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水蒸気蒸留|熱に弱い高沸点物を蒸す【必要水蒸気量の出し方】

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※本記事の参考文献には、Amazonアソシエイトのリンク(アフィリエイト広告)を含みます。

沸点が非常に高く、しかも熱で分解してしまう物質をどう蒸すか。減圧という手はありますが、もう一つ古典的で強力な手があります。

水蒸気を吹き込む。それだけで沸点が下がります。しかも水蒸気は同時に熱も運んでくる。

この記事は蒸留シリーズ「特殊蒸留」の1本です。全体像は蒸留の完全ガイドにまとめています。

この記事の結論

  • 水蒸気は熱源と、系全体の分圧を下げる働きの両方に効いている
  • 必要水蒸気量は Ws/Wi = 18 ps /(Mi pi) で見積もれる
  • 残りを1/10にすると水蒸気は10倍以上。最後を追うほど猛烈に高くつく
  • 減圧と併用すると水蒸気量が減る。両者は同じ「分圧を稼ぐ」手段

1. なぜ沸点が下がるのか

水が圧力を肩代わりする

水と目的物質がまったく溶け合わない(互いに不溶な)系を考えます。このとき2つの液は互いに影響し合わないので、それぞれが自分の蒸気圧を独立に出します

全圧は2つの蒸気圧の足し算です。

全圧 = 水の蒸気圧 + 目的物質の蒸気圧

沸騰は全圧が系の圧力に達したときに起きます。目的物質が1人で全圧を出す必要がない——水が肩代わりしてくれる分だけ、低い温度で沸騰が始まる。これが水蒸気蒸留の原理です。

たとえば大気圧下で、水の蒸気圧が95 kPaになる温度(およそ98℃)で目的物質が6 kPaの蒸気圧を持っていれば、合計101 kPaで沸騰します。本来なら200℃を超えないと沸かない物質が、100℃以下で蒸留できる

もう一つ見落とせないのが熱です。文献の表現を借りれば、水蒸気は熱源と系全体の分圧を下げる双方に寄与します。吹き込んだ水蒸気は凝縮して潜熱を放出するので、外部からの加熱を減らせる。1つの操作で2つの仕事をしているわけです。

2. 温度と必要水蒸気量を出す式

化学工学便覧には、そのまま使える式が2本あります。

系の温度:目的物質が1成分だけなら

Ks + Ki = 1

を満たす温度が沸点になります(K は分圧/全圧の比、添字sは水蒸気)。要するに前節の「蒸気圧の足し算が全圧になる温度」を式にしたものです。

必要水蒸気量:留出する水蒸気 s と成分 i の重量比は

Ws / Wi = 18 Ks /(Mi Ki) (Mi は成分 i の分子量)

Kは分圧を全圧で割ったものなので、全圧が約分されて

Ws / Wi = 18 ps /(Mi pi)

と書けます。目的物質の分圧が小さいほど、必要な水蒸気が増える——式の形からそのまま読めます。18は水の分子量です。

目的物質が他の成分に薄まっている場合、pi蒸気圧 × 液相のモル分率になります。薄くなるほど分圧が下がり、水蒸気が効かなくなる。次節がまさにこの話です。

3. 数字で見る|油脂の脱臭の例

最後を追うほど猛烈に高くつく

実際の数字が手元の資料にあります。食用油の脱臭工程——高温・高真空下で油脂を水蒸気蒸留し、遊離脂肪酸やアルデヒド・ケトンといった有臭物質を除く操作です。

条件は230℃、全圧 3.175 mmHg abs、脂肪酸の蒸気圧 11 mmHgの回分操作。油中に残る遊離脂肪酸を減らしていくと、必要な水蒸気量はこう変わります。

油中に残る遊離脂肪酸留出する脂肪酸1 kg当りの必要水蒸気
0.2 wt%(運転開始時)2.5 kg
0.02 wt%35 kg
0.01 wt%57.5 kg

読み取れることは強烈です。0.2%から0.02%へ、残りを1/10にすると水蒸気は約14倍。さらに0.01%まで追うと57.5 kg——脂肪酸1 kgを取り出すのに水蒸気を57.5 kg吹き込むことになります。

理由は前節の式です。薄くなるほど pi が小さくなり、Ws/Wi はその逆数で効く。最後の一滴を追うコストは指数的に上がる——これは水蒸気蒸留に限らず、ストリッピング一般に共通する性質です。

だから実務の判断は「どこで止めるか」になります。製品規格が0.02%でよいなら35 kgで済むところを、念のため0.01%まで追うと水蒸気が1.6倍になる。過剰品質の代金が、そのまま数字で見える例です。

4. 便覧の式で、この図の値が再現できるか

前節の表は別の本の図から読んだ値です。第2節の式だけで、これが再現できるか確かめてみました。

脂肪酸の分子量を280、油脂(トリグリセリド)を885と仮定し、液相のモル分率から分圧を出して Ws/Wi = 18 ps/(Mi pi) に入れるだけです。

残存脂肪酸液相モル分率脂肪酸の分圧式で計算文献の図
0.2 wt%0.006290.069 mmHg2.9 kg2.5 kg
0.02 wt%0.000630.0070 mmHg29.3 kg35 kg
0.01 wt%0.000320.0035 mmHg58.7 kg57.5 kg

おおむね合いました。ずれは分子量の仮定と図の読み取り誤差の範囲です。

ここで確認したかったのは正確さではなく、手持ちの式だけで文献の図の桁と傾きが再現できるということです。設計の当たりを付けるにはこれで足ります。逆にメーカー提案の水蒸気量が桁で違っていたら、前提を聞くべきだと分かる。

その様子が下のツールです。初期値は上の油脂脱臭の条件で、紫の○が文献の図の読み値(2.5/35/57.5 kg)。式で描いた線とどれくらい重なるかを見てください。数値を自分の系に入れ替えれば、そのまま当たり付けに使えます。全圧を動かすと、減圧と水蒸気が同じ方向に効くことも出ます。

水蒸気蒸留の必要水蒸気量

Ws/Wi = 18 ps/(Mi pi) を解いています。初期値は本文の油脂脱臭の例。残存濃度を下げていくと必要水蒸気量がどう跳ね上がるかと、全圧を下げると何が起きるかを見てください。

※ ラウールの法則と、吹き込んだ水蒸気が液と完全に平衡になることを前提にした理論必要水蒸気量です。実機では平衡に達しないので、これより多く要ります。効率をどう見込むかはメーカーのノウハウです。分子量は仮定値なので、系に合わせて入れ替えてください。

なお実機では吹き込んだ水蒸気が液と完全には平衡にならないので、理論値より多く要ります。文献の図も「理論必要水蒸気量」と断っています。効率をどう見込むかがメーカーのノウハウです。

5. 減圧と水蒸気は同じことをしている

減圧と水蒸気は同じことをしている

同じ計算で全圧だけを振ると、こうなります(残存0.02 wt%のとき)。

全圧必要水蒸気量
25.4 mmHg約235 kg/kg
12.07 mmHg約112 kg/kg
6.35 mmHg約59 kg/kg
3.175 mmHg約29 kg/kg

圧力を半分にすると水蒸気も半分になります。きれいな反比例です。

これは偶然ではありません。減圧も水蒸気吹込みも、やっていることは「目的物質が全圧を1人で背負わなくて済むようにする」という同じことだからです。減圧は全圧そのものを下げ、水蒸気は水に肩代わりさせる。

だから設計ではどちらをどこまで使うかの配分が判断になります。

  • 真空を深くする:真空発生装置と気密の投資が増える。圧力損失の管理も厳しくなる
  • 水蒸気を増やす:スチーム代と、凝縮させるコンデンサ・真空装置の負荷が増える。廃水も増える

実際の脱臭塔が「高温・高真空+水蒸気」という両刀になっているのは、どちらか一方に寄せると極端に高くつくからです。

6. 使いどころと注意点

水蒸気蒸留が向くのは、次の条件が揃う系です。

  • 目的物質が水に不溶(溶けると分圧の足し算が成り立たず、水の除去も面倒になる)
  • 沸点が非常に高い、または熱で分解しやすい
  • 取り除きたい成分が微量で、残りは不揮発性の残査として残る

実務上の注意点も挙げておきます。

  • 加水分解:高温で水と接触するので、加水分解する物質では新たな不純物が生まれる。油脂の脱臭でも中性油が加水分解して遊離脂肪酸が生成することが知られている
  • 廃水の負荷:吹き込んだ水蒸気は全量が凝縮水になる。有機分を含むので処理が要る
  • 真空装置の負荷:水蒸気は最終的に真空系で処理される。必要水蒸気量の見積もりは真空装置の容量に直結する
  • 吹込み方:スパージャーの分散が悪いと液を素通りして効かない。理論値と実績の差はここに出る

なお、比揮発度が小さい系のストリッピング装置でも水蒸気蒸留の原理を応用して除去効率を上げることが行われます。「塔の中で微量成分を追い出す」場面では、常に候補に入る手段だと考えてください。

まとめ

水蒸気蒸留は、互いに不溶な水と目的物質の蒸気圧が足し算になることを利用して沸点を下げる方法です。水蒸気は分圧を下げる働きと熱源の両方に効きます。必要水蒸気量は Ws/Wi = 18 ps/(Mi pi) で見積もれ、この式だけで文献の図の桁と傾きが再現できました。ただし薄くなるほど必要量は急増し、残りを1/10にすると10倍以上かかります。減圧と水蒸気は同じ「分圧を稼ぐ」手段なので、実機では両方を配分して使います。

次の記事:回分蒸留(バッチ蒸留)の計算|Rayleigh式

参考文献

  • 化学工学会編『化学工学便覧 改訂五版』丸善, 第9章 9・3「水蒸気蒸留」(水蒸気が熱源と分圧低下の双方に寄与すること、系の温度を与える式、必要水蒸気量の重量比の式) 最新版をAmazonで見る
  • 『プロセス設計シリーズ1 プロセス設計概論』化学工業社 第6章「食品化学工業」(油脂脱臭の理論必要水蒸気量、真空度による変化)および同書の特殊な蒸留の分類
  • 化学工学会編『化学装置便覧 改訂二版』丸善(ストリッピング装置における水蒸気蒸留の原理の応用) Amazonで見る

※ 第4節の計算は、脂肪酸の分子量280・油脂885を仮定して筆者が行ったものです。数値の一致は桁と傾きの確認を目的としています。