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共沸蒸留が「新しい共沸を作る」方法だとすれば、抽出蒸留は共沸を作らずに、相対揮発度そのものを引き伸ばす方法です。
そして工業プロセスでは、こちらのほうが応用例が多い。理由と、溶剤の選び方を整理します。
この記事は蒸留シリーズ「特殊蒸留」の1本です。全体像は蒸留の完全ガイドにまとめています。
この記事の結論
- 溶剤は共沸物をつくらず、沸点が高い。だから塔底から出て回収が簡単
- 効き方の原理は極性。溶剤より極性が小さい成分の揮発度が上がる
- 水は抽出剤として最初に検討すべきもの。次にグリコール、逆向きなら高沸点炭化水素
- 溶剤は塔の上部から入れる。塔頂まで上げないための小さな精留部が要る
1. 共沸をつくらない、というのが効いている

抽出蒸留の分離剤(抽出剤・溶剤)は、次の2つの条件で定義されます。
- 原料中の主な成分と共沸物をつくらない
- 分離すべき成分より沸点が高い
この2つから、プロセスの形がほとんど決まってしまいます。溶剤は沸点が高いので塔底へ下りていく。共沸物をつくらないので次の塔で普通に蒸留すれば回収できる。
共沸蒸留と比べてみると差がはっきりします。
| 共沸蒸留 | 抽出蒸留 | |
| 分離剤の出口 | 塔頂(共沸物として) | 塔底 |
| 分離剤の回収 | 蒸留では分けられない。デカンターが要る | 普通の蒸留で分けられる |
| 分離剤の蒸発潜熱 | 循環のたびに払う | 塔底で回収するので蒸発させずに済む部分がある |
| 候補の数 | 少ない | 多い |
「共沸物をつくらないこと」は制約に見えて、回収を簡単にするための積極的な条件です。共沸蒸留がデカンターという特殊な装置を必要とするのに対し、抽出蒸留は塔をもう1本足せば済みます。
これが「工業プロセスでは抽出蒸留のほうが応用例が多い」ことの半分の理由です。もう半分は、抽出剤は多数見つけられるが共沸剤は数が限られているという候補の母集団の差です。
2. なぜ揮発度が変わるのか|極性で読む

溶剤を入れると、なぜαが変わるのか。原理は極性です。
通常の極性化合物を極性の強くなる順に並べると、こうなります。
炭化水素類 → エーテル類 → アルデヒド類 → ケトン類 → エステル類 → アルコール類 → グリコール類 → 水
この並びの上で、より大きな極性をもつ化合物を溶剤に使うと、極性の小さいほうの成分の揮発度が上がります。
直感的にはこうです。極性の大きい溶剤の中では、極性の大きい成分ほど溶剤と仲良くして液に留まりたがる。極性の小さい成分は居場所がなくて蒸気に逃げる。結果として両者の揮発度の差が開く。活量係数の言葉で言えば、溶剤が2成分の活量係数を非対称に押し上げているわけです。
具体例が分かりやすい。アセトンとメタノールの混合物を水で抽出蒸留すると、メタノールに対するアセトンの揮発性が高くなります。並びを見ると、水(最も極性大)>アルコール類(メタノール)>ケトン類(アセトン)。極性の小さいアセトンが上がる、という予想どおりです。
3. 溶剤選びは水から始める
実務的な出発点がはっきり書かれています。
- 水は抽出剤として第1に取り上げてみるべきもの。極性が最大で、安く、安全で、回収も容易
- 水に対する溶解度に限度がある系では、低沸点のグリコールを検討する
- あるいは高沸点の炭化水素。これは水やグリコールと逆の働きがあり、極性の高い化合物の揮発性を上げる
3つ目が面白いところです。極性の並びの反対側の端から攻めると、上げたい成分が逆になる。どちらの成分を塔頂に持ってきたいかで、溶剤の向きを選べるということです。
もう一つの定石が、炭化水素系です。沸点の近い炭化水素混合物で2重結合・3重結合など不飽和結合の数が異なれば、極性抽出剤——アセトン、フルフラール、ジメチルホルムアミド(DMF)、アセトニトリルなど——で飽和度の高い炭化水素の揮発度を上げられます。
不飽和結合はπ電子を持つので極性溶剤と相互作用しやすく、液相に留まる。飽和のほうが先に出ていく。ブタジエンの精製やアセチレンの除去に抽出蒸留が使われるのは、この原理です。
4. 実際に使われている組み合わせ
| 原料 | 抽出剤 |
| 塩酸+水/硝酸+水 | 濃硫酸 |
| 酢酸+水 | 3塩化エチレン |
| アセトン+メタノール | 水、アニリン |
| メチルエチルケトン+アセタール | 水 |
| トルエン+パラフィン | フェノール、フルフラール |
| アセチレン+エチレン | アセトン、DMF、NMP |
| ブタジエン+ブテン | アセトン、フルフラール、アセトニトリル、DMAC、DMF、NMP |
| イソプレン+ペンテン | アセトン、アセトニトリル、DMF、NMP |
※ DMAC=ジメチルアセトアミド、DMF=ジメチルホルムアミド、NMP=n-メチルピロリドン
表を眺めると傾向が見えます。不飽和結合の数で分ける系(アセチレン+エチレン、ブタジエン+ブテン、イソプレン+ペンテン)には、決まって DMF・NMP・アセトニトリルといった極性アミド系・ニトリル系が並ぶ。前節の原理がそのまま実装されています。
一方で、水が使えるところでは水が使われているのも分かります。溶剤選定は「効くかどうか」だけでなく、回収・安全・価格を合わせた総合判断だからです。
5. 抽出剤の選定条件
| 条件 | 意味 |
| 選択性が高いこと | 分離すべき成分間の比揮発度を大きくすること。第1条件 |
| 溶解度が大きいこと | 溶剤使用量が少なくて済む。循環量がそのまま運転費なので効く |
| 沸点が比較的高く、原料成分と共沸物をつくらないこと | 回収が容易。抽出蒸留の定義そのもの |
| 熱的・化学的に安定なこと | 分解・重合を起こさず、起こさせないこと |
| 腐食性がないこと/安価/毒性がないこと | 材質・運転費・環境 |
2番目の溶解度が実務では効きます。選択性が高くても溶解度が小さければ、大量の溶剤を循環させなければならない。循環量が増えれば塔径も回収塔も大きくなり、加熱・冷却の負荷も増えます。
だから溶剤の評価は「選択性 × 溶解度」で見るのが実際です。文献もまず選択性でふるい分けるという手順を示しています。
6. 塔の組み立てで気をつけること
抽出蒸留塔は、普通の蒸留塔と入口の数が違います。原料と溶剤で入口が2つあり、溶剤のほうが上です。
- 溶剤は原料段より上から入れる。溶剤が存在する区間でだけαが開くので、その区間を稼ぐ必要がある
- 溶剤入口より上に小さな精留部を置く。溶剤が塔頂まで上がって製品に混ざるのを防ぐため
- 塔底から「溶剤+重質分」が出て、溶剤回収塔で分けて溶剤を循環させる
2つ目が抽出蒸留特有の設計です。溶剤は沸点が高いとはいえゼロではないので、放っておくと少しずつ塔頂へ上がって製品を汚します。溶剤入口の上に数段置いて、上がってきた溶剤を落とす。
運転面では溶剤の劣化と蓄積が課題になります。循環する溶剤は熱履歴を受け続けるので、分解物や重合物が徐々に溜まる。抜き出しと補給の設計、そして組成が振れたときに溶剤の状態を疑うという視点が要ります。
まとめ
抽出蒸留の溶剤は、共沸物をつくらず沸点が高いものを選びます。だから塔底から出て、普通の蒸留で回収できる——これが共沸蒸留に対する最大の利点です。効き方の原理は極性で、溶剤より極性の小さい成分の揮発度が上がります。水を第1候補に、溶解度に限度があればグリコール、逆向きに効かせたければ高沸点炭化水素。不飽和結合の数で分ける系にはDMFやNMPが定石です。塔の設計では、溶剤入口の上に小さな精留部を置くことを忘れないでください。
次の記事:水蒸気蒸留|熱に弱い高沸点物を蒸す
参考文献
- 『プロセス設計シリーズ3 分解・加熱・蒸留を中心とする設計』化学工業社 第8章「非理想系蒸留」8・4・2「抽出蒸留における抽出剤の選定」(抽出剤の定義、極性の順序、水を第1候補とする指針、不飽和結合と極性抽出剤、抽出剤の選定条件、抽出蒸留の例)
- 化学工学会編『化学工学便覧 改訂五版』丸善, 第9章「蒸留」 最新版をAmazonで見る
- 大江修造『絵とき「蒸留技術」基礎のきそ』日刊工業新聞社, 2008 Amazonで見る
化学プラント大全 
