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ここまで見てきた分離操作——蒸留、吸収、抽出、晶析——は、すべて相の変化か、相間の分配を使っていました。
膜分離は違います。大きさや電荷の違いで、通すか通さないかを決める。相変化を必要としないので、一般に省エネルギーな分離法といわれます。
この記事は分離工学シリーズの1本です。蒸留との関係は蒸留の完全ガイドにまとめています。
この記事の結論
- 膜の名前が、そのまま分離の方法を表している。まず名前を覚えると早い
- 駆動力は圧力差・濃度差・電位差の3種類
- 分離機構はふるい分け・選択吸着・溶解拡散・電荷の4系統
- 相変化がないので省エネだが、膜の寿命と目詰まりが運転費を決める
1. 大きさで並べると全体が見える

膜分離を理解する近道は、相手の大きさで並べることです。文献の表現を借りればこうなります。
膜による分離では、分離の対象としている微粒子・分子・イオンの大きさによって使用する膜が異なり、使用する膜の名称がそのまま膜分離の方法を表している。
対象物のうち最も小さいのは気体分子で、これは気体分離膜で分けます。大きいほうには赤血球や白血球などがあり、こちらはろ過膜で分けられる。
つまり「何を分けたいか」の大きさが決まれば、使う膜がほぼ決まる。これが膜分離の入口です。他の分離操作が「平衡関係を調べる」ところから始まるのに比べると、ずいぶん直接的です。
2. 6種類の膜を1枚の表で

| 膜の種類 | 何を分けるか | 駆動力 | 分離機構 | 応用例 |
| 精密ろ過膜 | 溶液中の固体微粒子 | 圧力差 | ふるい分け | ワイン・ビールの無菌ろ過、無菌水の製造、血漿の分離 |
| 限外ろ過膜 | 溶液中に溶けている大きな分子 | 圧力差 | ふるい分け | 油分混合物の分離、塗料工業のペイント回収、果汁の清澄 |
| 逆浸透膜 | 溶媒と溶質 | 圧力差 | 選択吸着 | 海水の脱塩、IC用超純水の製造、廃水処理 |
| 透析膜 | 溶液中の溶質 | 濃度差 | 溶解・拡散 | 人工腎臓、高分子と低分子の分離 |
| 気体分離膜 | 気体 | 圧力差・濃度差 | 細孔内拡散/溶解・拡散 | 酸素富化・窒素富化空気、人工肺、メタンとCO2の分離 |
| イオン交換膜 | 溶液中のイオン物質 | 電位差 | 電荷とふるい分け | 海水の濃縮(製塩)、アルカリの製造、メッキ工業の重金属イオン回収 |
この表の読みどころは駆動力の列です。
- 圧力差:押し込む。ろ過系と逆浸透。ポンプの動力がそのまま運転費
- 濃度差:勝手に移動する。透析。動力が要らない代わりに速度が遅い
- 電位差:電気で引っ張る。イオン交換膜。電力が運転費
蒸留の駆動力が熱ひとつだったのに対して、膜には3つの選択肢がある。工場のどのユーティリティが安いかで方式を選べるということでもあります。
3. 「ふるい分け」だけではない
膜というと「細かいザル」を思い浮かべますが、表の分離機構の列を見るとふるい分けは4系統のうちの1つにすぎません。
| 分離機構 | 膜の構造 | 考え方 |
| ふるい分け | 多孔質 | 穴より大きいものは通れない。素直 |
| 選択吸着 | 微多孔質 | 膜の表面に選ばれた分子が吸着して通る |
| 溶解・拡散 | 非多孔質 | 膜の材料そのものに溶け込んで、拡散して反対側へ出る |
| 電荷とふるい分け | イオン交換膜 | 陽イオンだけ、陰イオンだけを通す |
3行目の溶解・拡散が膜らしいところです。穴が開いていない膜でも分離ができる。分子が膜の材料に溶け込み、濃度勾配に沿って拡散し、反対側で出ていく。「溶けやすさ×拡散しやすさ」の積で選択性が決まるので、穴の大きさとは別の原理で選べます。
これは抽出の溶解度と同じ発想です。膜材料を「固体の溶媒」と見なせば、極性の考え方がそのまま効く。
逆浸透膜の選択吸着も直感に反します。海水から真水を取り出すとき、塩を止めているのではなく水を選んで通している——だから膜の表面と水の相互作用が性能を決めます。
4. なぜ省エネなのか、どこまで省エネなのか
膜分離が省エネといわれる理由ははっきりしています。相変化(蒸発)を必要としないからです。
蒸留は水1 kgを分けるのに水の蒸発潜熱を払います。膜は液のまま押し通すだけなので、払うのはポンプの動力。海水淡水化が蒸発法から逆浸透に置き換わっていったのは、この差が効いたからです。
ただし、いくつか条件が付きます。
- 浸透圧に打ち勝つ圧力が要る:逆浸透では、濃くなるほど必要圧力が上がる。濃縮の後半ほど高圧になり、回収率には上限がある
- 高純度が苦手:膜1段で得られる分離係数には限りがある。蒸留の段数に相当するものを作りにくい
- 前処理が要る:膜を傷めるものを先に取り除く工程が付く
2つ目が重要です。膜は「粗く大量に分ける」のは得意だが、「最後まで詰める」のは苦手。だから実務では膜+蒸留や膜+吸着のハイブリッドがよく組まれます。
典型例がパーベーパレーションによるアルコールの脱水です。エタノールと水は共沸するので蒸留では約95%で止まりますが、そこから先を膜で抜く。蒸留で共沸まで濃縮し、共沸の壁を膜で越える——お互いの得意を組み合わせた構成です。
共沸蒸留でベンゼンをエントレーナに使う古典的な方法に対して、第3成分を入れずに共沸を越えられるのが膜の強みです。
5. 運転費を決めるのは膜そのもの
膜プロセスの実務は、他の分離操作とかなり違います。装置ではなく、消耗品としての膜が主役だからです。
| 課題 | 何が起きるか | 対策 |
| ファウリング(目詰まり) | 膜面に付着物が積もり、透過流束が落ちる | 前処理、クロスフロー運転、定期洗浄 |
| 濃度分極 | 膜面近くだけ濃くなり、見かけの性能が落ちる | 膜面の流速を上げて境膜を薄くする |
| 膜の劣化 | 薬品・温度・圧力で性能が落ちる。寿命がある | 運転条件の管理、定期交換 |
濃度分極は、吸収の境膜とまったく同じ話です。膜面に薄い層ができて、そこが抵抗になる。流速を上げれば境膜が薄くなるのも同じ。物質移動の問題として見ると、分離操作は互いによく似ています。
そして膜には寿命がある——これが他の分離操作と決定的に違う点です。蒸留塔のトレイは20年使えますが、膜は数年で交換します。膜の交換費が運転費の主要項目になるので、経済評価では必ず膜寿命の前提を確認してください。
逆に言えば、膜はモジュールを増やせば処理量を増やせるという利点があります。塔のように「太くするか高くするか」で悩まず、同じものを並べればよい。スケールアップのリスクが小さいのは、新規プロセスでは大きな価値です。
6. 分離方式を選ぶ順序

第6章の締めくくりとして、方式選定の考え方をまとめます。
- まず蒸留を当たる。実績・データ・設計手法が圧倒的に豊富で、判断が速い
- αを見る。1に近いなら段数が発散するので別方式へ。共沸があるかも同時に確認
- αを変える工夫を検討する。減圧・抽出蒸留・共沸蒸留
- それでも合わなければものさしを変える。沸点以外の何が違うかを探す
4番目の「ものさしを変える」が、この章で見てきたことです。
| 何が違うか | 使える操作 |
| 溶解度(液に溶ける度合い) | 吸収(気体から)、液液抽出(液から) |
| 固体になる温度・溶解度 | 晶析、昇華 |
| 固体表面への付きやすさ | 吸着(PSA・TSA)、クロマトグラフィー |
| 大きさ・電荷 | 膜分離、イオン交換 |
そして最後に、実務でいちばん効く一言を。1つの方式で全部やろうとしないこと。蒸留で粗く分けて膜で仕上げる、膜で濃縮して晶析で製品にする——得意なところだけを担当させる組み合わせが、たいてい最も安く付きます。
まとめ
膜分離は相変化を使わず、大きさや電荷で分ける操作です。膜の名前がそのまま方法を表しているので、対象物の大きさが決まれば使う膜がほぼ決まります。駆動力は圧力差・濃度差・電位差の3種類、分離機構はふるい分け・選択吸着・溶解拡散・電荷の4系統。蒸発潜熱を払わないので省エネですが、高純度が苦手なので蒸留や吸着とのハイブリッドが現実的です。そして膜には寿命があり、その交換費が運転費の主要項目になります。
これで蒸留・分離工学シリーズは完結です。全体像は蒸留の完全ガイドから辿れます。
参考文献
- 相良紘『分離精製技術入門 ―原理と実際―』日刊工業新聞社 第8章「膜で分ける」(分離膜の種類と特徴の一覧、対象物の大きさと膜の対応、気体分離と気体の分子径、パーベーパレーションとアルコールの分離)、第1章(分離技術の分類) Amazonで見る
- 橋本健治『ケミカルエンジニアリング 夢を実現する工学』(膜分離法は相変化を必要としないため一般に省エネルギーな分離法といわれること)
- 化学工学会編『化学工学便覧 改訂五版』丸善(膜分離) 最新版をAmazonで見る
化学プラント大全 
