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ボイラ給水ポンプ、塔底ポンプ、還流ポンプ、LPG移送ポンプ、凝縮液の抜出しポンプ。これらに共通するのは、吸込側の液が沸点状態にあることです。
このとき、吸込側の常識が1つ壊れます。自液の蒸気で満たされたタンクでは、加熱して圧力を上げてもNPSHaが増えません。 圧力を上げれば吸込みが楽になる、という直感が通じない。この記事では、なぜそうなるのかを式で示し、では何が効くのかを整理します。
この記事の結論
- 密閉タンクで液が飽和状態にあると、液面の圧力 Ps = 飽和蒸気圧 Pv になる。NPSHaの式で圧力の項が丸ごと消える
- 残るのは NPSHa = z − hL。つまり液面の高さ − 吸込配管の損失だけ
- NPSHaを増やす手は3つ。①液面を高くする ②吸込配管を短く太くする ③入熱を防ぐ。足りなければ、ポンプ側で必要なNPSHrを下げる手もある
- 自液の蒸気で圧力を上げても効かない。 圧力を上げれば液温も蒸気圧も同じだけ上がる(気液平衡だから)。窒素などの不活性ガスで加圧すれば、その分圧の分だけNPSHaは増える
- 低温液化ガスの吸込配管の断熱材を外してはいけない。入熱で液が蒸発してNPSHaを失う
1. 飽和液とは|貯金がゼロの液

NPSHaの式をもう一度書きます(記号は「NPSHaとNPSHrとは」と同じです)。
NPSHa = (Ps − Pv) / (ρg) + z − hL
z は液面からポンプ基準面までの高さの差で、液面が基準面より上ならプラス、下ならマイナスです。
第1項 (Ps − Pv)/(ρg) は、液面の圧力が蒸気圧をどれだけ上回っているかを水頭で表したもので、この記事では「圧力の貯金」と呼びます。常温の水を大気開放のタンクから汲むときは、Ps=101.3 kPa、Pv=2.3 kPa なので、差は99 kPa、ヘッドにして約10 m。この10 mの貯金があるから、多少の高さと損失を引いてもNPSHaが残ります。
ところが、密閉タンクの中で液と蒸気が接していて、平衡状態にある場合はどうなるか。タンクの中の圧力は、その液温での飽和蒸気圧そのものです。つまり
Ps = Pv
第1項がゼロになります。式は
NPSHa = z − hL
飽和液のポンプは必ず押込み(液面がポンプより上)にするので、z はプラスです。言葉で書くと
NPSHa = (液面とポンプ中心の高さの差) − (吸込配管の損失)
圧力の貯金がゼロ。残っているのは高さだけです。 これが飽和液のポンプが難しいいちばんの理由です。
2. 自液の蒸気で圧力を上げても効かない
「タンクの圧力を上げればNPSHaが増えるのでは」——自液の蒸気だけで圧力が決まっている飽和槽では、これが効きません。
理由は気液平衡です。液と蒸気が接して平衡にあるかぎり、加熱などで圧力を上げれば液温も上がり、飽和蒸気圧も同じだけ上がります。 Ps と Pv が一緒に動くので、差はゼロのままです。

窒素などの不活性ガスで加圧した場合は別です。気相の全圧 Ps は、液の蒸気分圧より不活性ガスの分圧だけ高くなります。その圧力を保っている限り、分圧の分だけNPSHaは増えます。ただし、次の3点に注意します。
- 評価は通常時ではなく最低槽圧で行う
- 液に溶け込んだガスは、吸込側で圧力が下がると気泡として出てくることがある
- 液温が上がれば飽和蒸気圧も上がる
「加圧しているのに、なぜかNPSHが足りない」ときは、槽圧の下限、液温、溶存ガスを確認します。
数値で見ます(自液の蒸気だけの飽和槽、吸込配管の損失0.5 m)。
| 液面とポンプ中心の高さの差 | NPSHa |
| 0.5 m | 0.0 m |
| 2.0 m | 1.5 m |
| 5.0 m | 4.5 m |
| 10.0 m | 9.5 m |
数値表は NPSHa = z − hL で計算した例です。実際の設計では、サブクール度・配管のフラッシュ・過渡状態を含めて検討してください。
タンク圧力も液温も、この表に一切出てきません。 液面の高さと配管の損失だけです。飽和液のポンプで塔やドラムがあれほど高い架構の上に載っているのは、この表を満たすためです。
ただし、これは槽の液と吸込配管の液が同じ温度で落ち着いているときの話です。槽の圧力を急に下げたときと、吸込配管で液が温められたときは、NPSHaが失われます。4章で扱います。
液面の高さと吸込配管の損失からNPSHaを出す飽和液の計算は、iPhoneアプリポンプ 3D図鑑の有効NPSHの計算に「飽和液」として入れてあり、必要NPSHを入れると余裕も出ます(紹介ページ)。
3. NPSHaを増やす手は3つ
NPSHaを増やす手は、次の3つです。それでも足りないときは、ポンプ側で必要なNPSHrを下げる手(立軸ポンプで羽根車を液中深くに置く、回転速度を下げる、両吸込羽根車にする)も合わせて検討します。
① 液面を高くする(=ポンプを下げる)
いちばん確実です。設計段階なら、ドラムや塔をポンプより十分高い位置に置く。塔底ポンプが地面近くにあって、塔が高い架構の上にあるのは偶然ではありません。
運転段階ではタンク・ドラムの液面を高めに保つことが対策になります。飽和液のドラムで液面下限の警報が出たら、それは「NPSHaが尽きかけている」という意味です。
タンクの最低液面(LWL)は、容量の下限ではなくNPSHaの下限として決まっていることがあります。「あと少し抜ける」と思っても抜いてはいけない理由がここにあります。
② 吸込配管を短く・太くする
残り2つの項のうち、設計で削れるのが hL です。飽和液のポンプでは吸込配管に対する要求が普通のポンプよりずっと厳しくなります。

- 最短距離で、曲がりを少なく。エルボ1個の損失が、常温水なら誤差でも、飽和液では致命的になり得る
- ポンプの吸込口径より1〜2サイズ太く。摩擦損失は管径のほぼ5乗に反比例するので、1サイズ太くするだけで3分の1程度になる
- 途中でフラッシュさせない。配管の途中に上に凸の部分があると、そこで静圧が下がって液が沸きます。飽和液の吸込配管は下り勾配一本が原則。勾配を大きくとれば、途中で出たガスは液の流れに逆らってドラムへ戻れます。ポンプ側も、ガスを逃がせる立形か、横形なら吸込口が上向きのものが向きます。吸込口が水平だとポンプ内にガスが溜まり、揚程の低下や振動、焼付きの原因になります
- ストレーナは慎重に。 液化ガスは吸込圧力は高くても飽和蒸気圧も高いので、ストレーナの圧力損失とNPSHaを必ず計算で予測する必要があります。目の細かいストレーナを安易に入れない
③ 入熱を防ぐ
飽和液は、わずかな入熱でも蒸発します。蒸発すれば配管の中に気泡ができ、NPSHaを失うだけでなくポンプが空を噛みます。
- 低温液化ガスの吸込配管の断熱材は外さない。 キャビテーションが出たときに「断熱材を外して冷やそう」とするのは完全な逆です。低温液化ガスは周囲より冷たいので、断熱材を外せば入熱が増えて蒸発します
- 高温液なら保温を適切に(過剰な蒸気トレースは液温を上げてしまう)
- ポンプの締切運転を避ける。締切では液がかき回されて発熱し、飽和液では直ちに蒸発につながります(「ポンプの締切運転と最小流量」で扱います)
- ミニマムフローラインの戻し先に注意。吸込ドラムに戻すと、戻した液の熱でドラムの液温が上がることがあります
4. 具体例で見る|どこが厳しいか
飽和液のポンプの代表例と、それぞれの厳しさを並べます。
| ポンプ | 吸込側の液 | 厳しいところ |
| ボイラ給水ポンプ | 脱気器の飽和水(高温) | 液温が高く、脱気器を高い位置に置く必要がある。NPSHaは脱気器の高さそのもの |
| 塔底ポンプ・還流ポンプ | 塔底液・還流ドラムの飽和液 | 塔の圧力を急に下げると、吸込配管内の液が熱いまま槽圧だけ下がり、一時的にNPSHaを失う |
| 凝縮液の抜出しポンプ | コンデンサ出口の飽和液 | サブクール(過冷却)が取れていないと余裕ゼロ。真空系ではさらに厳しい |
| LPG・液化ガス移送ポンプ | 常温の飽和液 | 夏場は日射・外気で吸込配管が温まり、配管内の液がタンクより高温になってフラッシュしやすい |
| 低温液化ガスポンプ | −40℃以下の飽和液 | 入熱がすべて蒸発になる。断熱が生命線 |
塔底ポンプの行は、運転員が特に覚えておきたいところです。蒸留塔やドラムの圧力を下げる操作は、ゆっくり行います。槽の圧力はすぐ新しい飽和圧まで下がりますが、吸込配管の中の液はまだ前の温度のままです。その液から見ると周りの圧力が蒸気圧より低くなるので、差の分だけNPSHaが一時的に失われます。40℃のプロパンなら、1℃分の温度差でNPSHaは約8.5 m失われます。「塔頂圧力を下げたら塔底ポンプが鳴き出した」は、この過渡の現象です。圧力を上げる操作では起きません。

5. 運転員のチェックポイント
飽和液のポンプで巡回・監視するときに見るのは、普通のポンプと少し違います。
- 吸込ドラム・タンクの液面。これが直接NPSHaです。下限警報は「余裕が尽きる」の警報
- 液温。上がっていれば蒸気圧が上がる。ただし飽和なら圧力も一緒に上がるので、大事なのは液温そのものより「入熱があるか」
- 吸込ストレーナの差圧。hL が増えるとそのままNPSHaが減る
- 断熱材の状態(低温液化ガス)。剥がれ・濡れ・着氷は入熱のサイン
- 上流の減圧操作(塔・ドラム)。急に圧力を下げると、下流のポンプのNPSHaが一時的に失われる
キャビテーションが出ても、低温液化ガスの吸込配管の断熱材は外さないでください。飽和槽を加熱して圧力を上げても効きません。効くのは、液面を上げることと、流量を下げること(hL が減る)です。
まとめ
- 運転では液面を下限より上に保ち、吸込配管への入熱を防ぐ。液面下限警報は「余裕が尽きる」の警報
- 塔・ドラムを急に減圧すると、下流ポンプのNPSHaが一時的に失われる。減圧はゆっくり行う
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参考文献
- 外山幸雄『ポンプの選定とトラブル対策』日刊工業新聞社, 2・7「NPSHAとNPSH3」(自液の蒸気で満たされた密閉タンクでは圧力の項が消え、液面の高さと吸込損失だけが残ること。同書は高さを ha で表す)、2・8「吸込ストレーナ」(液化ガスでの注意) Amazonで見る
- 高圧ガス保安協会『高圧ガス保安技術』学識編 11.5「圧縮機とポンプ」(液面に蒸気圧が作用しているときのNPSH、キャビテーション対策)
- 西野悠司『「配管設計」実用ノート』日刊工業新聞社, 4.4「ポンプまわり配管」(飽和水を扱うポンプの吸込管、フラッシュさせないループの取り方) Amazonで見る
- 化学工学会編『プロセス機器構造設計シリーズ5 貯槽』丸善, 1 タンク計画(吸込側配管とタンク最低レベル、蒸気圧の高い液体)
- 化学工学協会関東支部編『プロセス機器構造設計シリーズ6 化学プラント用ポンプ・圧縮機』丸善, 2・3・2 液化ガス用うず巻ポンプ(吸込液源の温度変化、吸込配管の影響)、2・3・3 極低温用ポンプ
- 化学工学協会編『化学プラント建設技術(上)』(回転機械の据付、ポンプの吸込配管)
- 外山幸雄『絵とき「ポンプ」基礎のきそ』日刊工業新聞社, 1-7「吸込揚程」 Amazonで見る
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