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回分蒸留(バッチ蒸留)の計算|Rayleigh式と、文献の符号の罠

D-32 batch-distillation

※本記事の参考文献には、Amazonアソシエイトのリンク(アフィリエイト広告)を含みます。

連続蒸留は定常状態を扱うので、物質収支が閉じれば計算が始まります。回分蒸留(バッチ蒸留)は違います。釜の中の組成が刻々と変わっていく。

この非定常を扱う道具がRayleigh(レイリー)の式です。式そのものは1行ですが、文献の書き方には符号の罠があります

この記事は蒸留シリーズ「特殊蒸留」の1本です。全体像は蒸留の完全ガイドにまとめています。

この記事の結論

  • Rayleigh式は微分物質収支を積分しただけ。導けるので暗記は要らない
  • 正しい形は ln{ S0/S } = ∫ dx/(y − x)。文献には符号が落ちた形もある
  • 留出物の平均組成は物質収支から後で出す。積分では出てこない
  • 回分は「どこで止めるか」を決める操作。歩留まりと純度が正面から競合する

1. 回分蒸留は何が違うのか

釜に原料を仕込んで加熱し、出てきた蒸気を凝縮させて受器に溜める。これだけです。

連続蒸留と決定的に違うのは、釜の中の液がどんどん軽質分を失っていくことです。時間とともに

  • 釜液の組成 x が下がる
  • それと平衡な蒸気の組成 y も下がる
  • 釜の温度が上がる
  • 受器に溜まる液は、時間ごとの留出の平均になる

だから「留出液の組成」を1つの数字で語るときは注意が要ります。最初に出てきた液は濃く、最後は薄い。受器の中身はその混合物です。

この非定常を扱うので、計算も微分方程式から始まります。

2. Rayleigh式を導く

Rayleigh式は4行で導ける
回分の設計はどこで止めるか

暗記する必要はありません。4行で出ます。

釜に S [mol]、組成 x の液があるとします。ここから微小量 (−dS) が蒸発して出ていく。出ていく蒸気の組成は、そのときの釜液と平衡な y です。

軽質分について物質収支: d(S x) = y dS

左辺を展開すると S dx + x dS = y dS

整理して dS / S = dx /(y − x)

初期状態 (S0, x0) から終了状態 (S, x) まで積分します。

ln( S0 / S ) = ∫xx0 dx /(y − x)

これがRayleighの式です。右辺は (y−x)−1 を x に対してプロットした曲線の下の面積で、数値積分または図積分で求めます。αを一定とみなせる理想系なら解析的にも積分できます。

意味も読み取れます。(y − x) は1回の蒸発で稼げる濃縮幅——x-y線図で平衡曲線と対角線の開きそのものです。この開きが小さい系ほど積分値が大きくなり、同じ分離をするのに多く蒸発させなければならない

3. 文献の式は符号を確かめてから使う

ここが本記事で一番伝えたい部分です。

手元の便覧には、留出割合 β(βS0 [mol] が留出したときの β)を使って

ln(1 − β) = ∫xx0 dx /(y − x)

と書かれています。しかしこの形は符号が合いません。確かめてみます。

  • β は留出した割合なので、釜に残るのは 1−β。つまり 1 − β = S/S0 < 1 で、左辺 ln(1−β) は負
  • 右辺は積分区間が x(小)から x0(大)で、被積分関数 1/(y−x) は y > x なので正。右辺は正

負=正になってしまう。前節の導出と突き合わせると、左辺は ln{ S0/S } = ln{ 1/(1−β) } でなければなりません。符号(あるいは分数の上下)が落ちているわけです。

念のため数値でも確認しました。α=2、x0=0.5 の系で、右辺をシンプソン則で数値積分した値と、α一定のときの解析解を比べます。

釜液 x数値積分解析解 ln(S0/S)残留 S/S0留出割合 β
0.400.58780.58780.5560.444
0.301.18381.18380.3060.694
0.201.85631.85630.1560.844
0.102.78502.78500.0620.938

4桁で一致しました。積分値は ln(S0/S) であって ln(1−β) ではないことが数字で確かめられます。

同じことを最小還流比の記事でも書きました。文献の式(9・55)は還流比の定義が違うために標準形とちょうど1ずれます。文献の式は、定義と符号を確かめてから使う。導けるものは導いたほうが速くて安全です。

4. 留出物の組成は積分では出てこない

Rayleigh式で分かるのは「どれだけ蒸発させたか」だけです。受器に溜まった留出物の平均組成は、物質収支から別に出します。

D = ( S0 x0 − S x ) / ( S0 − S )

最初にあった軽質分から、釜に残った分を引けば、出ていった分。それを留出量で割るだけです。

先ほどの例(α=2、x0=0.5)で x=0.2 まで蒸留した場合を計算すると、

  • 留出割合 β = 0.844(釜に0.156だけ残る)
  • 留出物の平均組成 x̄D0.556
  • 物質収支の検算:0.844×0.556 + 0.156×0.2 = 0.500 = x0

84%も留出させて、平均組成は0.5から0.556にしか上がりません。還流のない単蒸留の分離能力は理論段1段分——これが実感できる数字です。

逆に言えば、回分蒸留で高純度を狙うなら塔と還流が要ります。釜の上に精留部を載せた回分精留塔にすれば、段数と還流比の分だけ濃縮できます。

5. 歩留まりと純度は正面から競合する

先ほどの表をもう一度、別の見方で読んでみます。

どこで止めるか留出割合 β釜に残る量意味
x=0.40 で止める0.44455.6%留出物は濃いが、半分以上が釜に残る
x=0.20 で止める0.84415.6%よく回収できたが、留出物は薄まっている
x=0.10 で止める0.9386.2%ほぼ全量回収。ただし最後に出てきたのは希薄液

回分蒸留の設計とは、この表のどの行を選ぶかを決めることです。止めるのが早ければ純度が高いが歩留まりが悪い。引っ張れば回収できるが純度が落ちる。

連続蒸留なら還流比を上げて両方を良くできますが(運転変数の因果で見たとおり)、還流のない単蒸留にはそのノブがありません。時間軸の上でトレードオフが正面から出てきます。

実務でよく使われる逃げ道が留分の切り替え(カット)です。受器を複数用意して、濃い前半・中間・薄い後半に分けて受ける。中間留分は次のバッチに戻す。1つの平均値にしないことで、トレードオフを緩めるわけです。

ここまでの話は、下のツールで一度に見られます。止める釜液を動かせば上の表がそのまま動き、カット点を入れれば前留分がどこまで濃くなるかが出ます。この例(α=2、x0=0.5、x=0.2まで)なら、1つの受器で0.556のところ、β=0.3で切れば前留分は0.641。赤い線(そのとき出ている蒸気)が最初は濃く、最後は釜液とほとんど変わらなくなることも見てください。

回分蒸留|どこで止めて、どこで切るか

Rayleigh式 ln(S0/S) = ∫dx/(y−x) を α一定の解析解で解いています。止める釜液を動かすと歩留まりと純度が正面から入れ替わり、カット点を入れると受器を分けた効果が出ます。

※ αを一定とみなした理想系・還流なしの単蒸留です。釜と蒸気が常に平衡にあると仮定しています。実際の回分精留塔(釜の上に段を載せたもの)はこれより濃縮できます。保有液(ホールドアップ)は無視しています。

6. 回分を選ぶ理由

分離性能では連続に劣るのに、回分蒸留が現役なのはなぜか。

  • 多品種少量:同じ設備で品目を切り替えられる。連続塔は1つの分離に最適化されて動かせない
  • 原料組成が振れる:バッチごとに運転を変えられる。連続塔は幅を仕様書に書いておかないと対応できない
  • 少量・高価値:医薬中間体や香料など、量が少なく規格が厳しい系
  • 多成分を順に取る:沸点順に留分を切り替えれば、1本の塔で複数製品が取れる

最後の点が回分らしい使い方です。連続で3成分を分けるなら塔が2本要りますが、回分なら1本で順に抜けます。時間を段数の代わりに使っている、と言ってもいい。

設計上の注意は非定常であることそのものです。釜の温度が上がり続けるので熱に弱い成分は後半で分解します。加熱面の温度と滞留時間を、蒸留の終盤基準で見てください。スタートアップと同じで、設計点のない状態を通る操作だという意識が要ります。

まとめ

回分蒸留は釜の組成が刻々と変わる非定常操作で、微分物質収支を積分したRayleigh式 ln(S0/S) = ∫dx/(y−x) で扱います。文献には左辺の符号が落ちた形もあるので、導出して確かめる習慣を持ってください。留出物の平均組成は積分では出ず、物質収支から別に出します。還流のない単蒸留は理論段1段分しか分離できないので、歩留まりと純度が正面から競合する——「どこで止めるか」を決めるのが回分蒸留の設計です。

これで第5章「特殊蒸留」は完結です。第6章では蒸留の外側——吸収・抽出・晶析・膜という、蒸留以外の分離操作に進みます。

参考文献

  • 化学工学会編『化学工学便覧 改訂五版』丸善, 第9章 9・2「単蒸留」(留出組成の式、Rayleighの式、数値積分・図積分による解法) 最新版をAmazonで見る
  • 『プロセス設計シリーズ3 分解・加熱・蒸留を中心とする設計』化学工業社
  • 大江修造『絵とき「蒸留技術」基礎のきそ』日刊工業新聞社, 2008 Amazonで見る

※ 本文中の数値例(α=2、x0=0.5)は筆者がシンプソン則による数値積分と解析解の両方で計算し、一致を確認したものです。