)」を読む

密閉構造の弱点は「中が見えない」ことです。
そこで、キャンドモータポンプには最強の聴診器、「ベアリングモニタ(TRGメータ)」が標準装備されています。
仕組み:電気で「偏心」を見る
ステーター内部には「監視用コイル」が埋め込まれています。
軸受が摩耗してローターの位置がズレると(偏心すると)、ギャップの磁束バランスが崩れ、コイルに「誘導電圧」が発生します。この電圧の変化をメータに表示しています。
現場での見方(信号機と同じ)
制御盤やポンプ本体についているメータは、以下のように判断します。
- 🟢 緑ゾーン(Green):正常
- 軸受は健全です。安心して運転してください。
- 🟡 黄ゾーン(Yellow):注意
- 摩耗が進行しています。直ちに停止する必要はありませんが、「次回の定修で整備に出す」計画を立ててください。トレンド(針の動き)を記録し、急激に悪化しないか監視します。
- 🔴 赤ゾーン(Red):危険
- 即停止してください。軸受が限界を超え、ローターとステーターライナーが接触する(=キャンが破れる)直前です。
【プロの視点】
TRGメータは摩耗だけでなく、「逆回転」や「欠相(電気が来ていない)」も教えてくれる賢い計器です。試運転時に針が逆(マイナス側)に振れたら、結線ミスを疑いましょう。
4. マグネットポンプとの「最終決戦」比較表
「どっちもシールレスだけど、どっちを使えばいいの?」
多くのエンジニアが悩みますが、「キャンドポンプは高いから特殊用途だけ」というのは古い常識です。
最新の選定基準を、コストの実態(工事費込み)も含めて整理しました。
| 比較項目 | マグネットポンプ | キャンドモータポンプ |
|---|---|---|
| 基本構造 | 汎用モーター + 磁石 | 完全一体型(専用モーター) |
| 導入コスト | △ 注意 ポンプは安いが、芯出し・ベース工事・広い設置面積が必要。 | ◎ 優秀 単体は高めだが、芯出し不要・省スペース・基礎が小さいため、トータルでは安くなることも多い。 |
| メンテナンス | ◯ 現場寄り 現場で部品交換が可能。 ただし、モーターのグリスアップや芯出し確認が必要。 | ◎ 手間なし 日常メンテはほぼゼロ(給油不要)。 故障時はメーカー返送(現場修理不可)。 |
| 監視機能 | 電力検知のみ(間接的) | ベアリングモニタ(直接監視) |
| 静音性 | ファン音あり | 超静音(ファンレス) |
| スラリー | 苦手(磁石に鉄粉付着) | 対応可(バッフルシール等のOPあり) |
【選定の結論】どっちを選ぶ?
- マグネットポンプを選ぶべき人
- 「壊れたら自分たちでその場で直したい」保全チーム。
- 海外モーターや特定メーカーのモーターを使いたい場合。
- とにかく「ポンプ単体の購入価格」を安く見せたい場合。
- キャンドモータポンプを選ぶべき人
- 「設置スペースがない」「芯出しが面倒」という現場。
- 「日常点検の手間(給油・振動測定)を減らしたい」場合。
- 毒性・高温・高圧など、絶対的な安全性が必要な場合。
- 住宅地近くなど、「静かさ」が求められる場合。
【現場のリアル】
実は、「導入のしやすさ(Easy to Install)」で言えばキャンドモータポンプに軍配が上がります。ポンと置いて配管を繋ぐだけで終わりだからです。
「現場で分解できない」というデメリットさえ許容できれば(予備機を持つなど)、キャンドポンプは最も手のかからない優等生です。
5. 導入の注意点とトラブル対策

高性能ですが、デリケートな一面もあります。現場でやってはいけない「タブー」と必須の対策です。
① 沸騰しやすい液は「逆循環」で
LPGや冷媒など、少し熱を持つと気化しやすい液の場合、モーターを冷やして温まった液をポンプ吸込口に戻すと、そこで「ガス化(キャビテーション)」を起こしてロックします。
この場合、モーターを通過した液をポンプに戻さず、吸込タンクの気相部へ逃がす「逆循環(リバースサーキュレーション)」という特殊な配管フローを採用します。これにより、ガスを自動的に排出できます。
② 現場分解は「絶対禁止」
ここが最も重要です。
「調子が悪いから、ちょっと中を開けてみよう」は絶対にダメです。
キャンドモータは、工場で精密に溶接・封入されており、現場で再組立することは不可能です。現場で開けていいのはポンプヘッド(羽根車)まで。モーター部には決して触れず、故障時はメーカーの認定工場へ送るのが鉄則です。
まとめ:実は「一番手間がかからない」ポンプ
キャンドモータポンプは、「特殊な高級品」ではありません。
むしろ、芯出し不要でコンパクト、給油も不要という「最も現場に優しいポンプ」です。
- 導入時: 置くだけで終わる手軽さ。
- 運転時: TRGメータを見るだけの安心感。
- 保全時: 現場作業なし(メーカーにお任せ)。
イニシャルコストの高さも、工事費や日々のメンテ工数を含めれば十分に回収できます。
「高温・高圧用」という先入観を捨て、「省力化のためのポンプ」として検討してみてはいかがでしょうか。TRGメータの針が、あなたのプラントの安全を静かに見守ってくれるはずです。
化学プラント大全 
