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沸点が近すぎる。熱に弱い。共沸がある。目的物の濃度が極端に低い——蒸留が苦しくなる条件はいくつもあります。
そのときの有力な代案が液液抽出です。溶媒を加えて2つの液相をつくり、目的成分を溶媒側に移す。沸点ではなく溶解度で分けるのがポイントです。
この記事は分離工学シリーズの1本です。蒸留との関係は蒸留の完全ガイドにまとめています。
この記事の結論
- 気液平衡が蒸留の基本、液液平衡が抽出の基本。構図はまったく同じ
- ただし溶媒を加えるので、液液平衡は少なくとも3成分系になる
- 溶媒選びの原理は溶解度に関する4つの一般則で当たりが付く
- 抽出は単独では終わらない。溶媒回収の蒸留とセットで評価する
1. 蒸留と抽出は、同じ形をしている

まず全体の見取り図から。文献にきれいな対応が書かれています。
気液平衡が蒸留の基本であり、固液平衡が晶析の基本であるのと同じように、液液平衡は液液抽出の基本である。
この対応が分かると、蒸留で身につけた道具がそのまま使えることが見えてきます。平衡関係を読み、操作線を引き、段数を数える——考え方の骨格は同じです。
違いは1つだけ、しかし重要です。液液抽出は液体混合物中の目的成分を分離するのに第3成分の溶媒を加えなければならないので、液液平衡関係は少なくとも3成分系になる。
蒸留のx-y線図は2成分の平面で描けましたが、抽出では3成分なので三角図が必要になります。ここが最初の壁です。
2. 溶解度の4つの一般則

「似たものは似たものを溶かす」という言い回しがあります。その中身を整理した表が文献にあり、溶媒選びの出発点になります。
| 一般則 | 理由 | 例 |
| 非極性物質は非極性溶媒に溶けやすい | 分子間力が弱いときは、分子は相互に自由に溶け合う | ヘキサンのベンゼンへの溶解 |
| 非極性物質は極性溶媒に溶けにくい | 分子間力が弱い分子は、中程度の分子間力をもつ分子の集合の中に入れない | ヘキサンやベンゼンの水への難溶性 |
| 塩や極性分子は極性溶媒に溶けやすい | 極性分子は水素結合をしている分子と自由に溶け合う。塩は水中でイオン–双極子間力が生じる | 塩化ナトリウムやエタノールの水への溶解 |
| 塩や極性分子は非極性溶媒に溶けにくい | 塩は非極性溶媒分子との間にイオン–双極子間力をつくれない | 水や塩化ナトリウムのベンゼンへの難溶性 |
2行目の理由が面白い。「分子間力が弱い分子は、中程度の分子間力をもつ分子の集合の中に入れない」——溶けないのは仲間はずれにされるからだ、という説明です。
この表は抽出蒸留で見た極性の順序(炭化水素<エーテル<…<アルコール<グリコール<水)と同じ発想です。極性という1つのものさしで、溶媒の効き方が読める。
実務的な使い方はこうです。
- 目的成分が極性寄りなら、極性の高い溶媒(水、アルコール類)を当たる
- 目的成分が非極性寄りなら、炭化水素系の溶媒を当たる
- ただし原料側の溶媒と混ざりきってはいけない。2相に分かれることが大前提
3つ目が抽出特有の制約です。「目的成分をよく溶かす」と「原料液と分かれる」を両立させなければならない。よく溶かす溶媒ほど原料液とも混ざりやすいので、ここにトレードオフがあります。
3. 分配係数と選択度
抽出の性能を表す数字が2つあります。
分配係数:平衡に達したとき、目的成分が2つの液相にどう分かれるかの比です。溶媒側に多く行くほど大きい。蒸留でいえば「どれだけ蒸気に行くか」に相当します。
選択度:目的成分と、一緒に来てほしくない成分の分配係数の比です。蒸留の相対揮発度αにぴったり対応します。
この対応を押さえておくと判断が速くなります。
| 蒸留 | 抽出 | 意味 |
| α が大きい | 選択度が大きい | 段数が少なくて済む |
| α が1に近い | 選択度が1に近い | 段数が発散する。方式を変えるべき |
| 還流比を上げる | 溶媒比を上げる | 性能は上がるが、後工程の負荷が増える |
3行目が実務では効きます。溶媒を増やせば抽出率は上がりますが、その溶媒を後で回収しなければならない。還流比が建設費と運転費を交換するノブだったのと同じで、溶媒比は抽出性能と回収コストを交換するノブです。
4. 抽出は単独では終わらない
ここが抽出を検討するときに最も見落とされる点です。
抽出塔から出てくるのは「目的成分+溶媒」の混合物です。目的成分を製品にするには、ここから溶媒を分けなければならない。そしてその分離にはたいてい蒸留を使います。
つまり実際のフローはこうなります。
- 抽出塔:原料と溶媒を向流接触させ、目的成分を溶媒側に移す
- 溶媒回収塔(蒸留):抽出相から溶媒を留去し、目的成分を得る
- ラフィネート側の溶媒回収:残った原料側にも溶媒が溶け込んでいるので、こちらも回収する
- 溶媒を1へ循環
塔は最低でも3本。蒸留を避けるために抽出を選んだのに、結局蒸留塔が2本ついてくる。
それでも成立するのは、回収する蒸留のほうが元の分離よりずっと簡単だからです。目的成分と溶媒の沸点差は大きく取れるので、少ない段数で分けられる。「難しい分離を、簡単な分離に置き換えている」と考えると分かりやすい。
逆に言えば、回収が簡単でない溶媒を選ぶと抽出は成立しません。溶媒の条件に「沸点が原料成分と十分に離れていること」「共沸をつくらないこと」が入るのはこのためです。抽出蒸留の溶剤条件とまったく同じ発想です。
5. どんなときに抽出を選ぶか
| 条件 | なぜ抽出が効くか |
| 沸点が近い/αが1に近い | 沸点ではなく溶解度で分けるので、別のものさしが使える |
| 共沸がある | 気液平衡の制約を受けない |
| 熱に弱い | 常温付近で操作できる。相変化がないので温度を上げなくてよい |
| 目的物が希薄 | 全量を蒸発させずに済む。吸収が気体で担当する役割を、液体で担当する |
| 高沸点の混合物 | 蒸留だと減圧しても塔底温度が高くなる系 |
3行目の「相変化がない」が抽出の本質的な強みです。蒸発潜熱を払わなくてよいので、原理的には省エネです。ただし前節のとおり溶媒回収で結局蒸発させるので、系全体で見ると必ずしも有利になりません。
だから比較は「抽出塔だけ vs 蒸留塔だけ」ではなく「抽出+回収蒸留 vs 蒸留」で行ってください。ここを間違えると、検討の入口で結論が狂います。
6. 装置と、実務で効くこと
抽出装置は蒸留塔と違って、「混ぜて、分ける」を繰り返す構造になります。
- ミキサセトラ:撹拌槽で混ぜ、静置槽で分離する。1段が明確で、段数を増やすほど装置が並ぶ
- 抽出塔:塔の中で連続的に向流接触させる。充填塔・多孔板塔・回転円板塔など
実務で効いてくるのは界面と界面張力です。抽出は液と液の接触なので、蒸留の気液接触より密度差が小さく、分かれにくい。
- 混ぜすぎると分かれない:接触面積を稼ごうと細かく分散させると、静置しても分離しない。乳化するとプロセスが止まる
- 密度差が小さいと沈降が遅い:静置槽が大きくなる。温度で密度差が変わることにも注意
- 微量の界面活性物質が効く:原料に含まれる不純物が界面張力を下げ、分離性を悪化させる
蒸留で発泡性を仕様書に書くのと同じで、抽出では「乳化しやすさ」がユーザーしか知らない情報です。実験室で分液ロートを振って、きれいに分かれるかを見る——この地味な確認が設計の前提になります。
まとめ
液液抽出は液液平衡を基本にする操作で、蒸留が気液平衡・晶析が固液平衡を基本にするのと同じ構図です。ただし溶媒を加えるので3成分系になり、三角図が要ります。溶媒選びは溶解度の4つの一般則で当たりが付き、「よく溶かす」と「2相に分かれる」の両立が制約になります。分配係数と選択度は蒸留のαに対応し、溶媒比は還流比に対応するノブです。そして抽出は単独では終わらず、溶媒回収の蒸留とセットで評価してください。
次の記事:晶析の基礎|固体で取り出す分離
参考文献
- 相良紘『分離精製技術入門 ―原理と実際―』日刊工業新聞社 第6章「抽出で分ける」(溶解度に関する一般則、液液平衡と分配係数、3成分系の溶解度曲線、界面の性質と界面張力) Amazonで見る
- 『プロセス設計シリーズ3 分解・加熱・蒸留を中心とする設計』化学工業社 第8章(抽出剤の選定条件)
- 化学工学会編『化学工学便覧 改訂五版』丸善 最新版をAmazonで見る
化学プラント大全 
