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CSTRの多重定常状態|同じ条件で運転点が3つあり、着火と消火は対称でない

同じ条件で運転点が3つある

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同じ原料、同じ流量、同じ冷却水温度。条件はまったく同じなのに、反応器が2通りの状態で運転できてしまうことがあります。

片方は300 Kで反応率ゼロ。もう片方は566 Kで反応率99.8%。どちらも定常状態で、放っておけばずっとそのまま続きます。

これが多重定常状態です。発熱反応をCSTRで行うときに現れる、反応工学でいちばん面白くていちばん危ない現象です。

この記事の結論

  • 発熱線はS字曲線、除熱線は直線。交点が定常状態で、3点で交わりうる
  • 3点のうち真ん中は不安定。実際に運転できるのは低温側と高温側だけ
  • 着火:冷媒温度をわずか5 K上げただけで運転点が257 K跳ぶ
  • 消火:戻すには冷媒を100 K以下にする必要がある。現実には作れない温度
  • だから一度着火したら冷やしても消えない。原料を止めるしかない

1. 熱収支は「発熱=除熱」でつり合う

同じ条件で運転点が3つある

CSTRの熱収支を書くと、定常状態では発熱速度と除熱速度が均衡しているという一言に尽きます。

除熱側には2つの経路があります。

  • 流出液が持ち出す熱:入口温度 T0 で入った液が、槽の温度 T で出ていく
  • 冷却面から抜く熱:UA(T − Ts)。Ts は冷媒温度

この2つはどちらも温度 T に比例して増える。だから除熱線は右上がりの直線になります。

一方、発熱側は反応率で決まります。反応率はアレニウスの式を通じて温度の指数関数——ただし反応率には1.0という上限があるので、低温では平ら、中温で急に立ち上がり、高温でまた平らになるS字曲線になります。

S字と直線は、最大3点で交わる。これが多重定常状態の正体です。

2. 実際に計算してみる

教科書的なパラメータで解いてみます。断熱温度上昇ΔTad = 400 K、活性化エネルギー E/R = 10000 K、入口温度と冷媒温度をどちらも300 K、除熱能力を表す係数κ = 0.5 とした場合です。

槽の温度反応率状態
300 K0.000低温側(消火状態
415 K0.432中間(不安定
566 K0.998高温側(着火状態

同じ装置、同じ条件で、反応率0%と99.8%が両立している。①は「反応が起きていないから熱も出ず、温度も上がらない」。③は「温度が高いから反応が速く、その発熱で温度が保たれる」。どちらも自己完結しています。

※ このパラメータは3点が現れる条件を見せるために選んだもので、特定の実機の値ではありません。

3. 真ん中の点は存在するが、運転できない

②の415 K・反応率43%は、数学的には立派な定常解です。しかし現実には決してそこに留まりません。

理由はずれた方向にずれ続けるから。

温度がわずかに上がると結果
① 低温側除熱の増加が発熱の増加を上回る①へ戻る(安定)
② 中間発熱の増加が除熱の増加を上回る③へ走り去る(不安定)
③ 高温側反応率が上限に近く発熱は増えない③へ戻る(安定)

グラフで言えば、②では発熱曲線の傾きが除熱直線の傾きより急です。だから少しでも温度が上がると発熱が勝ち、さらに温度が上がり、さらに発熱が勝つ——正のフィードバックがかかって高温側へ飛んでいく。下にずれれば同じ理屈で低温側まで落ちます。

鉛筆を立てるのと同じです。真上に立つ位置は理論上存在しますが、そこに置いておくことはできない。

結果として、この反応器で選べる運転点は①か③の二択になります。「反応率50%くらいで運転したい」は、この条件では叶いません。

4. 着火|5 K上げたら257 K跳んだ

ここからが実務の話です。冷媒温度 Ts を少しずつ上げていったら何が起きるか、計算で追ってみました。

冷媒温度 Ts運転できる点実際の槽温度
400 K3点334 K(低温側)
450 K3点353 K
470 K3点363 K
480 K3点(ぎりぎり)371 K
485 K1点だけ628 K飛んだ

冷媒温度をわずか5 K上げただけで、槽の温度が257 K跳びました。それまでは10 K上げても槽は8 Kしか動かなかったのに、です。

グラフで見れば理由は明快です。除熱直線が右へ平行移動していき、ある瞬間に発熱曲線との交点(低温側と中間)が接して消える。行き先が高温側しか残らなくなる。

これが着火(ignition)です。恐ろしいのは予兆が乏しいこと。480 Kまでは温度がじわじわ上がるだけで、警報が鳴るような変化はない。そこから5 K上げた瞬間に全部が動く。

現場でこれが起きるのは、たとえば

  • 冷却水の温度が夏に上がった
  • 冷却面が汚れて U が落ちた(=実質的に除熱能力の低下)
  • 触媒を新しくして活性が上がった
  • スケールアップして体積あたりの伝熱面積が減った

どれも「少し条件が変わっただけ」に見える変化です。しかし着火点をまたぐと結果は連続的ではありません。

5. 消火|冷やしても戻らない

では着火してしまった反応器を、冷媒温度を下げて元に戻せるか。

計算するとこうなります。

  • 着火は Ts = 480 → 485 K のあたりで起きる
  • 消火(高温側が消える)には、Ts を 100 K 以下にする必要がある

100 K は液体窒素(77 K)の領域です。プラントの冷却系で作れる温度ではありません。

つまり着火と消火はまったく対称ではない。着火は冷媒5 Kの差で起きるのに、消火は現実には不可能。この非対称が、多重定常状態のいちばん重要な帰結です。

なぜこうなるのか。高温側では反応率がすでに99.8%で、反応物がほとんど残っていないのに発熱は最大値に張り付いています。温度をどれだけ下げても反応率は落ちない——落ちるところまで下げようとすると、S字曲線の立ち上がりより下まで持っていく必要がある。それが100 Kという数字の意味です。

6. だから止めるときは原料を切る

ここまでの話は、そのまま現場の緊急操作につながります。

異常な発熱を止めたいとき、冷却を強める操作には限界がある。原料の供給を止めるほうが確実です。

原料を止めれば、発熱の元である反応物が入ってこなくなる。S字曲線そのものが下がっていくので、高温側の定常状態は維持できなくなります。これは冷媒温度を動かすのとは次元の違う操作です。

半回分操作の記事で「緊急時に真っ先に切るのは滴下」と書きました。その根拠がここにあります。半回分は、そもそも高温側の定常状態に飛べないよう、反応物の量を滴下で絞り続ける運転だとも言えます。

7. 除熱能力を上げれば多重性は消える

設計側の対策もあります。除熱能力(式の中では κ = UA / vρcp)を大きくすると、除熱直線の傾きが急になり、S字曲線と1点でしか交わらなくなる

除熱能力 κ高温側の定常温度
0.2633 K
0.5566 K
0.8520 K
1.2466 K
1.6消滅(定常状態が1つだけになる)

除熱を強くしていくと、高温側の運転点が下りてきて、やがて低温側と一体化します。多重定常状態が消えれば、運転点は条件に対して連続的に動くようになり、飛び移りは起きません。

これが「除熱能力を確保する」ことの意味です。単に温度を下げるためではなく、反応器の挙動を予測可能なものにするため除熱の方法の記事で見たとおり、A も U も稼げる外部循環や還流冷却が選ばれる場面があるのはこのためです。

ただし逆から見れば、汚れで U が落ちれば κ が下がり、多重性が復活しうるということでもあります。設計時に1点だった反応器が、運転を重ねるうちに3点の系に変わっていく。伝熱面の汚れが安全上の問題である理由がこれです。

8. PFRでは起きない

最後に補足を。多重定常状態はCSTR特有の現象です。

CSTRの記事で見たとおり、CSTRでは槽全体が出口組成・出口温度に等しい。だから「熱い状態」と「冷たい状態」がどちらも自己完結できます。

PFRには軸方向に組成と温度の分布があり、入口条件から一意に決まっていくので、同じ入口条件で複数の出口状態にはなりません。

ただしPFRにはPFRの問題があります。ホットスポット——管の途中に局所的な高温点ができ、そこで暴走や触媒劣化が起きる。「同じ条件で2つの状態」ではなく「1本の管の中の一箇所」という形で熱の問題が出てきます。固定層反応器の記事で改めて扱います。

まとめ

発熱反応のCSTRでは、発熱がS字曲線・除熱が直線になるため、定常状態が3点現れることがあります。真ん中は不安定で運転できず、実質的に低温側か高温側の二択になる。冷媒温度を5 K上げるだけで運転点が257 K跳ぶ着火が起き、しかも消火には現実に作れない100 K以下の冷媒が要る——着火と消火は対称ではありません。だから異常時は冷却を強めるより原料を止めるほうが確実です。除熱能力を上げれば多重性そのものが消えますが、伝熱面が汚れて U が落ちれば復活しうる。設計時に安全だった反応器が運転年数とともに危険になる、という筋道がここにあります。

次の記事:反応暴走を防ぐ|MTSRとTMRad、事故統計が示すもの

参考文献

  • 橋本健治『反応工学 改訂版』培風館, 第7章 7・3・4「連続槽型反応装置の多重定常状態」(式7・83・7・84) Amazonで見る
  • 化学工学会編『化学工学便覧 改訂五版』丸善, 第27章「反応装置」 最新版をAmazonで見る
  • 実践・安全工学シリーズ1『物質安全の基礎』第8章「反応危険性」 Amazonで見る