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減圧蒸留の説明としてよく見るのは「熱に弱い物質を低温で蒸すため」です。間違いではありませんが、それだけではありません。
減圧には分離そのものを楽にする効果があります。そして減圧特有の設計の勘所——圧力損失の扱い——を外すと、真空にした意味がなくなります。
この記事は蒸留シリーズ「塔の設計判断」の1本です。全体像は蒸留の完全ガイドにまとめています。
この記事の結論
- 減圧の目的は低温化だけでなくαを稼いで分離を楽にすることでもある
- 塔の圧力損失が塔底温度を決める。ここが減圧蒸留設計の中心
- だから充填塔、それも規則充填物がほぼ一択になる
- 蒸気の体積が激増するので塔径と塔頂配管が太くなる
1. 減圧する2つの理由
理由1:温度を下げる
圧力を下げれば沸点が下がります。熱で分解・重合・変色する物質は、常圧の沸点まで上げると製品にならない。だから真空にして低い温度で蒸します。Antoine式を圧力について解けば、何Paで何℃になるかは電卓で出ます。
理由2:αが開く
こちらは見落とされがちです。多くの系で、温度が下がると相対揮発度αが大きくなります。2成分の蒸気圧曲線の傾きが違うため、低温側ほど比が開くのです。
αが大きくなれば平衡曲線が膨らみ、同じ分離が少ない段数・低い還流比で済みます。つまり減圧は「熱に弱いから仕方なく」ではなく、分離を楽にする積極的な手段でもある。近沸点分離で段数が膨らむとき、減圧が効かないかを検討する価値があります。
逆に加圧するとαは縮む方向です。冷却水でコンデンサを回したくて加圧する設計をするときは、段数の再確認が要ります。
ここから先は塔の中で圧力が一様ではないことが効いてきます。塔頂から塔底へ、圧力は確実に上がっていく。

2. 圧力損失が塔底温度を決める

ここが減圧蒸留の設計で最も重要な点です。
真空ポンプが引くのは塔頂です。塔底の圧力は、そこに塔全体の圧力損失が積み上がった値になります。
塔底圧力 = 塔頂圧力 + 塔の圧力損失
常圧の塔なら、圧力損失が10 kPaあっても全体の1割です。しかし塔頂を1 kPaに引いている塔で圧力損失が5 kPaあれば、塔底は6 kPa——6倍になります。
圧力が上がれば沸点が上がる。せっかく真空にしたのに、塔底では狙った温度を大きく超えることになります。熱分解を避けるために減圧したのに、塔底で分解が起きる——これが減圧蒸留の典型的な失敗です。
だから減圧蒸留では、圧力損失そのものが設計仕様になります。「何kPa以下に収めるか」を先に決め、それを満たす内部構造を選ぶ。順序が普通の塔とは逆です。
ではその「何kPa以下」はどう決まるのか。下のツールに沸点を2点入れると、圧力損失から塔底温度が出ます。常圧300℃・1 kPaで150℃という例なら、塔頂1 kPa・圧損5 kPaで塔底は197.8℃——塔頂より47.8℃も高い。分解が180℃から始まるなら、許される圧損は2.22 kPaまでです。これが設計仕様の数字になります。
減圧蒸留|圧力損失が塔底温度をどこまで押し上げるか
塔底圧力 = 塔頂圧力 + 圧力損失。その圧力での沸点を出します。蒸気圧の線は手持ちの沸点2点から決めるので、データシートの値をそのまま入れてください。許される圧力損失がいくらか——それが減圧塔の設計仕様です。
この物質の沸点を2点(データシートから)
初期値は説明用の例です(常圧300℃・1 kPaで150℃の熱に弱い高沸点物)。特定の物質のデータではありません。
※ 蒸気圧を ln P = A − B/T の2定数で近似しています(Clausius-Clapeyron形)。与えた2点の間なら十分ですが、大きく外挿すると誤差が出ます。塔頂配管とコンデンサの圧損は含めていません。減圧系は塔・配管・コンデンサ・真空発生装置を1つの系として圧力収支を組んでください。
3. だから充填塔、それも規則充填
圧力損失を抑えるという要求が、内部構造の選択をほぼ決めてしまいます。
| 内部構造 | 圧力損失 | 減圧蒸留での評価 |
| トレイ塔 | 大きい。蒸気が液深を突き抜けるため、1段ごとに液柱分の損失が出る | 不利 |
| 不規則充填 | 中 | 可 |
| 規則充填 | 小さい。流路が整っている | 標準 |
トレイ塔が不利なのは構造上の必然です。トレイでは液の層を蒸気が押し分けて通るので、液深に相当する圧力損失が段ごとに発生します。段数が多いほど積み上がる。減圧では致命的です。
規則充填物なら流路が揃っているので損失が小さく、しかもHETPも小さいので塔を低くできます。塔が低ければ圧力損失もさらに減る。減圧蒸留で規則充填が標準になるのは、この好循環があるからです。
4. 塔が太くなることを忘れない
減圧すると蒸気の密度が激減し、体積流量が跳ね上がります。同じモル数の蒸気でも、圧力が1/10なら体積はおよそ10倍です。
これが2つの形で効いてきます。
- 塔径:塔径は蒸気の体積流量から決まるので、減圧塔は太くなる。ただしキャパシティファクタの式でρVが小さくなると許容Usは上がるので、体積増ほどには太らない
- 塔頂配管とコンデンサ:ここも体積で決まる。配管が異様に太くなるのが減圧塔の見た目の特徴です。配管の圧力損失も塔頂圧力に直接乗るので、太くする以外に手がない
塔本体だけ設計して配管を後回しにすると、配管の圧損で真空度が出ないという事態になります。減圧系では塔・配管・コンデンサ・真空発生装置を1つの系として圧力収支を組んでください。
5. 運転面で気をつけること
- 空気の漏れ込み:真空系は外から空気が入る。漏れ込みは真空度を下げるだけでなく、酸素による重合・酸化・爆発範囲の問題も持ち込む。気密試験は減圧塔で特に重要
- 不凝縮ガス:漏れ込んだ空気や分解ガスがコンデンサに溜まると凝縮を阻害する。不凝縮ガスがコンデンサを殺すのは減圧系で特に起きやすい
- 差圧の監視:減圧塔では差圧の絶対値が小さいので、フラッディングの兆候が数字に出にくい。計器のレンジ選定に注意する
まとめ
減圧の目的は低温化だけでなく、αを稼いで分離を楽にすることでもあります。設計の中心は圧力損失で、塔底圧力=塔頂圧力+圧損という関係から、圧損がそのまま塔底温度を決めてしまう。だから圧損の小さい規則充填塔が標準になります。蒸気の体積が増えて塔径と塔頂配管が太くなること、空気の漏れ込みと不凝縮ガスに弱いことも、減圧塔特有の注意点です。
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